◆117・そんなもの、生えません!
はい、やって来ました。帝都。
都の名前は『ダロス』
もうね、めちゃ早でしたわ。めちゃ早。
ベティちゃんも結構、速い方だったんだけどさ、準急列車から新幹線に乗り換えた気分だったね。
空の旅は、猫妖精組がやたらとはしゃいでいて、どうも、ワイバーン移動を気に入ってしまったように見えた。かく言う私も、大分、楽しんでいたけども。それより……
――ここ、お城じゃね?
いやいやいやいや、そりゃ、ロイド様的には、『俺ん家!』なんだろうけども……。
――え~、入りたくない。
てか、ドレスコードは? 思いっきり、トレーナーにパンツ、その上にポンチョな、冒険者ルックのなのですが。
ああ、むしろ、『その恰好でのご入場はお断りさせていただきます』と、止められることを期待しよう。そうしよう。
しかし、期待空しく、私たちはすんなりと城内に通されてしまったのである――。
まぁね……。皇子が一緒に歩いてきてんだから、止められないよね。
しかも、ミルマン兄さんたちだって、冒険者スタイルだし。
でも、A級冒険者の冒険者スタイルと、980円トレーナーの冒険者スタイルでは、月とスッポンだと思うけどね。
なんにせよ、入っちゃったものは仕方ない。お城見学ツアーだと思うことにしよう。この先、お城に入ることなんてないだろうし。
ちなみに、元傀儡人形組のジルくんたちは、騎獣を降りた所で、別の場所へと去って行った。まぁ、『監視対象』とか言われていたので、仕方ないだろう。
「ひとまず休息を取ろう。帝都名物の旨い菓子もあるぞ」
「名物の……旨い菓子?」
「ああ、『ベビィカ』という焼き菓子だ。まぁ、見た目は少々地味だが、平民にも普及している、歴史あるものだ」
――ふむ。どれ、その『べびぃか』とやら、食してやろうぞ。むふふ。
「ロイドとやら。当然、吾輩たちにも、その菓子は用意するのであろうにゃ?」
「……ええ、もちろんです」
そうして、ロイド様たちに付いていくこと、暫く。
案内された部屋に、お茶の用意がされた。
「これが、『ベビィカ』……」
「ああ、旨いぞ」
「……………………」
――ベビーカステラやないかいっ!
ベビーカステラは好きだし、文句はないけど、『未知の異世界お菓子』を期待していたのに、知っているお菓子だった。……まぁ、いいか。久しぶりに食べるし。
「旨いな。しかし、どこかで食べた気がするにゃ」
「どこかで? ナツメ殿は帝国にいらしたことがおありで?」
「にゃ? そりゃ、永く生きているからにゃ、この辺りにも来たことはあろうが……」
ナツメさんが首を傾げているけれど、多分、帝国で食べたというより、来訪者にもらったのではないだろうか。名前も『ベビィカ』で、元の名前に近いし、広める途中で変化した可能性も高い。この世界には定期的に来訪者が現れているようだし、異世界のものが伝わっていてもおかしくはないだろう。
脳内思考しながら、黙々とベビィカを食す。
うん、めっちゃ喉乾く。紅茶より、緑茶が飲みたい。
こっそり緑茶にすり替えようかな……なんて思っていると、部屋のドアを軽快にノックする音が響き、確認のためにハインリヒ様がドアを開いた瞬間、隙間からちっさい影が飛び込んできた――。
「おじうえ~!」
「――っ! ルシアス! 客人の前だぞ。ケイトはどうした」
――うむ、ロイド様・mini が出現した。
ロイド様をそのまま小さくしたみたいな、五歳くらいの子だけど、『おじうえ』と呼んでいたから、ロイド様の甥っ子なのだろう。
ルシアスと呼ばれたミニロイド様は、ロイド様の話を聞きたくて、お付きの人を振り切り、勝手にこの部屋に飛び込んできてしまったと思われる。
「それより、おじうえ! たおしたまもののはなしを……」
「それより? ルシアス、いろいろと勉強し直す必要がありそうだな……、ん? 何を見て……」
――うん、私だね。
ロイド様に話しかけながら、ふと、私が視界に入ったのだろう。
ミニロイド様は、今、めっちゃんこ、私を見ております。
「…………おっきい、ようせい?」
――ん?
