◆112・彼女たちの言うことにゃ
ミルマン兄さんが固まって動かない。
いつの間に蛇の女帝と遭遇したのだろうか。
まぁ、それよりも……
「にゃ? お前……、何だか精霊に好かれ過ぎではにゃいか?」
「――え?」
そうなのだ。
なぜか先ほどから、ミルマン兄さんの下に精霊が集まり始めているのである。
「なっ……! え? これは一体……」
ボーっとしてて、気付いてなかったんだね……。
「お前たち、これはお前たちの気に入りにゃのか?」
《そうよ~。やぁっと、私たちのことが見えるようになってくれたわ》
「にゃ? もしや、こ奴にあの石が渡るよう、謀ったか?」
《謀っただなんて、ねぇ?》
《ねぇ?》
《持って然るべき者の所に導いただけよ、ねぇ?》
《ねぇ?》
――持って然るべき?
「…………にゃっ! もしや、こ奴……」
《そうよ。大分、薄くなっちゃってはいるのだけど》
ナツメさんと精霊たちが、何かを話し合っているけど、よく分からないね。
ただ、ミルマン兄さんが、精霊に好かれる何らかの要素を持っているってことかな。
「あの……」
うん、ミルマン兄さんも困惑中である。まぁ、そうだよね。
その後、ナツメさんと精霊たちの説明によって、ミルマン兄さんがアーティファクトを生みだせる一族の末裔だということが判明した。
つまり、ミルマン兄さんは来訪者の子孫ということなのだろう。
来訪者は数百年に一度は現れると言うし、子孫がいても全く不思議ではないもんね。
《ふふっ、あの黒の子もそうよ?》
そう言った精霊が見ているのは、ルー兄である。
「え? そうなの?」
《ええ、血はあの子の方が、まだ濃いかしらね》
「……そうなんだ。でも、みんなミルマンさんの方が好き……なの?」
ルー兄が来訪者の子孫であることも驚きなのだけど、精霊たちはミルマン兄さんの方にばかり集まっている。
《だってぇ~! あの子、魔法を全然使わないんだもの!》
《私たちの存在意義は、魔力を届けることなのよ? なのに、あの子ったら魔法を使わないから、魔力が減らないんだもの!》
「あ~……」
そういえば、ルー兄はごく最近まで魔法の使い方が分からなくて、使ってなかったもんね。
精霊たちが言うことにゃ、ミルマン兄さんは、そもそも精霊たちがすごく慕っていた来訪者の子孫ということもあって、最初から好感度が高かったらしい。
そんなミルマン兄さんは、魔法を使う。すっごく使う。『魔力を届けることが存在意義』と言う精霊たちが大喜びするほど使うので、精霊たちはせっせとミルマン兄さんに魔力を届ける。
そして、ミルマン兄さんは、魔法を使っても使っても、使えてしまうので、さらに魔法を使う。
マジックラブラブループの出来上がりだ。
――なるほど、称号持ちに至った経緯が見えた気がした。
だけど、そんなミルマン兄さんは、精霊も妖精も見えなかった。
しかし、精霊や妖精が見えるようになるまで、あと少し、ほんの少しの魔力があれば……という魔力量であることに口惜しさを感じてしまった精霊たちが、魔力量が上がるアイテムがミルマン兄さんの手元に届くようにしたのだとか。
――そんなことできんの? すごいね。
精霊たちの導きに関しての詳細はさておき、無事(?)ミルマン兄さんに魔力アップ効果のあるアーティファクトが渡り、現在に至ると……。
精霊たちの話を聞いたミルマン兄さんは、自身のことであるとは理解していても、あまり現実味を感じられないようで、終始困惑顔である。
まぁ、精霊に集られている内に慣れるんじゃないかな。
精霊ではないけれど、ピクシー族に集られやすい人もいるしね。
そんなことを思っていると、捕縛した敵を、ロンダンの騎士に引き渡しに行っていたアルベルト兄さんが戻ってきた。噂をすれば何とやらだ。……いや、噂はしてないな。
ルー兄の方もジルくんたちへの話は終わったようだけど、この場を離れていたアルベルト兄さんに、ミルマン兄さんのことなどを説明し始めたようだ。
とは言っても、ルー兄も来訪者のことは知らないので、何か精霊に好かれやすい人の子孫という解釈のようだ。うん、間違ってはいないよね。
それより……、心なしか、元傀儡人形組が私を変な目で見ている気がする。
――うん、気のせいだ。
何だか、やたらとキラキラしい瞳になっている気がするけど、あれは自由を取り戻した感動ゆえだろう。きっと、そうに違いない。
何だか、「解放の使徒様!」とか呟きながら手を組み、跪いているけれど、多分、今はアルトゥ教の祈りの時間とかなのだろう。きっと、そうに違いない。
「「「解放の使徒様!」」」
――ヤメロ! こっちを見て拝むんじゃない!
