◆111・最近よく見る光景
眼前のロイド様はとっても笑顔だ。但し、目が笑っていない。
何だか《ズゴゴゴゴゴ……》という効果音が聞こえそうである。
「ロ、ロイド様もおかえりなさい」
「うん、先に戻ったはずの君が、私より後に戻ってきたことはさておき、君……いや、君たちにはいろいろ聞きたいこともあるのでね、逃げられると困るのだが?」
「逃げたつもりはないのですが……」
「……………………」
――無言の笑顔で圧をかけないでほしい。
「ちょっと用事がありまして……」
「そう。だとしても、封鎖中の街を許可なく出たり入ったりするのは如何なことだろうか?」
「それは、すみません」
――うん、ホントにそれはすみません。
「まぁ、いい。とにかく、君たちには領主館に来てもらう」
「……領主館?」
「ああ、この街での私の滞在場所だ」
ああ、そういえばこの人、皇子だったわ。
街で一番の邸にいて当然か。
それより、どうしたものか。
ロイド様に付いて行ったら、いつ戻れるか分からないな……。
「付いていくのはいいのですが、預けた荷物や騎獣がありまして……。用事はすぐに済みますか?」
「……すぐには済まない。荷物も騎獣も全てを持って、領主館に来てくれ」
「わかりました」
「場所は分かるな?」
「あそこに見える大きなお邸ですよね?」
「ああ、必ず来るように」
「はい」
荷物は全部持ち歩いているけれど、これで雪丸さんたちも一緒に行くか相談できる。ジルくんたちのこともあるしね。
私たちが荷物を取りに行く間に、ロイド様もやることがあるらしい。
というか、戦場の処理やらなんやらの途中で私が逃げたもんだから、慌てて追ってきたのだとか。
…………すんません。
私も逃げようと思った訳ではなく、『あの大司祭がロンダン兵に回収される前に確認しなきゃ!』とも思っていたのだ。まぁ、回収されても事情を話せば見せてもらえたかもしれないけど。
とにかく、そんなこんなで私たちは、あとで領主館にて落ち合うこととなった。
領主館の方にはロイド様の側近のどちらかがいるはずだから、用意ができ次第来るようにとのことだ。
私たちは雪丸さんたちの所に戻り、事情を説明。
まずはジルくんたちとの話し合いはルー兄が担当し、捕縛した騎士はアルベルト兄さんが担当する。私と人外組は、それを見守る担当である。
まぁね、リリたん、随分と動いていたと思うのよ。
結界張って、戦場行って、街に戻って、また戦場に行って……
うん、ほら。働き過ぎよ。一休み、一休み。
「リリアンヌ、これ、まだあるにゃ~か?」
「あるよ。おかわり?」
「おかわりにゃ~」
「吾輩も食べるぞ!」
「オイラはこれがいいにゃん」
「私はイモケンピがいいのですが」
「僕はもういいかな……」
何か、ロックくん、ずっと食べてないか? まぁ、いいんだけど。
雪丸さん、芋けんぴにハマり過ぎじゃない? オヤツの度に齧ってるよね。
ナツメさんは、平常通りとして、トラさんは甘いものより、しょっぱいものの気分のようだ。レイはオヤツより、オネムらしい。あ、珠青と望湖にもあげなきゃ。
それにしても、こうして人外ズと『いつでもどこでもピクニック』状態になると、『日常』を感じるとは。随分、人外ズとのふれあいが染みついてきたものである。ああ、平w……
「リリアンヌ嬢!」
私たちがとある建物の屋上でオヤツを広げながら寛ぎ、束の間の平和を噛みしめようとしたところで、少々聞き覚えのある声が、私を呼んだ――。
「ミ…………」
うん、大きな鳥の騎獣を傍らに控えさせたミルマン兄さんである。
「リリアンヌ嬢! その……、その、その猫は……」
「……ん?」
「にゃ?」
「にゃ~?」
「にゃん?」
――……………………?
「猫の魔獣? いや、でも、そんなの見たことも聞いたことも……」
声をかけてきたミルマン兄さんが、ナツメさんをガン見……している気がする……。そして、ハッとして、ミルマン兄さんの胸元を見た。
――やっぱり!
