◆123・違う黒 □
ギギギギギと音が鳴りそうな鈍さで、ゆっくりと背後のロイド様へと振り返る。
「………………」
「え、えへ?」
半眼になったロイド様の視線が痛い。
呪文ムーヴをすっかり忘れていた……というか、呪文のセリフが記憶の中からすっぽり消えてしまっているのだが? 何て言ってたっけ? 一文字も思い出せないんだけど。……プルルンプリン? ……違うね、何かもっと厨二っぽい感じだったような……? 邪王えn……いや、これだと炎を……、あ、いや、これ、呪文じゃない……。
「……はぁ~、まぁいい。君については今更と言うか、別に驚かないと言うか……、やっぱり言っていなかったかと思っただけだ」
「……ソウデスカ」
……しまった。呪文が気になり過ぎて、ロイド様のこと忘れてた。
「それに、パドラ大陸には、君のように無詠唱で魔法を使える者もいると聞くしな」
「そうなんですか?」
「ああ、私たちが住んでいるアーメイア大陸でも昔はそういう者がいたらしい。マギリアが、まだマドラスという国で、魔法の国として栄えていた頃の話らしいが……」
「ああ……」
確か、妖精たちに酷いことをした来訪者がいて、白竜のアルバス様が大陸を消滅させる勢いでキレちゃったとか何とか、そんな話をレイとナツメさんに聞いた気がする。その時に『魔法の国』と呼ばれていた国が滅んだとか、やらかし来訪者の影響で魔法体系が変わったとか、そんなことも言っていたはずだ。
まぁ、ざっくりとしか聞いていないので、そこまで詳しいことは知らない。その話をしていた時のレイやナツメさんたちが何だかちょっとピリピリしていたので、あんまり突っ込んで聞けなかったというのもあるけど。
「それより……」
「――?」
「無詠唱はともかく、シーサーペントを瞬殺とはな……」
「斃した訳では……。ちょっと凍らせただけですし」
「……ちょっと?」
「周りが海ですし?」
ロイド様の話に曖昧に答えている間に、氷結シーサーペントを回収したナツメさんが戻ってきた。
「おかえり、ナツメさん」
「うむ、戻った!」
「そう言えば、シーサーペントって食べられる?」
さっき、鑑定しておくの忘れちゃったからね。
「……え?」
「にゃ! 旨いぞ!」
「そうなんだ」
なら、これも森のみんなへのお土産にしよう。
かなり大きいから、みんなで分けても余裕があるし、良いのが手に入ったね。
「……食べるのか? アレを?」
「ロイド様も食べます?」
「…………いや、いい」
「そうですか?」
結構グルメなナツメさんが『旨い』と言っているなら、期待ができる食材なんだけどな。まぁ、ナツメさん激推しの、謎の草の良さだけは永遠に分かる気がしないけどね。
シーサーペントの出現で一時停止していた一行だけど、ナツメさんが戻ってきたあとは、再びレギドールへ向けて動きだした。
相変わらず景色はずっと海だし、ナツメさんはまたちょこちょこと騒がしくしているけれど、そんな空の旅を続けること数十分。薄っすらと見えていた対岸の大陸がハッキリと見えてきた。
最初に下りるのは、『モルタット』という名の港町らしい。
空からは、地中海っぽい雰囲気の街並みが見える。ちょっとオシャレな感じで、ついつい観光してみたい気持ちに駆られてしまうけれど、まずは、やるべきことをやらねば!
そうして、私たちはレギドールの地へと降り立った――。
モルタットの街で小休憩を取り、一通りの探索と情報収集をしたら、次は『シュラメン』という街を目指す。シュラメンで一泊したら、ロイド様一行は皇都レギンへ、私たちは『リビエス』という街へ向かう。リビエスには、聖騎士団の駐屯地やアルトゥ教の教会、アルベルト兄さんが気にしていた孤児院などがあるらしい。
シュラメンからは、ロイド様一行と一時的に別行動をするので、レッサーワイバーンではない別の飛行型騎獣に乗り換えるらしい。はしゃぐところではないのは分かっているのだけど、新たな飛行型騎獣が気になって仕方がない。何だろう? やっぱり鳥系だろうか? わくわく。
ちょっとした期待を胸に抱いてソワソワしている内に、私たちはシュラメンへと到着していた。
結構早かった……。レッサーワイバーンだからこその速さだったのだろう。
あと、皇族がいるがゆえの優先とかね……。プレミアロイドパスである。
『こんなツアー嫌だ』とか思ってごめんね。ワイバーンツアーでなければ、ここまでに来るのに、一週間はかかっていたかもしれないらしい。そんなに!?
