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◇126・レギドールへの帰還/side:アルベルト


「ジンガレッティ隊長!」

「――! アルベルト、戻ったのか」

「はい、只今、帰還いたしました」

「とりあえず、中で報告を」

「はい」



 祖国、レギドール神皇国へと戻ってきた私は、リビエスの町まで共にきたリリアンヌたちと一度別れ、アルトゥ教聖騎士団・第五部隊の駐屯地へとやってきた。

 駐屯地内にある寮に住んでいるため、『帰ってきた』という方が正しいかもしれないが。



 第一部隊から第四部隊までは、アルトゥ教教会内部に各隊の執務室や会議室などがあり、寮も教会の敷地内に併設された建物の中にあるが、第五部隊は教会の敷地内から外れた場所に駐屯地があり、そこでほとんどの活動を行っている。



 第五部隊の主な任務は『魔獣への対処』だ。それ以外では、町での警邏や、町で起こった騒動への対処などが多い。孤児院への見回りもその一環だ。特に今は、孤児院の調査がどうなったか気になるが、まずは帰還の報告だ。



 第五部隊の隊長であるイヴァン・ジンガレッティ隊長の下へと報告に向かうと、隊長室の前で隊長と遭遇した。隊長に促されて隊長室へと入り、ここ一ヶ月足らずの出来事を報告する。



 そう、一ヶ月足らずの出来事だ。あっという間のようで、信じがたい出来事の連続だった……。まるで、一年くらい経ったような気にさえなる日々でもあった。



 実際にあったことをそのまま話すつもりはないので、「枢機卿の周辺を調べようとしたら、なぜか見知らぬ場所に飛ばされていた」と報告する。

 飛ばされた原因や、飛ばされた先で出会った妖精たちのことを言わないだけで、嘘ではないから、問題ないだろう。



 今も、私の足下には『アオ』と言う名のケット・シーがいる。耳が少し大きめで、白っぽい青灰色の毛並みを持った子だ。私たちの話には興味がないようで、手で顔を洗ったかと思えば、私の足の甲を枕に、寝転がってしまった。足を動かさないように気を付けないと……。



「お前からの手紙を見た時は何の冗談かと思ったが、本当にアーメイア大陸にいたとはな……」

「そうですね、自分でも、しばらく信じられませんでした」

「だろうな。しかも、お前からの手紙を、あんな美人が持ってくるとは思わなかったよ」

「美人……ですか?」

「ああ、そう言えば、お前は知らないのか。確かアーメイア大陸で知り合った人物が、レギドールにいるあの美人に高速飛文書を飛ばしてくれたんだったな。黒髪で、すごく色っぽい美人が、お前からの手紙を届けに来てくれたんだよ。みんな、彼女に釘付けになっていたぞ」

「そうなんですね」



 それって、クロのことだよな?

 初めて会った時は大きな猫のような姿だったが、リリアンヌに会いにきたと言うあの黒髪の美人が、クロと呼ばれているケット・シーの変身した姿だと知った時は、驚きすぎて言葉が出なかったほどだ。

 


 しかし、わざわざ人の姿に変身して届けてくれたのだな。

 実際には、彼女……彼女でいいのか? いや、ケット・シー族が猫のような姿だからと、メスと呼ぶのも失礼な気がするし、彼女でいいか。彼女自身が転移して、手紙を届けてくれたことは言えないので、彼女のことは知らないことになっている。あとで合流した時には、レギドールに戻ってきてから偶然会ったということで話を合わせてもらわないとな……。



「ところで、隊長、孤児院の調査の方はどうなったのでしょうか?」

「ああ、それがな……、ほとんど進展していない……」

「そう……ですか……」

「孤児院の方の調査はともかく、例の枢機卿やその周辺には近付くのも困難だからな……」



 こうなることは、予想できたことだ。

 聖騎士と言っても、第五部隊はアルトゥ教の中では聖騎士扱いされていないような状態だ。身分の低い者は能力など関係なく、初めから第五部隊に配属される。そして、『卑しい生まれの寄せ集め』などと、蔑みの対象にされていたりする。

 


 そんな第五部隊の人間は、教会の高位司祭や枢機卿たちに直接声をかけることさえ許されていない。デルゴリア枢機卿の名前も伏せた状態での調査だ。そんな状態では、探りを入れることさえ難しい。だからこそ、私も最初は、密かに調べようと思ったのだ。結果は、傀儡人形(マリオネット)と呼ばれる特殊部隊の人間を送られてしまったのだが……。


 

 そこで刺客として送られてきたルーファスと共にアーメイア大陸に飛ばされ、紆余曲折の果てに、ルーファスとは仲間と呼べる仲になれたことは僥倖だと言えるだろう。



 ルーファスからの情報で、デルゴリア枢機卿が思っていた以上に非道なことをしていたことも知った。だが、証拠がない。



 ルーファスのように、集められた孤児たちに強制隷属魔法をかけているということが分かっていても、実際に魔法をかけた人物は別であるようだし、デルゴリア枢機卿が指示したという証拠もない。消えた孤児たちに関しても、『デルゴリア枢機卿が孤児を集めている』という噂があるだけだ。



 集められた孤児たち全員が強制隷属魔法にかけられているわけではなさそうだし、ならば、消息が分からなくなったままの子たちは、一体どこへ行ったのか。何のために集められたのか……。せめて、目的が分かればいいのだが、そのことに関しては、ルーファスにも分からないらしい。


