◆107・アレ
誰でもわかる前回のあらすじ!
―――――『リリたん、魔蟲を撃墜する!』
目に付く範囲の魔蟲や魔獣を斃したものの、全部を斃した訳ではない。
少し先の東側では、変わらず魔獣の群れが蠢いていて、それを誰かが抑えているようだ。時々、竜巻のようなものが見える。
ロイド様がそちらに応援に行くというので、本命の敵がいるであろう南に向かうのは一時保留である。
「あそこにいるのが帝国の騎士なら、先に敵の頭を叩きに行ってもよかったのだが……」
「ん? 東にいるのは騎士様じゃないんですか?」
「有志の冒険者たちだ。あちらは魔獣だけのようだったし、有名な冒険者パーティーがいたからな。洗脳兵が多かったこちらを優先したが、君のおかげで洗脳は解除されたし、むしろ、今は戦力過多とも言える状態だ」
「あ~……」
と、言いながら、じぃじとライオン将軍を見遣る。
「いや……、あの二人もアレだが、どう見ても、君の方がアレだ」
「……アレ?」
――何だ、『アレ』って。
何か『ヤバい奴』みたいに言わないでほしい。
魔法で魔獣を墜とすより、物理で魔獣を吹き飛ばしている方が、絶対に『アレ』だと思う。
内心で『アレ』についての考えを巡らせている間に、ロイド様は東に向かって、レイヴンラニットを進め始めていた。ロイド様と共に、飛行型の騎獣に乗った数人も同行するようである。
じぃじやライオン将軍は……、西側に行くようだ。
めっちゃ走っているけど、人の速度じゃないな。
やっぱり、私より『アレ』である。
東に少し進んだ所で、魔獣たちと戦う冒険者たちの姿が見えた。
「あ……」
「どうかしたか?」
「いえ」
ちょっと、ミルマン兄さんのパーティーが目に入っただけである。
ここに来て、戦っていたんだねぇ。
見える限り、ここにいる冒険者たちも、大きな被害を受けている様子もなく、次々に魔獣を斃していっているように見えるけど、やはり、ミルマン兄さんたちのパーティーが、頭一つ抜け出ている感じがする。時々、見えていた竜巻のようなものは、ミルマン兄さんの魔法だったようだ。
合流した騎士たちの加勢もあり、魔獣と対する冒険者たちの勢いも更に増した。
私は、とりあえず見ているだけなので、手持ち無沙汰に少々、ソワソワしているところである。
う~ん、ここですることがないなら、デイジーを捜しにいってもよかったかも。
ルー兄を隷属させていた人か、それに関係する人もいるかもしれないし。
私には誰が首謀者だとか、何の目的があるのかとか、そういうことはよく分からないし、正直、デイジーに関してはそんなに興味はないのだけど……。
興味はないけど、ルー兄がされていたように、本人の意思を無視して隷属させたり、洗脳したりをしたりしているのであれば、野放しにしておきたくはない。猫妖精たちの苦痛の素でもあるし。
デイジーのことを恨んでいるかと聞かれたら、恨んではいない。
デイジーのせいで嫌な思いも、痛い思いもしたし、前のリリアンヌが傷付いていたことは確かで、それに対する怒りはあるけれど、それは『恨み』とは別物だ。
「自分の手で復讐してやる!」なんて思うほどの感情はないけれど、然るべき罰は受けてもらいたい。そして、その罰の内容は私の関与するところではない。
私はデイジーがいたら捕まえる。ただ、それだけだ。
まぁ、この騒動において、デイジーのスキルが使われているのならば、分かりやすく見える所にいるとは思えないけど。
他のことに意識を飛ばしていると、「俺もこの辺りの魔獣を流しておくか」という、ロイド様の呟きが聞こえた。
――流す?
どういう意味だろうと思った時、ロイド様が更に何かを呟き始めた。
「《我に宿りし魔力の根源、清浄なる水流を象り、我の敵を押し流す力となれ――〈フルーヴ〉》」
ロイド様の魔法詠唱らしきものが終わった瞬間、どこからともなく洪水のような水が現れ、魔獣を巻き込みながら、川のように流れていった……。
「………………」
――この人、人のこと言えないでしょうよ……。
今ので、この辺りの魔獣は、ほとんど逝ったんじゃないだろうか。
人のことを『アレ』とか何とか言って、ロイド様も『アレ』じゃないか。
そう、人っぽくない所業を繰り出す人外予備軍『アレ』だ。
ほら、魔獣と戦っていた冒険者たちも、ポカーンとしてるよ。
魔獣を斃すだけなら、この人とライオン将軍たちがいれば楽勝だったのでは?
とりあえず、水気も残っていることだし、凍結でもさせておこう。
「《我に宿りし……もごもご……ごにょごにょ……うんたらかんたら――〈アイスロック〉》」
――よし! 完璧じゃろ!