――ありがとう、ワイバーン!
――ありがとう、ロイド様!
ただ、ベティちゃんとはもう少し一緒に旅をしたかったよ。
帰りに、あの騎獣屋さんに寄ってみようかな……。
いつか、あの世紀末覇者用スレイプニルに、一人で乗ってみたいものである。
ベティちゃんを思い出して、ちょっぴりしんみりとした気持ちになりながらも、今夜のお宿へと向かう。
日暮れ前に着いたお宿は、どっからどう見ても貴族用の豪華な建物であった。
まぁ、一行の中にロイド様がいれば、そりゃそうなるか……。
ちょっと気後れしそうな豪華さだけど、よくよく考えれば、お城よりはマシである。ここも、記念と思って堪能しておくことにしよう。
そう思って、ソファでだらけ始めた数分後には寝落ちたらしい。
目覚めると、真っ黒でもふもふな毛並みに埋もれていた――。
ナツメさんも一緒に眠っていたのかと、ナツメさんのモフ毛をもふもふする。
――ん? 何か手触りが違う?
もふっと感より、ツルスベ感の強い毛並みだな……と思いつつも、もふもふを撫でる手は止めない。というか、止まらない。
わさわさとツルスベ感触を堪能していると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あら、起きたの?」
「……クロ?」
そう、このツヤツヤでスベサラな黒毛の正体は、いつの間にか来ていたクロだったのだ。
「いつ来たの?」
「少し前よ」
「どうしてここに?」
「そんなの、リリアンヌに会いに来たに決まってるでしょ」
「そうなの?」
「そうよ」
「そっか~、えへへ♪」
ナツメさんや雪丸さんの埋もれるようなモフ毛も良いけれど、クロやシロのツルスベしっとりモフ毛も良いものである。良き、良き。
クロの毛並みを堪能しながら、ぼんやりと辺りを見回す。
ところどころに、小さな魔道具のライトのようなものが灯っていて、うっすらと辺りが見える程度には明るい。
どうやら、眠っている間にベッドに移動してもらったようで、ベッドの上に獣型の大きいクロがデデーンと寝そべり、クロのお腹を枕にした私、そして、私の周りにピッタリと寄り添うようにして眠るレイとトラさんとロックくん。最高か。
ナツメさんは……
「――!?」
――落ちてる。
いや、落ちてるというより、刺さってる?
ベッドの脇から白ソックスな黒毛足が見えたので、そちらを覗き込めば、頭から落ちて、そのまま床に刺さりましたみたいな体勢で眠っているナツメさんが見えた。
何となく、場所と体勢的に、クロに押しやられて落ちたように見えなくもない……けど……。
「………………」
――うん、ここはお口チャックだな。
人には、口を噤むべき時があるのだ。それは今である。
というか、その体勢のまま寝ているのが凄いよ、ナツメさん。
変な体勢で眠るナツメさんも面白くてかわいいから、とりあえず、このままにしておこう。
それより、ちょっと小腹が空いている。
あと、お風呂にも入りたい。
貴族用の宿なだけあって、ここには浴室スペースもあったのだ。
宿に着いた時に服も身体もクリーン魔法でキレイにはしたけれど、お風呂はまた別である。
まずは何か食べようと、周りで寝ているミニモフたちを起こさないように、そぉ~っとベッドから出た。
「あら、もう寝ないの?」
「うん、お腹空いたし」
「そう」
すると、クロも立ち上がり、ボフッとベッドから飛び下りた。
「にゃぶっ――!?」
――あ。
憐れなナツメさんの声が部屋に響く中、ナツメさんを踏んだ本人……本猫は、何事もなかったかのように、そのままスタスタとドアの方へと歩いて行く。
「リリアンヌ、何してるの? ご飯食べるんでしょう?」
「え……、あ、うん……」
クロに返事をしつつもナツメさんを見遣れば、こちらも何事もなかったかのようにスヤスヤと眠っていた……。
――寝てるんかいっ!
全然、大丈夫そうだ。
変な体勢で眠り続けるナツメさんを横目に、私はクロのあとを追うことにしたのであった――。