◇106・ルーファスの感慨/side:ルーファス
「ちょっと行ってくるね」
そう言ったリリィが、ロンダン帝国の人と騎獣に乗って飛んでいくのを見送った。本当は俺も一緒に行きたかったけど、リリィに「ロックくんたちをよろしくね」と言われてしまえば仕方ない。
俺の腕の中には喋る猫の妖精がいる。一匹はロック、もう一匹はトラ。
そして隣には、すごく大きな喋る猫……の妖精のナツメさん。
リリィが「ナツメさん」と呼んでいるので、俺もそう呼んでいる。
俺たちは、今はリリィの作った結界の中に留まっている。
結界から出ると、すごくくさい魔力臭がするらしい。
俺には判らないけど、猫の妖精たちにはキツイもののようだ。
「にゃ、リリアンヌが帰ってくるまで、ここで待つとするか……」
「ナツメ様、僕、なんか食べたいにゃ~」
「にゃ? そうだにゃ……」
「ロック、さっき、ルーにももらってたのに、まだ食べるにゃんか?」
「クッキー一枚しかもらってないにゃ~」
――緊張感ないな。
そう思ったものの、猫の妖精たちはいつもこんな感じか、と思い直した。
オヤツを食べるから下ろしてほしいと言われ、そうする。
背中に翅の生えた小さい生き物は子供の頃から見えていたけど、あの生き物が『ピクシー族』ということも、猫型の妖精がいることも、あの森に来てから知ったし、こんな風に長い時間を一緒に過ごすことがあるなんて思いもしなかった。
リリアンヌに出会ってから、俺の世界は大きく変わった――。
「あなたのその強制隷属魔法、解除していいですか?」
そう言われて、何を言っているんだと戸惑い、そんなことできるわけがないと思いながら『解除』という言葉に少しだけ期待をして、やはり無理だと思った時には、俺にかけられた強制隷属魔法は解除された。
人に縛られ、自ら死を選ぶこともできず、ただただ操り人形として生きるしかないと、これが死ぬまで続くのだろうと思った絶望の日々は、ある日突然、終わりを告げた。
見知らぬ場所で目覚め、出会った不思議な少女。
今は『アルベルト』と呼んでいるハウゼン様は、リリィは「自分を人間だと思っている妖精」だと言っていた。俺もその意見には同意だけど、なんという種族かは判らない。
まぁ、俺が知っているのはピクシー族とケット・シー族だけだし。
何となく、リリィはあの森の精か何かじゃないかなとは思うけど。
リリィといると、不思議なことばかりが起こる。
竜族に会ったこともそうだけど、半竜(?)のレイ様が仔猫になったり、そんなレイ様に魔法を教えてもらったり、割とおしゃべりな猫の妖精と旅をしたり、まるで自分が物語の中に入ってしまったような、あまり現実味のない日々が続いている。
ずっとこんな日が続けばいいと思う反面、俺と同じように強制隷属させられている仲間を思うと、俺だけが解放されたことに、少しの罪悪感が芽生えた。
だけどリリィは、仲間たちも強制隷属から解放してくれるつもりのようで、そのために一緒にレギドールまで来てくれると言う。
リリィには感謝しかないし、恩を返したいとも思うけど、俺の返せることなんてほとんど何もない。魔法も狩りも、それに料理だって、リリィは何でもすごいから。
だから、ちょっとした頼みごとでも、頼ってもらえることは嬉しいし、叶えたいと思う。仲間たちを解放することができたら、俺は……――。
考え事をしていた俺の視界の端で何かの影が横切ったのを感じた瞬間、反射的に袖口に隠し持っていたナイフを取り出し、向けられた剣を防いだ。
「――ジルッ⁉」
まさか、と思った。
だけど、俺に攻撃を仕掛けてきたのは、俺と同じく『傀儡人形』と呼ばれる部隊に配属させられているジルだった。
ジルがなぜここにいるのか、なぜ俺に攻撃をしてきたのか、気になることはいろいろあるけど、今はそれどころではない。
ジルがショートソードで攻撃を仕掛けてくるのに対し、俺が使っているのはスローイングナイフだ。攻撃は凌げるが、強度が少々、不安でもある。
できればジルを気絶させて、あとでリリィに強制隷属魔法を解除してもらえればいいんだけど……。
ジルが今も強制隷属させられている状態なのは明らかだ。
それが分かっているだけに迂闊な攻撃はできないが、だからといって攻撃を受けるつもりもない。
刃で刃を削ぐように、あるいは刃で剣先を流すようにナイフを滑らせ、ジルの攻撃を往なしていく。
