◆108・蓋を開ける
彼は言った。「ちょっと、使ってみたかったんだ」と――。
――え?
マジか……という思いが、顔に出てしまっていたのだろう。
私の顔を見たロイド様が、ばつの悪そうな顔をしたことから、どうやら自分でも『この状況下で何やってんだ』という自覚はあったらしい。
そんなロイド様の話を聞くと、少し前にとある事情で魔力が増え、今まで使えそうになかった魔法が使えるかもしれないと気付いたら、使ってみたくなってしまったと。
「試し撃ちは必要だろう?」
……それはそうかもしれない。
そして、ちょっと気持ちが分かってしまうのが、複雑である。
何にせよ、あの魔法はもう使ってしまったのだ。そして、しばらくは使えない。
まぁ、『あの魔法がどうしても必要か?』と言われたら、そうでもないからね。
「では、広範囲系の魔法は私が……。でも、どうしましょう? とりあえず凍らせます?」
「君は、あとどれほど、魔法が使えそうなんだ? 解除魔法を飛ばして、更に凍結の魔法も使っていただろう?」
「どれほどと言われましても……」
「あれほどの魔法を使っているなら、残量も感覚で分かると思うのだが」
「………………」
――多分、魔力不足を感じる日は永遠に来ないと思います。
「もしかして、魔力量の測定をしたことがないのか?」
「いえ、あります」
――鑑定で分かるので問題ないです。
「ならば、魔力量はどのくらいだったのだ?」
「え~っと、あんまり覚えていなくて……」
前に白竜様に「竜族並みの魔力量」とか言われたことがあるけど、あれは竜感覚のお話で、実際にはそれ程の魔力量があるわけではないというのは、雪丸さんに聞いて知っている。
それでも何となく、『自分の魔力量がちょっとおかしい』自覚はあるのだ。
「魔力って普通はどのくらいありますか?」
「ん? ん~、平民や低位貴族の者は数百~千、高位貴族であれば二千~五千が多いか? 魔法師団には魔力が五千以上ないと入れないな。三賢人は皆、一万~二万くらいはあるはずだ。まぁ、平民であっても魔法師団に入れるほどの魔力量がある者もいるし、一概には言えないが」
「…………ソウデスカ」
――むひぃ~! 『ちょっと』じゃなくて『かなり』だった。
誰じゃ! 魔力、三十九万のヤツ!
てか、三賢人で一万~二万? てっきり、十万以上はあると思ってたよ。
ルー兄とアルベルト兄さんの方が多いよ?
ルー兄とアルベルト兄さんと私で、『三険人』にでもなる?
「すぐには無理だが、事が終わったら魔力測定するか?」
「ケッコウデス」
――するかぁ~!
「それより、何か指示はあります?」
興味本位に駆られて、魔力量のこととか聞いちゃったけど、あんまりお喋りしている場合でもない。
こちらへの攻撃は一時的に止まっているけど、標的が別の味方に移ってしまっているだけで、戦闘中であることに変わりはないのだ。
「まずは、あの杖持ちをどうにかしたいが……」
「じゃあ、あの杖の人から……えっと、《我に宿りし……キンキンパキパキカッチコチ――〈アイスロック〉》』
「うわっ!」
「何だ! 魔法!?」
「まさか、三賢人!?」
「そんで、《我に宿りし……バインバインノグルングルン――〈ライトバインド〉》」
「嘘だ!」
「何だ、この魔法は!」
杖を持っている人を中心に、その辺りにいる敵の足下を凍らせ、その後、拘束魔法で捕獲。
この魔法パターン、使い勝手がいいね。対魔獣だと、トドメを刺すことを前提にしているけど、対人ならこっちの方がいい。
「先ほども気になったのだが、あの白く光っているのは聖属性魔法なのか?」
「は? いえ、そんなもの使ってないですけど」
何だ、聖属性魔法って。拘束魔法のことだよね?
もしかして、最初にこの魔法を使った時にロイド様が驚いていたのって、それが原因?
『光魔法』というイメージで使ってはいるけど、聖なる何かの欠片もない魔法ですが。むしろ『バインバイン』とか言ってる魔法が、聖なるものであってたまるかって話だと思うな。
そもそも『光』である必要もなかった気がするけど、他に拘束できそうなものって植物くらいしか思いつかなかったんだよね。植物だと燃やされたり、ちぎられたりしそうだし……という消去法で、光魔法になっただけである。
「しかし、白の光は『聖なる光』だぞ」
――ええ~? じゃあ、白くなければいいの?
レインボーカラーにして、どこぞのライヴ会場みたいにする?
