◆128・黒のリリアンヌ
獣型から獣人型へと変化したもふかわ仔猫ちゃんは、手紙を運ぶために使っていた細い紐をポニワに巻き付け、首からぶら下げた。
《ぽぉ~………………》
――いいのか? それで。
少々、複雑な気持ちになりながらも、まぁ、ポニワもかわいいと言えばかわいい……かもしれないし、目を閉じれば癒し系ウィスパーボイスに聞こえなくもない。何より仔猫ちゃんが喜んでいるみたいなので、とりあえず良しとしておこう。
だけど、そのまま外に出たら、妖精が見えない人にはポニワが飛んでいるように見えるのでは……と零したところ、レイに「その植物(?)、普通の人には見えないよ。妖精みたいなものだね」と言われた。
――え? これが? 私は一体、何を生みだしてしまったのか……。
まぁ、いいや。
万能薬の素材になるとか言われても、作り方は分かんないし、特に必要としているわけでもない。何となくノリで試してみたら、ちょっと想像とは違うものが出てきてしまっただけだ。
マンドラゴラをイメージして、「マンドラゴラ」と言ったはずなのに、マンドラゴラじゃないものが出てきてしまったことはちょっと腑に落ちないけれど、害はなさそうだし、猫妖精が気に入っているなら問題なかろう。
ポニワのことはさておき、ポニワを首から下げたもふかわ仔猫ちゃんは、アルベルト兄さんへのお返事を書いたら、またそれを届けてくれるらしい。
「アオお兄ちゃまのお手伝いをするにゃの!」
――うむ、かわいい。
これからも会う機会が多そうだと名前を聞けば、「わたち、名前はないにゃの……」としょんぼりする姿に、思わず「名前をつけさせてください!」とプロポーズするような勢いで立候補してしまったのは、仕様がないことだろう。
パドラ大陸の猫妖精たちは、色名が名前になっている子ばかりなので、そちらに合わせようかと思ったのだけど、もふかわ仔猫ちゃんの毛色は二色だし、無理して色の名前にしなくていいかと考える。
ならば、毛色から連想を……。
「……食パン?」
「にゃう?」
「あ、何でもないよ」
――うん、食パンはないな。
ならば、ミルク……。食パンにミルクて、朝食か。
ちょっと、飲食物から離れよう。
白くてふわふわ……、白くてふわふわ……、白●風船?
ちがう! 飲食物から離れるんだってば! リリたん!
綿? 綿……? ワタコ……。て、どこぞのパン工場長助手の親戚か。
じゃあ、雪……、雪……。あっ!
「『小雪』とかどうかな?」
「こゆき?」
「うん、他のがいいなら、また考えるけど」
「ううん! こゆきがいいにゃの! ゆきまるしゃんの名前と似てるにゃの!」
「小雪の『雪』と、雪丸さんの『雪』は同じ文字で、同じ意味だよ」
「そうにゃの? 同じにゃの~! 嬉しいにゃの!」
そう言って、小雪ちゃんは雪丸さんの足下に行って、ぴょんぴょんと跳ねている。
――うむ、かわいい。
「お揃いですね」
「名前がもらえて良かったにゃ!」
「こゆき、おめでとうにゃ~」
「よかったにゃんね」
「かわいい名前じゃない」
「ん、シロの次にかわいい名前……」
小雪ちゃんによって齎されたハートフルタイムをもう少し堪能していたいところだけれど、アルベルト兄さんにお返事を書かねば。
小雪ちゃんに妖精用のお手紙について聞いたら、ナツメさんが大きい葉っぱとペンを出してくれた。ペンはこの葉っぱに文字を書くための専用ペンのようで、このまま私にくれるらしい。
「ペンの中のキラキラした液体が減ったら、魔力で補充できるぞ。葉は……とりあえずこれくらいあればよかろう。にゃくにゃったらいつでも言えばよい」
「ありがとう!」
どうやら、このペンは魔力をインクに変換できるもののようだ。
文球の文字も魔力で書いていたけど、あれをペンで書く感じだね。ふむふむ。
普通の紙にこのペンで書くとどうなるかも気になるけど、まずはお手紙を書きましょうかね。
「えぇっと……、アルベルト兄さんへ。……お手紙、無事に……着きました。やはり、魔鳩の手紙……だと、この邸の……敷地内……には……、届かなかった……かも……しれないので……」
「リリアンヌって、手紙を書く時、内容が全部口から零れちゃってるよねぇ……」
「にゃはは、まぁ、問題はにゃかろう」
「……うん、まぁ、そういうところもかわいいけど……」
アルベルト兄さんへの手紙には、『私とルー兄とでちょっとお出かけしてきます。詳細はまた合流した時に話しましょう』というようなことを書いておいた。
全部書き終えたあとに通し読みをしたら、手紙を畳む。
「ナツメさん、これ、どうやって封したらいいの?」
「にゃ? ああ、これを使うといい。これもそのままリリアンヌにやろう」
「ありがとう! ……これ、何?」
「とある樹の蜜だ。これを垂らして、魔力で固めればいい」
「ふむふむ……」
魔力を通すと固まる樹液ってことかな?