ずっとこのままというわけにもいかないので、体術も織り交ぜて、一気に獲るかと考えた時だった。
「ああ、やはり13番か」
「――⁉」
俺を『13番』と呼ぶのは、デルゴリアか、自分の意思でデルゴリアに付いている奴だ。
「魔法師殿が『13番の繋がりが切れた』とおっしゃっていたから、どこぞで野垂れ死んだのかと思っていたのに、まさか自由に動き回っているとは。由々しき事態だな」
「……ドメニコ」
「おいおい、ドメニコ様だろう?」
俺が奴を呼び捨てにしたことが癪に障ったのだろう。懐から出した魔道具らしきもので火球を飛ばされる。ジルとの攻防を続けながら、ドメニコの攻撃を避けた。
ドメニコは傀儡人形の監視者の一人だ。
監視者は常に付いているわけではないけれど、恐らく今回は、レギドールを出たために付いているのだろう。行動の監視というより、追加の命令を下すためにいるようなものだ。
できればドメニコはさっさと消してしまいたい。
だけど、まずはジルだ。どうにかジルの意識を落そうとするものの、すんでのところで躱され、上手くいかない。その間にも、ドメニコが攻撃を仕掛けてくる。
こうなったら、少々、手荒にいくしかないかと思った時だった。
「ぐるぐるにゃ~!」
張り詰めた空気の中で、気の抜けるようなかわいい声が響いた――。
えっ……と思った時には、ジルも、ドメニコも、微かに白く発光する縄のようなものにぐるぐる巻きにされて、倒れていた。
「………………」
「できたにゃ~!」
「おお、上手いではにゃいか!」
「ロック、すごいにゃん!」
聞こえてきた会話と状況から、なんとなく事態を把握したものの、まさか妖精が介入してくるとは思いもしなかった。
「なんで……」
「ルー! 見て見て! リリアンヌが使ってたぐるぐる、できたにゃ~!」
「ああ、うん、すごいね」
――うん、理解した。
ロックはきっと、この魔法を使いたかっただけだ。
でも、さすがに「使いたい」というだけで人に使うのはダメだと分かっていたんだろう。そこに丁度、おあつらえ向きというか、俺が戦っている相手になら使っても大丈夫だと思った……というところだろうか。
とりあえず、俺は拘束されて倒れているジルに近付き、意識を刈り取った。
ジルはこのまま、リリィが戻ってくるまで拘束しておいてもらおう。
次は、ドメニコだ。
ドメニコも情報に関しては何らかの制限魔法がかかっているだろうし、聞きたいことはジルに聞けばいい。
「なんだこれはっ、くそっ! 離せ、私を解放しろ! こんなことをしてただで済むと思うなよ! 分かっているだろうな!」
ドメニコが煩く喚いているけど、それらを無視して近付いた俺は、躊躇うこともなくドメニコを絶命させた。そして、持ち物を一通り確認したあと、先ほど使われていた魔道具を取り上げる。
「ロック、こいつの拘束魔法はもう消していいよ」
「ん? わかったにゃ~!」
俺が敵をアッサリ絶命させても、妖精たちは何も言わない。
妖精は無邪気で、時に残酷だ。
恐らく、妖精たちも自分の敵だと認識した相手を絶命させることに、躊躇いを覚えたりはしないだろう。
そして、そういう一面を俺も妖精たちも、リリィには見せないようにしていて、お互いそのことに気付いている。だから、余計な説明は要らない。
「ルー、ソレはもう少し見えにくい所に捨ててこい」
「分かった」
ナツメさんに言われたとおり、ドメニコの遺体をすぐには見つけられない所へ移動させる。でも、完全に隠すことはしない。その内、街を巡回する騎士か誰かが見つけるだろう。
そうして再び妖精たちの所に戻ると、ナツメさんに清浄魔法をかけられた。
「問題にゃいと思うが一応にゃ」
「ありがとう」
「にゃっ、お前のためではにゃい」
「ふっ、知ってる」
多分、気付かないとは思うけど、リリィに血の臭いを悟らせないためだろう。
「その内、自分で使えるようににゃれ」
「うん、そうする」
「そうだ、さっきの魔道具、ちょっと見せてみろ」
「ん、これ?」
「そうだ。……ふむ、変にゃ仕掛けにゃどはにゃさそうだにゃ」
「ほしいならあげるけど」
「にゃ……、魔道具にゃらリリアンヌがほしがるかもしれにゃいにゃ」
「ああ、そうだね。じゃあ、リリィにあげるよ」
「うむ、それがいい」
リリィならこんな魔道具がなくても、もっと強力な魔法も使えそうだけど、魔道具自体に興味があるみたいだし。
それにしても、やっぱり不思議だ。ああ、俺、猫と話してるなぁ――。