ほら、アルベルト兄さんがドン引きしているではないかっ!
てか、ドン引きしているのがアルベルト兄さんしかいないことにドン引きなんですが?
「ふふっ、アンヌゥ教が生まれちゃったかな」
「…………やだ」
――レイちゃん、アルトゥ教っぽく言わないで。
あっちの集団のことは見なかったことにして、ミルマン兄さんに気になったことを聞いてみる。
「ミルマンn……さんのお仲間さんは、一緒じゃないんですか?」
「ああ、一緒に迎賓館に向かっている途中で、君が見えたものだから、仲間たちには先に行ってもらって、私だけこちらに来たのですよ」
「そうなんですね」
「ところで、リリアンヌ嬢も妖精が見えているのですよね?」
「はぁ、まぁ、そうですね」
現在進行形で、一緒にピクニックしてるしねぇ。
「もしや、この場にいる者たちは皆、妖精が見えているのですか?」
「にゃ? そこで膝を突いている四人組は見えていにゃいぞ」
「そうなのですね。しかし、だとしても、私以外にも妖精が見える者がこの場に四人もいるとは、驚きです」
「……四人?」
そう言われて、ルー兄、アルベルト兄……と、順番に視線を巡らせ、雪丸さんの所で視線が止まった。
そういえば、今、人型だもんね。
私的に、雪丸さんは『もふ組』カテゴライズだし、妖精が見える人というより、妖精に近しい同種系人外みたいな感覚だから、ミルマン兄さんが『妖精が見える者』と言ったことに違和感を覚えたんだろう。
「ですが、おかげで、あなたたちがリリアンヌ嬢と行動を共にしていることには納得できました。それに帝国にいる理由も」
「え?」
「三賢人の下へ行こうと言うのですね?」
「…………いえ、全然、違いますけど」
「えっ? 違うのですか?」
――うん、違う。
むしろ、何でそんな話になったのか、謎である。
『三賢人』と呼ばれる人たちが、妖精が見える人であることは知っているんだけど、実はそれしか知らない。そもそも、三賢人のことも、旅の途中でアルベルト兄さんに聞くまでは知らなかったし。
「なぜ、三賢人の所へ行くと思ったのですか?」
「三賢人と言えば、妖精が見えることで有名ですから、話を聞きに行かれるのかと。場合によっては、高待遇を得られる機会にもなりましょうし」
「何の話を聞くのでしょう?」
「妖精のことや、妖精との付き合い方など、知りたいことがあるのではと……思った……のですが……」
ミルマン兄さんも、自分で言いながらナツメさんに視線を遣り、言葉に詰まり始めた。
そうなのだ。妖精について何か知りたいなら、本人に聞けばいいのである。
「三賢人の話によれば、妖精が人と言葉を交わすことは稀で、殆どは妖精の独り言のようなものだと。会話らしい会話はできないということだったのですが……」
「ん~? 確かに、ピクシー族が相手なら、話を理解するのに時間がかかっちゃうかも?」
「私は、ピクシー族以外の妖精が存在していたことを、つい先ほどまで知りませんでしたよ」
「もしかして、三賢人さんもピクシー族以外は知らないのかもしれないですね」
「そうかもしれません……」
デカ猫組はともかくとして、ケット・シー族って、基本的には普通の猫にしか見えないしね。
話しているところを見ない限り、妖精とは気付かないんじゃないだろうか。
「何にしても、三賢人さんに聞きたいことはないですし、そもそも妖精が見えることを、わざわざ教えに行くつもりもないですよ」
「そうですか。ですが、妖精が見えるということは、それだけでいろいろな恩恵が得られると思いますよ? リリアンヌ嬢自身が叙爵されたり、将来的な優遇……、リリアンヌ嬢でしたら、婚姻先でしょうか。他にも望めば、得られるものは多いはずです」
――それは恩恵というより、拷問なのでは?
爵位も嫁入り先も、どっちも要らなさ過ぎる。
私は森で、もふもふたちとウハウハしながら、時々冒険に出るくらいの、ゆる~い生活がしたいのだ。
「全部イラナイですね」
「えっ……」
「余計にゃ気は回すにゃ。そもそも、リリアンヌが妖精の見える者であることは、人に話すでにゃい!」
「え、あ、はい」
その後、ミルマン兄さんも、ロイド様のようにナツメさんに圧をかけられ、挙句に、誓約魔法とやらまでかけられていた。
事後承諾で勝手にかけられていたけれど、ミルマン兄さんは、ナツメさんの魔法にやたらと興奮して喜んでいたので、私は何も言うまいよ。
終わり良ければ総て良し、である――。