◆132・沈む心
「(……魔法陣?)」
「(何だか、嫌な感じがするね……)」
とりあえず、部屋の外から魔法陣を鑑定してみる。
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◆変換系魔法陣
詳細を鑑定する場合は、魔法陣の全てを視界に収めてください。
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――おおぅ、初めて見る表示だ。
なるほど、一部でも一応、鑑定はしてくれるんだ。
詳細はここからでは判らないらしいけど、罠系ではない?
でも、変換系魔法陣が罠ではない確証もないよね……。
「(変換系の魔法陣らしいけど、詳細はここからでは鑑定できなかった)」
「(変換系……)」
「(部屋に入って大丈夫かな? 罠とか……)」
「(罠系ではないと思うよ。魔法陣だけで勝手に起動することもないだろうし。それに、罠系魔法陣だったとしても、リリアンヌの魔法が防ぐから大丈夫だよ)」
「(ああ……)」
そう言えば、絶対防御魔法もずっとかけっぱなしだったっけ。
攻撃魔法が私に当たる前に消えていた記憶があるような、ないような……。とにかく、レイが『大丈夫』だと言うなら、大丈夫だろう。
ならば、ここから覗いているよりもササッと部屋に入ってしまった方がいいかと、扉を押し開け、部屋へと潜り込んだ。
宙に浮かびながら、もう一度魔法陣の鑑定をしようとした時、視界の右端で何かが動く気配を感じてそちらに顔を向ける。
「――ひっ!? ………………」
視界に入った光景に、思わず声が漏れてしまったので、慌てて手で口を抑えた。
奥には光源がないためにハッキリとは見えないけれど、部屋の右奥に牢のような空間があり、その中に人影らしきものが見える気がする。
「(レイ……)」
「(ナツメが感じた人の気配は、ここからだったのかも……)」
「(あんまり見えなくて……。あそこにいるの、人?)」
「(恐らく、連れて来られた孤児たちじゃないかな)」
「(どうしよう、一回戻る?)」
「(そうだね)」
「(何人いるか確かめた方がいいかな?)」
「(今感じられる気配は十六人……かな……)」
「(えっ!? そんなにいるの?)」
声も大きな音も聞こえず、静まり返っているので、そんなにいっぱいいるとは思わなかった。そもそも、そんなに大きくなさそうな牢の中に十何人も入っているなんて予想もできなかったのだ。
この状況をどうにかしたいと思っても、牢を解放して、『さあ、逃げて!』なんて訳にはいかない。一度この部屋を出て、残りの場所を軽く偵察したら、階段下の開けた場所まで戻ることにする。
ああ、その前に魔法陣の鑑定もするんだったと、魔法陣の上には行かないようにしつつも、魔法陣全体が見える位置へ移動し、〈鑑定〉をした。
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◆人工魔石生成魔法陣
魔法陣の起動時に、魔法陣の中にいる者を魔石へと変換する。
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――っ………………。
鑑定結果のあまりの内容に、思わず息を呑んだ。
この部屋の状況を見れば、最悪な予想しか思い浮かんでこない。
「(これは……)」
レイが漏らした言葉に反応してそちらを見遣れば、レイも魔法陣を見ていた。
「(レイも何の魔法陣か判ったの?)」
「(うん……)」
「(この魔法陣、壊したりできるかな?)」
「(元の姿に戻れば僕にも壊せるけれど、一度戻ってナツメに見せた方がいいかな。下手にいじると危険だから、リリアンヌはコレに手を出さない方がいい)」
「(……分かった)」
急に重くなった心を叱咤しながら動き出し、別の場所の偵察へと向かおうとした時、魔法陣の向こう側に扉があるのが見えた。
そういえば、この奥に部屋があったんだっけと、その部屋の中も確認しておくことにした。その扉にも鍵がかけられていたけれど、魔法で鍵を開錠し、素早く部屋の中へと滑り込む。
中には棚が並び、机と椅子がワンセット置かれていた。
棚には本や紙束、あるいは箱や魔道具らしきもの、そして魔石らしきものもいくつか並んでいる。
箱の中身を窺えば、そこにもたくさんの魔石らしきものが入っていた。
色や透明度に差があるらしく、種類ごとに分類されて置かれているようだ。
終始無言で置かれたものの確認を進めるものの、頭の中では先ほど見た魔法陣の鑑定結果の文言ちらつき、更に言葉に詰まってしまう。レイも同じような気持ちなのか、ずっと黙ったままだ。
色違いの魔石を鑑定してみれば、動物を魔石に変換したもの、魔獣を魔石に変換したものなどがあった。他の色の魔石もまだあるけれど、全てを鑑定するのが怖くなって、そこで手を止めた。
本棚に置かれた紙束にも目を遣る。
こちらも分類されているのか、紐で簡易的に綴られた紙束がいくつもあり、その中のひとつを手に取った。綴られた紙束の中身を、パラパラとめくって確認する。
私が手に取ったのは、孤児院にいる子供たちのリストのようだった。
どこの孤児院に所属しているかや、魔力量、所持スキル、出自についても書かれている。
別の紙束には、傀儡人形部隊に配属された子たちのリストも載っていた。
そして、そこには、ルー兄について書かれたものもあったのである。
資料の一番上に大きく書かれた文字は、最近書かれたものであろう。
《強制隷属魔法の切断を確認。遺体未発見》
どうやら、ルー兄は死んだと思われているらしい。
それよりも、備考欄に書かれた内容を目にして、この資料をここから持ち出すべきかどうか迷っている。
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・実父 ステリオ・アクラーリ(男爵家当主)スキル:無
・異母兄 アスカニオ(アクラーリ家長男) スキル:?