あの赤いキラキラハートのペンダントが、金の矢みたいなものだけになっている。『MPメガ盛り』とかなんとかいう、シンタロウさん作のペンダントが使用されたのだろう。それで魔力が増えて、妖精が見えるようになってしまったと……。
…………妖精が見える人、案外多くない? 気のせい?
「にゃっ! まさか! まさかお前も、吾輩たちを魔獣だと言っているのか!」
「…………喋っ」
あ~、うんうん。何かこのやり取り、最近よく見る気がするな。
しばらく、ナツメさんにお任せして放っておこう。
猫妖精たちは今は、獣人姿だ。ナツメさんは私より少し大きく、トラさんが私と同じくらい、ロックくんが私より少し小さいサイズで、猫の姿で人間のように座っている。かわいいし、私としては見慣れた猫妖精たちの姿なのだけど……。
獣型のナツメさんならともかく、獣人型でも魔獣だと思われちゃうんだね。
そんなことをぼんやりと考えながら、オヤツを齧りつつ、ナツメさんとミルマン兄さんのやり取りを眺める。
「吾輩たちを魔獣と間違えるにゃど、この愚か者めっ!」
「……なっ! 魔獣ではないとでも?」
「吾輩たちは、妖精だっ!」
「……は?」
ナツメさんって、何だかんだ言いながらも、妖精が見える人にはちゃんと説明とかするんだよね。
多分、話すかどうかは魔力の匂いで判断しているというのもあるんだろうけど。
どうやらミルマン兄さんも、妖精と言えば『翅の生えた小さな人型生物』という認識だったようだ。
妖精としては、ケット・シー族よりピクシー族の方が有名ってことかな。
ミルマン兄さんは、ナツメさんと暫く話し、ナツメさんが妖精であることに納得した途端、急に畏まり始めた。そして、自分に妖精が見えるようになったことを喜び、しかし、見えるようになった要因と思われるアーティファクトの効果が切れるまでの限定的なものだと、落ち込み始めた。
――効果が切れるまで?
確かあのキラキラハートを鑑定した時、効果は『ずっと』って書いてなかったっけ? 違ったかな?
「にゃ? 効果切れ? お前が着けていたものは、人間たちがアーティファクトと呼んでいるものだろう? アレの効果がそうそう切れるものか……」
「え? ああ、いえ、私が使用したものは『使い捨て式』と呼ばれるアーティファクトですから、使用してしまえば、効果は数日、長くてひと月で切れてしまうものなのです」
「……何を言っている。確か、使い捨て式と呼ばれているものは、アーティファクトを模倣しようとした『擬き』のことであろう? お前のソレは、擬きではにゃいぞ?」
「…………え? いえ……、これは、装着式ではないですから」
「にゃ?」
その後のミルマン兄さんの話では、国宝級とも言える『本物のアーティファクト』は、形を変えることなく装着することで効果を発揮し、装着している間はずっと効果が続くもの。
『使い捨て式』は、使用時に形を変えることで効果が発動し、しばらくすると効果が切れるものらしい。
「アーティファクトに『形を変えることにゃく装着する』にゃんて定義はにゃい。お前たちが『本物』と呼んでいるものは、とある一族が作ったものだ。つまり、アーティファクトであるかどうかは、その一族が作ったものであるかどうかだ」
「……そっ、えっ……、え? ニャツメ様には、これが本物かどうかが判る……のですか……?」
「判る」
「では…………」
あ~、何だかミルマン兄さんが、呆然としたまま固まっちゃったよ。
それより、ミルマン兄さん、ナツメさんを『ニャツメ』で覚えちゃってるよ……。面白いから、しばらく黙っておこうかな。
それにしても、ナツメさんが言った『とある一族』って、もしかして来訪者のことかな?
……あれ? もしそうだとしたら、私が魔道具とか作ると『アーティファクト』になっちゃうのでは?
あ、マジックバッグ……はどうなるんだろう? あれはちょっと違うか?
多分、『魔力UP』とか『防御力UP』とか『攻撃力UP』とか、そういう効果のあるものを『アーティファクト』と呼んでいるような気がする。……多分。
何かを作る時は、変な効果が付いたものは作らないようにしよう――。