これは封蝋代わりだけでなく、いろいろ使えそう……。
「ナツメさん、この樹液って、いっぱい採れる?」
「にゃ? 妖精が管理する森でにゃら、あちこちで採れるぞ。ほしいのか?」
「うん、何かいろいろ使えそうだし」
「急ぎでにゃいにゃら、ティントルの森に戻ってから、好きにゃだけ採るといい」
「うん、そうする!」
家に帰ったら、手芸三昧、工作三昧でいろいろ作っちゃおう♪
書いた手紙に封をして小雪ちゃんに渡すと、「任せるにゃの!」と、手紙を背中に背負い、張り切った様子で駆け出して行った。
《ぽぉ~………………》
走り去る小雪ちゃんの背中を見送ると、今度は私たちが出かける準備をする。
準備と言っても新しく用意した服に着替えて、リュックを背負うだけである。
そう! リリたん、今回の任務(?)のために、黒い服と黒いニット帽、そして、黒いミニリュックを買ったのだ!
まぁ、認識遮断魔法を使えば、何色の服を着ていようと見えないわけだが?
リュックも必要ないと言えば必要ないわけだが?
まだ日が高いので、普通に外に出れば逆に目立つだけだが?
気分だよね、気分!
ルー兄だって黒い服着てるし。
ちなみにミニリュックも、マジックバッグに仕様変更済みである。
「みっしょん いんぽっしぼぉ~!」
ワイヤーがなくても宙に浮けるリリたんには「インポッシブル」なことなどないと言っても過言ではないだろうけどね!
「ふはははははっ!」
「え?」
「何でもないよ……」
ルー兄に怪訝な目を向けられながらも、いそいそと準備を済ませる。
人世のことには干渉しないスタイルの猫妖精たちはお留守番しているのかと思ったけれど、ナツメさんとロックくん、トラさんは付いてくるらしい。
クロとシロ、雪丸さんも一緒にくるつもりだったみたいだけど、私がここにいることを知ったパドラ大陸の猫妖精たちが、この邸を目指して大移動中らしく、そちらの対応でお留守番することになったようだ。
それって、この邸に戻ってくる頃には、更なるもふもふ御殿へと進化している可能性が? なんて素晴らしい!
そういうことならば、さくっと作戦を進めて、ささっと帰宅しましょう、そうしましょう!
という訳で、実行犯……じゃない、実働部隊である私たちは、ルー兄の案内で、まずは傀儡人形部隊の居住地へと向かうことしにした。
やって来たのは、アルトゥ教教会を越えた先にある森の入口。
アルトゥ教教会の裏手に広がる森は、パドラ大陸のケット・シー族が管理する森で、森の中の山の上には金竜様がいるはず……。
「森の中に住んでるの?」
「いや、中というほど中には入らないよ。この森は、なぜか奥までは入れない不思議な森だし。だけど、森の入口だろうと、森へは教皇様か枢機卿たちの許可がないと入れないことになっているから、人目がなくて、俺たちみたいなのを隠しておくには都合が良かったんだろうね」
「そうなんだ……」
「この森の奥へ入れにゃいのは、そこがこの森に住まう霊獣の縄張りだからだ。吾輩たちやリリアンヌ、それに今にゃらルーも森の奥まで入れるぞ?」
「そうなんだ⁉」
そう言えば、ティントルの森でも、お鹿様の縄張りに人が入ろうとすると、森の入口まで強制送還されるんだっけ? でも、森全部がお鹿様の縄張りという訳ではないので、人が入れる部分もあるけれど。
森のあれこれについてはさておき、森の中に少し入った所で、森の風景に溶け込むように苔生した石造りの建物が見えた。
建物全体が苔と蔦植物に覆われ、周りにはモッサモサの樹がたくさん。
ここからはアルトゥ教教会の裏手側が見えるものの、向こうからはパッと見、建物があるようには見えないだろう。
なるほど、案内されなければ、すぐに見つけることもできなさそうである。
「この中に?」
「うん、全員はいないだろうけど、待機組はいるはず」
では、行きますか。
ここにいるリリアンヌは五秒後に消滅する――。
「ドロン!」