◆116・申し込んだ覚えのないツアー
なぜだか、ベティちゃん号の前で待ち伏せをしていたロイド様一行と、A級冒険者パーティー・赤き竜のご一行。
――え? 何で一緒に行くの?
……と、思ったのだけど、どうやら、聖騎士のアルベルト兄さんと共に、レギドールに向かいたいのだとか。
――え、じゃあ……、アルベルト兄さんを……
思わず、アルベルト兄さんを生贄にする作戦が頭をよぎる。
だって、しょうがないじゃないか……。
チラとアルベルト兄んさんを見遣って、はたと気付いた。
ダメだ、アルベルト兄さんを差し出すと、ベティちゃん号がゴーイングできない。
しかし、今でさえ大所帯気味なのに、こんなに増えたら……と思っていると、どこからともなく、元傀儡人形組が現れ、「「「「お供します!」」」」と言いだした。
――無理!
どこの修学旅行だよ! 何ツアー?
こんなツアーに申し込んだ覚えはございません!
そもそも、君ら、強制隷属させられていたとは言え、他国で騒動を起こすための人員として連れて来られたのでは? 隷属魔法が解除されたからと、自由過ぎない? いいの?
「おい、お前たちは帝都で一時預かりだ。帝都までの同行は許すが、監視対象であることを忘れるな」
「「「「……はい」」」」
――ああ、やっぱりそうだよね。
まぁ、ロイド様にも『一緒に行く』なんて一言も言っていないのに、既に一緒に行く気まんまんな発言には納得しかねるがね!
どうにか別行動できないかと、無駄なあがき計画を立てようとしたところで、ロイド様に衝撃の言葉をかけられる。
「お前たちが乗っていた魔馬車は、こちらの方で返却させておく」
――はい?
ちょっと! どういうことさっ! 私のベティちゃんをどうするつもり!
え? 私のベティちゃんではない? そんなことはどうでもいいのだ。
――これが皇族の横暴というものか! 許さ……
「道を走るより、飛んだ方が速いからな」
「……ん?」
「ほら、騎獣待機所へ行くぞ」
「え?」
『あれ? 飛んで行くのかい?』なんて考えている間に、ロイド様の小脇に抱えられていた。
――あ、ちょっと、それヤメテ。
ロイド様の素早さに面食らっていると、ポンチョの中からレイが飛び出してきて、ロイド様の肩上まで跳ね上がり、かわい過ぎるお手手で、ロイド様の顔をぺちぺちと叩いた。
――なんて、羨ま……けしからん! そこ代われ!
「ちょっと! リリィの意見も聞かずに勝手なことを! それにリリィをそんな風に抱えるんじゃないよ!」
「えっ!? あっ……、どこから⁉」
レイの出現に慌てるロイド様と、喋る猫の姿に驚く周りの人たち。
うん、レイは妖精じゃないし、普通に見えちゃうからね。
「猫が……喋って……」
「妖精殿……なのか?」
「ん? 皆にも見えている?」
「いいから、まず、リリィを下ろしなさい!」
「え、あっ、はい!」
――仔猫に説教される成人皇族……、ぷぷぷ。
レイの言葉に反射的に反応したロイド様は、私を下ろしてくれたのだけど、説教を続けるレイを見て、ロイド様……だけじゃないな、周りのみんなが、ぷりぷり怒る超絶キュートキティに、ニヤニヤを抑えられない様子なのだ。
――分かる。
分かるぞ、諸君。これはもう、どうしようもないわ。だって、かわいい。
「聞いてるの?」
「はい……」
この人、「はい」とか言いながら、絶対、聞いてなかったでしょ。
ロイド様に呆れた目を向けながらも、結局、みんなで話し合った結果、速度を重視するなら、ロイド様たちが用意しているレッサーワイバーンに乗っていくのがいい、ということになってしまった。
――ベティちゃん……《ぐすっ》
ベティちゃんとの旅が泣く泣く強制終了され、これから始まるのは、強制弾丸ツアーである。
そして、新たに増えた一行から、自己紹介を受けた。
「知っていると思うが、ロイドだ。旅の間は『殿下』という敬称は要らない」
――あ、一回も『殿下』って敬称を付けたことないです。すんません。
「改めて、ハインリヒ・ウィスラーだ。旅の間は、ハインリヒと呼んでくれ」
「ブラッドリー・テイラーです。私も旅の間は、ブラッドリーと……」
「ロンダン帝国第三騎士団・第一分隊の隊長を務めているユージオ・ハイルマンです。ユージオと呼んでください」
「同じく第三騎士団・第一分隊副隊長のキース・ニューベリーだ。私もキースと呼んでくれ」
第一分隊の人は、あと八人いるようだけど、代表で隊長と副隊長だけの挨拶だ。
戦場で光る剣を振っていた、あの隊の人たちらしい。
え~っと、紺髪のロイド様。
緑……というか、鶯色っぽい、某三刀流剣士みたいなハインリヒさんと、赤髪のブラッドリーさん。
水色髪碧眼で、絶対『氷の貴公子』とか言われていそうな騎士のユージオさんと、ワイルドマッチョ系紫髪騎士キースさん。
――うむ、覚えられん。
忘れてしまったら、鑑定カンニングしよう。そうしよう。
すでに家名は、忘れたけどね!