「………………」
何だか視線を感じたので、ロイド様の方を振り返ると、ものすごく呆れたような目を向けられていたのが、とてつもなく心外である。なので、同じ表情を返しておくことにした――。
無言でやれやれ顔を向け合っている私たちに、一騎の騎獣が近付いてきた。
あれは……確か、ハインリヒさん……だっけか? 鶯色とか、緑茶色っぽい感じの緑髪の人だ。
「ハインリヒ」
「殿下、ここへの応援はもう充分かと……」
「ん、ああ、そうだな」
「次はどうされますか?」
「南の敵本陣だ」
――あ、とうとう行くのですね。
私も行くけど。
そうして、私たちは敵の大元がいるであろう場所を目指し、移動を開始した。
途中で飛行型の魔獣や魔蟲に攻撃されたり、飛行型の魔獣に騎乗した敵に攻撃されたり、どこぞから魔法攻撃が飛んできたりもしたけれど、それらを躱し、そして斃し、敵本陣と思われるものがハッキリと見える位置にまでやって来た。
というか、ロイド様に同行してきた側近らしき人や、騎士らしき人たちも、普通に『アレ』だった。この世界では、このおかしな戦力が普通なのだろうか?
魔法やスキルがある世界だから、おかしくはないのかな?
ちょっと基準が分からないけれど、この世界では、私も割と標準寄りだと思う。
それにしても……
「この戦力で、なぜ圧されていたのか謎なんですけど……」
「洗脳された者がいたことと、洗脳した術者を生け捕りにするために、加減が必要だったからだ。術者が死んでも洗脳が解けない可能性があったから、うっかり術者を殺してしまわぬようにしながら、術者の確保を優先していたが、術者を見付ける必要がなくなったからな」
ああ、そうか。
本来なら、術者本人を捕まえて、スキルの解除をさせるつもりだったのね。
そこに、状態異常を解除できちゃう私が出現したので、加減する必要がなくなったと。
それはつまり、ロイド様たちにとって、『術者の生け捕り』は最優先ではなくなったということだけど……。
まぁ、その辺に関して何かを言うつもりはないので、お任せしよう。
それより、眼前の敵である。
魔獣の群れの中央に、何やら特殊な造りのように見える馬車が三台、その左右前後に普通の馬車が十台、その周りに騎馬兵、騎獣兵、歩兵がいる感じだ。
デイジーがいるとすれば、あの特殊な馬車の中な気がするけど……。
私としては、レギドールの隷属魔法使い……あるいは、その関係者を生け捕りにしたい。まずは、馬車の中身確認だろうか。
馬車の屋根だけ切り飛ばして、「こんにちは!」してもいいのだろうか?
それとも、誰も逃げられないようにしてからの方がいいかな?
「誰にも逃げられないようにするのが一番だな。しかし、それをどうっ――!」
ロイド様と話している最中に、敵陣から特大火球が飛んできた。
火球は、ロイド様がレイヴンラニットを操って避けたけど、何だか既視感があるなと、火球が飛んできた方向を見渡した。
すると、少し前に遭遇した襲撃現場で見たような、派手な杖を持った人がいた。
「あの杖……」
あの時のヤツと同じ? なら、あの襲撃もこの人たちがやったということだろうか。そういえば、あの場所にも「思考汚染」とかいう状態異常になっていた人がいたし、そうなんだろうな。というか、あの時に取り逃がしちゃったヤツか……。
「あれは……マギリアの魔道具かもしれんな」
「ん?」
「あの杖だ。魔法師ではなく、魔道具で、あれが他にもあるとすれば面倒なことになりそうだ……」
「あの杖、前に見たことあるんですけど、同じ人かと思ってました」
「前に見た?」
「少し前に馬車を襲っていた人たちが、あれと同じに見える杖を持ってました」
「馬車? ……まさか、キャスリック嬢を助けた通りすがりの魔法師か?」
「ん? キャスリック・ジョー?」
「サキオの婚約者だ」
……ああ、確か……あのチョコレートみたいな髪色の人か。
ということは、『ジョー』じゃなくて、『嬢』……?
一瞬、燃え尽きなくて良かったねとか、思ってしまったではないか。
「しかし、キャスリック嬢を助けた魔法師は、確か銀髪の男……だったか? 別の馬車か?」
――あ、それ、雪丸さんすな。
とりあえず、その辺のことは黙っておこう。
今、注目すべきは、あの杖である。
「そういえば、あの杖って、火球しか出せないんですかね?」
「ん? それはそうだろうな。一つの魔道具から出せる魔法はひとつだ」
「そうなんですね。『魔法の国』の物なら、もっと凄いのかと思ってました」
「あれも充分、凄い代物だと思うが……。しかし、『魔法の国』と言われていたのは、正確にはマギリアの前の国だ。今は、魔道具は作れても、大した魔法が使えないと言われている国だぞ」
「え! そうなんですか……」
そう言えば、私、この世界の歴史とか、おとぎ話程度にしか知らないな。
レギドールの話は少し聞いたけど、他の国のこととか、全然知らないわ。
今度、誰かに教えてもらおう――。
それはさておき……
「あの杖、没収したら、あとでちょっと見てもいいですか?」
「ん? 構わないが……まずは、あの術師をどうにかしないといけないのだぞ」
「はい。というか、ロイド様も凄い魔法が使えるんですから、もう一回、あの水でドバーッみたいなの、すればいいじゃないですか」
「あれほどの魔法を、そう何度も使えてたまるか。もう一度使うなら、あと数刻は必要だ」
「え?」
――え? そうなの?
「というか、そんな魔法を、なぜ敵本陣を見つける前に使ってしまったんですか?」
「………………」
――何で黙った?
「ちょっと、使ってみたかったんだ……」
「………………」
何だか、一瞬、ロックくんの幻影が見えた気がした――。