もしかして、この子、ナツメさんたちが見えて……
「ねぇ! きみ、ようせい?」
「え……、私?」
「うん、はねはどうしたの? おっことしたの?」
――マジか……。
どうやら、私の横でもっさもっさとベビィカを頬張っているナツメさんたちは見えていないようだけど、私に向かって、何かおかしなことを言いだしたぞ。
「……翅は、元から生えてないですよ」
「え? そうなの? あ、もしかして、はねは、あとからはえるの?」
「……いいえ」
――そんなもん、一生、生えませんが?
ちょっと、どうにかしておくれ……と、ロイド様を見るも、私たちを見ながら、顎に手を当てて何かを考えているよう……
「君なら、翅が生えそうな気がするな……」
――は?
真面目な顔して、おかしなこと言わないでほしい。
「人間に翅なんて、生えませんから……」
「え? にんげん……?」
「はい、私は人間です」
私、この世界で、何回「私は人間です」って言ってるんだろう……。
おかしくない? 普通、そんなセリフ、何回も言うことなんてないと思うんだけど?
「……そう……なの? でも……」
なぜか、ミニロイド様が、とてつもなく驚いたあと、チラチラとロイド様を見ている。
「……リリアンヌは人間だ(多分……)」
「……そう……なんだ……」
ちょっと? 何で、そんなにヘコんでんですか?
むしろ、ここは、人外容疑を掛けられた、私がヘコむところなのでは?
というか、なぜ、一回で人間であることに納得してもらえなかったのか。
わざわざ、ロイド様に確認するとは……。
「にゃふふ。リリアンヌは人から見ても、吾輩たちの同胞に見えるのだにゃ」
――にゃふふ、じゃねぇわ。私はどこからどう見ても人のはずである。
「リリアンヌは、翅より耳を生やした方がいいと思うにゃ~」
――いや、耳はもう生えてますけど?
「ロック、リリアンヌの耳はもうあるにゃんよ」
「あっ! そっか! 耳の場所と形を、僕たちみたいにするにゃ~よ!」
――しねぇです。
というか、そんな変形できませんが? 君ら、私を何だと思っているのか。
無言で、猫妖精組の口にベビィカをねじ込んだけれど、嬉しそうにベビィカを頬張っているので、私の抗議心は微塵も伝わらなかったらしい。クヤシスクライシス。
「…………? おかし、きえた?」
「……し、失礼いたします!」
「あ、ケイト……」
「ルシアス様! あれ程、一人で走って行ってはなりませんと、申しましたのに」
「……だって」
その後、ミニロイド様は、お付きの人と思われる女性に窘められながらも、客人の前だと言うことで、謝罪もそこそこに、自己紹介がなされた。
「ルシアスです」
「兄上の子だ。五歳……だったか?」
「はい、ごさいです!」
――おや、同い年でございますか。
なんて、考えていると、なぜかロイド様が私をガン見しながら、呟いた。
「……同じ年?」
――同じ年ですが、何か?
「リリアンヌ、五歳です」
「わぁ! おなじ、ごさいだね!」
「はい」
中身はアレだが、肉体は間違いなく五歳である。
なので、『五歳』なのだ。
「「「「「……………………」」」」」
――寄って集って、疑いの眼差しを向けるんじゃないよ!
ロイド様を筆頭に、うちの旅仲間も、赤き竜のメンバーも、揃って私とミニロイド様……もとい、ルシアスくんを見比べている。
――コラ! そういう比べ方は、おやめなんし!
「にゃふっ。リリアンヌは小さいが、賢いからにゃ」
ありがとう。でも、ナツメさんがドヤ顔するのは腑に落ちないぞ。
ロックくんとトラさんも、一緒にドヤ顔しないの!
チラとお腹のポッケに視線をやれば、レイもドヤ顔だった。おかしい。
君らは、私の中身が子供じゃないことを知っているでしょうに……。
「それにしても、リリアンヌは特別賢い気がするが……」
「そうですね。時々、大人と話しているのではないかと感じてしまうこともありますし」
――中身、大人だからね!
あれ? もしかして、ここにいる人間の中では、最年長なのでは……
ちょっと、ショックかもしれない。
「お、女の子の方が成長が早いと言われることもありますから! それに! ルシアス殿下も、とっても賢いのです!」
うん、そうだね、そうだよ。
そもそも、私を普通の五歳児と比べちゃイカンのですよ。
ルシアスくんのお付きらしきケイトさんの言葉に頷いていると、ケイトさんにこっそり睨まれた……。
え~?
気持ちは分からないでもないけどさ……、特に何かをした訳でもない五歳児を睨むんじゃないよ。大人げな……
「きゃっ!」
――え?