 

 デルゴリア枢機卿を確実に捕えたいのであれば、どうやっても言い逃れのできないほどの証拠が必要となるが、今のままでは……。



「にゃにゃ……」

「…………?」



 コンコンッ――。



 私の足を枕にしていたアオが起き上がったので、チラリとそちらに視線を遣れば、背後でドアをノックする音が響いた。



「クラウディオ・コーラザリ、調査報告に参りました」

「入れ」

「隊長、私は席を外します」

「ああ。……いや、待て」

「……?」

「アルベルト!? あ、失礼しました」

「いや、いい。クラウディオ、報告を」

「はい。えっと……」

「アルベルトに聞かせても構わん」

「はい」



 クラウディオ・コーラザリは私と同期の聖騎士だ。

 柔らかく少し明るい茶髪に、私よりも少し明るい緑の眼をした、気のいい男だ。

 寮の部屋も隣で、同期の中ではかなり仲が良い。

 


 ジンガレッティ隊長に報告に来たクラウディオは、私がここにいたことに驚いているようだ。何か言いたそうにしているが、隊長の前だから控えているのだろう。まぁ、言いたいことは何となく分かるが……。



 私だって、仲間が行方不明になったかと思えば、知らない間に別の大陸にいたなんて聞けば、いろいろ言いたくもなるだろう。クラウディオの視線がうるさいが、私も報告が気になるのだ。視線で『早く』と報告を催促する。



「孤児院調査の件ですが、ここ二日で、かなりの数の孤児に里親が見つかったという書類が提出されています」

「それは……。どこの孤児院だ?」

「ひとつではありませんが、全て例の派閥の者が管理している孤児院ばかりです」

「里親の方の調査は?」

「こちらはまだ調査中ですが、現時点で、ここ数年以内にリビエスの町に入った記録がない者ばかりです」

「隠す気がないのか……?」

「罠……ですかね?」



 こんなに同時に、多くの引き取り手が現れるなど、偶然という言葉では片付けられないだろう。これでは、デリゴリア枢機卿が孤児を集めているという噂に拍車をかけるだけだと思うが……。



「もしかして……、いや、まさか……」

「クラウディオ?」

「……ああ、いえ、もしかしてなのですが……、あちら側は、孤児院の調査がされているなんて思っていない……なんてことは……」

「「えっ!?」」

「あちら側の人たちは、『誰も孤児の行方なんて気にしない』とか思っていそうですし……」



 確かに、あの派閥の者たちなら、そう思っていても不思議ではないな……。

 それに、私がルーファスと共に消えたことで、調査する者が消えたと判断した可能性もある。



 しかし、ここに来て、急に孤児たちを多く集め始めたのはなぜだろうか?



 そう言えば、ルーファス以外にも、傀儡人形(マリオネット)として強制隷属させられていた者が数人、リリアンヌによって解放されたんだよな? もしかして、それに気付いて、補充する気か?



 何にせよ、元凶を捕えなければ、新たに被害者が増えるだけだ。



「それと、里親が見つかったとして孤児院から連れ出された子が、教会本部裏手に広がる森の方へと連れて行かれたという情報も届いています」

「……森?」

「はい、しかしながら、最後まで追うことができず、詳細は不明とのことです」

「あの森は金竜様のおわすアルトゥス山があるからな……。森の方へは、教皇猊下か枢機卿の許可がなければ入れぬし……」



 だとすれば、枢機卿にとっては、森は絶好の隠れ家……ということになる。

 まさか、神聖な森で、何かしらの非道な行いを働いているとは思いたくないのだが……。



「森に入る許可も何も、それを決めるのは人間ではないにゃにゃ。俺たちが『森』と定めている範囲に、()()は入れないにゃにゃ」



 突然のアオの呟きに、声が漏れそうになったのを、グッと堪える。

 森に入れない?

 ということは、森には問題がないということだろうか?



 いや、アオは、『俺たちが森と定めている範囲』と言った。

 ということは、入れる部分があるということか?

 そう言えば、旅の途中で、森から追い出された人間の話を聞いたような……。

 今はアオに話しかけることはできないので、あとで聞こう。



 その後もしばらく、隊長たちとの話し合いをし、私は森方面へ連れて行かれたという孤児たちの行方を追うことになったのである――。



 その前に、リリアンヌたちに伝言を飛ばしておこうと、伝書魔鳩を用意する。



「アルベルト、それ、食べるにゃにゃ?」

「え?」



 ふいに話しかけてきたアオが見ているのは、少し丸ッとした伝書魔鳩だ……。



「いや、リリアンヌたちに伝言を飛ばしておこうと思って。この鳩は食べないぞ」

「そうにゃにゃか。どおりで、少し小さいと思ったにゃにゃ」

「…………大きさ関係なく、食べないでくれよ」



 ケット・シー族は、食事をしなくてもいい種族だと聞いたのだが、私が今まで出会ったケット・シー族は、見る度に、大体いつも何かを食べている。

 リリアンヌが時々ボソッと『食いしん坊猫妖精……』と呟いていたことに、大いに納得していたのだ。



 …………このまま、この伝書魔鳩を飛ばして大丈夫だろうか?



 少しだけ、ケット・シーたちが鳥の丸焼きを頬張っている姿を想像してしまったが、多分、大丈夫だろう。



 大丈夫だよな――?



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