イメリオ (アクラーリ家次男) スキル:?
・実母 ルチア(元アクラーリ家メイド/マヌエラ夫人の依頼で処理)
処理実験の詳細は▼L-3△663
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
「はぁ……」
思わず、ため息をついてしまう。
ルー兄は、お母さんと引き離されて孤児院に入り、それからのお母さんの行方は分からないと言っていた。お母さんのことを聞くと折檻されたとも……。
詳細が書かれているらしい『▼L-3△663』は、資料の分類番号か何かだろうか……。
辺りを見回し、棚の一番下に『▼L-3』と薄く彫られた箱があるのが見えた。
箱の中を見ると、こちらにも紐で簡易的に束ねられた資料がいくつも入っている。その中から『△660~』と書かれた紙束を見つけ、手に取った。
書かれていた内容に目を通せば、あまりにも非人道的な事柄が淡々と記入されていて、どうしようもない感情が、自分の中でぐるぐるぐるぐると渦巻いているような感覚を覚える。それでも、資料に目を通し続けていく。そして……。
見つけた『△663』の資料の上には、《魔石に変換済み》と記入されていた。
「レイ……」
「これは元の場所に戻しておこう? 持ち出してしまえば、証拠が消えてしまうよ」
「うん……」
レイには、私がこの資料を隠しておこうか迷っていたのが分かったのかもしれない。でも、確かにレイの言うとおり、この資料はここに置いておくべきだろう。
ここに資料があることは、アルベルト兄さんには伝えておいた方がいいかもしれない。いつかはルー兄の耳にも入るかもしれないけれど、私からは伝えられる気がしなかった――。
その後、部屋を出て、残りの部屋の偵察を終えたら、ナツメさんたちがいる場所へと戻った。敵らしき存在は今のところ不在であること、牢に囚われている子供たちのことと、魔法陣についての報告をする。
話を聞いたみんなも、険しい顔だ。
ただ、このフロアには教会へ続く通路も、森へと続く通路もあるし、上からいつ誰が来てもおかしくはない状況だ。ここで、あまり長い時間考えこんで止まっている訳にもいかないだろう。
「(私は一度第五部隊の下に戻り、仲間の聖騎士たちと共に子供たちを救出する作戦を立てようと思う)」
「(俺とリリィは、ここで見つけた傀儡人形のみんなを別の場所に移動させよう。捕えた監視者については、俺が必要な情報を聞き出したあとに、騎士団にでも連れて行くよ。リリィは、みんなにかけられた強制隷属魔法を解除してくれる?)」
「(うん)」
「(にゃら、吾輩は例の魔法陣の確認と破壊だにゃ。トラとロックはアルベルトたちと先に、外に出ているといい)」
「(はいにゃ~)」
「(はいにゃん)」
「(そうだ、クラウディオも連れて帰るよ)」
「(だったら、あそこの建物を解体しに一緒に行くよ)」
「(じゃあ、俺は先に監視者の方に行っておく)」
「(ああ、ナツメ。魔法陣の破壊は、破壊したことに気付かれないようにしておいてね)」
「(にゃ、承知!)」
小声で軽く今後の動きを決め、私たちは動き出すことにした。
アルベルト兄さんとアオくんたちがいる所に向かい、先ほど見つけた資料のことを話しておくことにする。
だけど、口も心も重いままだ。
そんな私を慮ってくれたのか、レイがアルベルト兄さんへと伝えてくれた。
「罪を犯した者は、誰一人として逃がさない。相手が誰であろうと、必ず……」
レイから話を聞いたアルベルト兄さんの言葉が、重く響いた――。