…………森で猫妖精たちとしているカラオケ大会で使えそう。
私が無意識で口ずさんでいるからか、いつの間にか、猫妖精たちが地球のロックとかアニソンを覚えちゃったんだよね。今度は一緒にヲタ芸の練習しよう。
ちょっと思考が脱線してしまったけど、白がだめなら、別の色にしておこう。
とりあえず、緑にしておこうかな。しばらくはこのままで放置する予定だし、目に優しい色の方が良い。
突然に色が変わると騒がれそうなので、白からじ~んわりと緑に変化させる。
しかも、『よく見れば薄緑でした!』くらいの白っぽい緑にしておこう。
「ロイド様、よぉ~く見てください。白ではなく、薄緑です」
「え? …………あれ? 本当だな」
――よしよし、成功だ。
というか、勢いで拘束魔法を使うより、色を変える魔法の方が、かなりの神経を使ったのですが?
「しかし、白緑色の光もカレッタに伝わる聖獣の色のはずだが……」
嘘でしょ!? なんでよりにもよって、緑もアウトなのよ!
今から変えたら絶対バレるし、白っぽくないのにしたら、犬用の光る首輪みたいになりますけど?
「………………」
――ここは華麗なる話題転換が吉である。
「ロイド様、馬車の人はどうします?」
馬車の中にいる人は見えないので、拘束できていないけど、馬車の車輪部は凍結している。
「え? ああ。君の魔法にいちいち驚いていると、身が持たないことは理解した」
「え?」
「馬車だな! そういえば、屋根を切り飛ばすという話もあったが、できるのか? いや、できるんだろうな。では、それでいこう。屋根を切り飛ばしてくれ」
「あ、はい」
何だか、ロイド様が五歳くらい老けたような気がしないでもないけど、まぁいいか。それに五歳老けたところで、まだ二十代だろう。
「ロイド様って、おいくつなんですか?」
「ん? 二十一だが。何だ、突然」
「いえ、ちょっと気になっただけです」
戦闘中だいうのに、ちょいちょい思考が脱線しちゃうな。
森から出たら出たで、気になることがたくさんだ。
でもまずは、馬車の屋根だね。
そうして私は、敵方の馬車の屋根を、風魔法で切り飛ばした。
「なっ、何だ!」
「屋根がっ……」
「お、おい! どうなっている!」
特殊な馬車三台の中を順番に覗いてみる。
覗くと同時に足元を凍結させて、動けないようにしておく。
最初の馬車にいたのは、濃紺のローブを纏った魔法使いっぽいおじさんが二人。
隣の馬車には、いかにも貴族ですって感じのおじさんと、従者っぽい人。
そして……
「ロイド様、あの人……」
「……毒か? あの様子では無事とは思えないが」
最後の馬車には、口から泡を吹いて白目を剥く、白ローブを纏ったおじさんがいた。
「あのローブはレギドールの司祭のものだな。一国だけの企みではなさそうだし、仲間割れでもしたか?」
馬車の中を見てから、一気に緊張感が高まった。
レギドールの司祭だと思われる人のことも気になるけど……
「デイジーがいない」
「ん? 特異スキル保持者の名だったか?」
「ロイド様、他の馬車の中も見ないと」
「あ、ああ、そうだな」
そうして、特殊馬車の周りにあった馬車の中も覗いたけれど、デイジーは見つからなかったのである――。
「デイジーはこの件に関係なかった? それとも最初からここに来ていない?」
デイジーが五歳であることを考慮すれば、戦場に来なかった可能性の方が高い?
「いや、途中で味方が洗脳状態になったのだ。ずっといなかったということはないだろう。ここに私たちが向かってきていることに気付いた誰かが避難させたのかもしれない」
「そうですね……」
「術者を追いたいところだが、ここにいるあの者どもが首謀者である可能性が高い。まずは、あ奴らを確実に捕縛する」
ひとまず、この騒動の中心人物と思われる人たちは捕まえたけれど、デイジーを捕まえなければ、また同じようなことが起こる可能性もある。
だけど、私の旅の目的はレギドールで隷属魔法にかけられている人たちを解放することだ。だからこの先は、ロンダンの人や、じぃじに任せよう。
レギドールの司祭がいたということは、アルトゥ教の人間が関わっているということだ。
私たちが対峙する予定の枢機卿と関係があるのかは分からないけれど、隷属やら洗脳やら、似たようなことをしているなら、やっぱり関係があるんじゃないかと思うのだ。
だって隷属、洗脳の類は大罪となり得る禁忌なのだ。
そんなことをする人間が、あっちにもこっちにも、ホイホイといてたまるかという話である。
隷属魔法の代わりにデイジーのスキルが狙われた可能性だってある。
つまり、消えたデイジーがレギドールに向かった可能性だってあるのだ。
まずは、あの馬車にいた司祭を、ルー兄かアルベルト兄さんに見てもらった方が良いかもしれない。
一度、街に戻ろうか――。