あ、ロイド様だけは、ちゃんと覚えてるぞ!
ロイド・ド・ロンダン! ダ●ダダン!
お次に、ミルマン兄さんのパーティーメンバーを紹介してもらう。
街で一度会ってはいるけれど、ミルマン兄さんとしか話していなかったしね。
あとは、私が一方的に見知っていただけである。
「ライアン・エルキントンだ! 赤き竜のパーティーリーダーをやっている。よろしく!」
「俺はハリー・ウィルキンソン。ご大層な姓を賜ったが、元は平民だ。ハリーと呼んでくれ」
「あ、俺もライアンでいいぞ!」
ミルマン兄さんが所属するA級冒険者パーティー『赤き竜』
そのパーティーリーダーをしていると言うのが、ライアンさん。大剣使いの大柄な人である。
そしてハリーさん。ハリーさんは、以前、ミルマン兄さんと一緒に魔法を使っていた人だ。雰囲気的に、魔法使いと言うより、レンジャーっぽい感じだ。
「俺はニック・マッチョーリだ。ニックでいいぞ!」
――知ってるぞ! 自分以外で初めて鑑定した人だからね!
何だか有名人に会ったみたいに、謎の高揚感に包まれている。
誰にも言えないが、私の心の中では『ああ! あの時の人! あの時の人と話している!』と、一人お祭り騒ぎ状態である。まぁ、そんな素振りは見せないが。
何だか口元がもにょもにょとニヤけている気がしないでもないが、きっと誰も気付きはしないだろう。
「「「………………?」」」
「では、私も改めて自己紹介を。スチュアート・ミルマンです。私のことはスチューと呼んでください」
「はい、すとぅー……さん……。ちょっと待ってください」
「………………」
「(シチュー)」
――よし。
「すとぅ……。やっぱり、もうちょっと待ってください」
「………………」
「(シチュー、シチュー、すとぅ……、おかしいな。シチュー、シチュー、すとぅ……)」
――なぜだ! シチューは言えるのに、スチューが言えないとは、これ如何に!?
「…………スーでいいですよ」
「え、でも……」
――それだと、鈴木さんじゃないか……。
「スーと呼んでください」
「……はい、スーさん」
誠に不本意ながら、リリたん活舌問題により、ミルマン兄さんを『スーさん』と呼ぶことになった。
これなら『ミルマン兄さん』のままの方が良かった気がするが、スーさん本人に言われてしまっては、仕方ない。いや、やっぱり……
「あの、ミルマン兄さんって呼んじゃだめですか?」
「え? いえ、構いませんが……」
「じゃあ、ミルマン兄さんで!」
「ええ」
――良かった~。これが一番しっくりくるもんね!
まぁ、心の中でずっと『ミルマン兄さん』と呼んでいたからだとは言えまいが。
「なっ! なぜスチューだけ、『兄さん』なんだ! ズルいぞ!」
「そんなこと、私に言われても……」
「あ、じゃあ、ライ……ライラライ……ライアンさんもお兄さんと……」
「……おう、『ライの兄貴』でもいいぞ」
――そんな三下雑魚みたいな呼び方、嫌だ。
「ライ兄さんで」
こうして、かなりの大所帯となった私たちは、レッサーワイバーンの騎獣に乗り、とりあえず、帝都を目指すこととなった。
そう! とりあえずだ!
こんな大所帯でレギドールまで行くなんて、嫌でござる。
こうして私は、帝都に行くまでの間に、このツアーからの離脱計画を立てることにしたのであった――。