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◆104・前線へ


 思いがけずに衝撃の事実を知り、思わず呆然としてしまう。

 ツッコミどころが多過ぎて、脳の処理能力がショートしたようだ。

 


「リリアンヌ? どうかしたのか?」



 ――はっ!



「いえ、なんでも」



 ハッとした私は、おほほな笑みを浮かべて、何でもない風を装った。

 何が何でも、リリアロン化情報は厳重封印である。

 まぁ、レイには、あとでいろいろと聞かねばならないが……。



 今はそれよりも、これからのことだ。

 状態異常を解除するには、それを消滅させるイメージを込めた魔力をぶつけなければいけない。それに、状態異常を解除したところで、解除した魔獣や人が大人しくなるかどうかは別問題である。



 じぃじとロイド様が同行するという話だけど、私は空から行く予定だ。



 行く前に認識遮断魔法を使うつもりだけど、レイによれば、認識遮断を使っても、ロイド様には姿が見えるだろうとのこと……。もしかして、妖精が見える人には見えちゃうということだろうか?



 ……なんてことを、じぃじやロイド様と話しながら、考えている時だった。



「兄上! 『ここで待て』と言ったきり、いつまで待てばよいのですか? それに、ベルツナー卿も突然走りだして…………子供?」



 ロイド様に話しかけてきたのは、チョコレートのような髪色の金眼お兄さんだ。

 ロイド様を兄と呼ぶなら、この人も『殿下』なのだろう。



 そして、New・殿下の後ろに、茶髪の人と濃緑髪の人が二人。

 それから、ロイド様の指示で離れていた、ロイド様の側近らしき二人も一緒にやってきた。



「サキオ……、結局、来ているじゃないか」

「この状況で、ずっと待っているわけにはいかないんです。それより、その子供は?」

「……この子の話はあとだ。ブラッドリー、ハインリヒ、報告を」

「え、兄上?」



 サキオと呼ばれたNew・殿下の話を軽く流し、側近二人と話し始めたロイド様。

 ロイド様は側近たちの話を聞きつつ、今後の作戦や指示を出しているようだ。

 サキオ様は困惑の表情を浮かべつつも、ロイド様の話を聞くことにしたらしい。

 

 

 聞こえてくるロイド様の話では、状態異常になっている者の解除に目途が立ったこと。

 既に前線で事に当たっている騎士や魔法師たちと合流し、敵を食い止めること。

 状態異常が解除されても尚、向かってくる敵を斃すこと。

 ここにいる子供(私)のことは、詮索しない、他言しない。

 そういうことを、手短に話しているようだ。



 ――うむ、このまま、私のことは忘れてくれてよいのだが?


 

 既に会っているロイド様の側近二人はともかく、サキオ様とその横に控える二人は、私に怪訝な目を向けている。じぃじが私の前に立ち、その視線から隠すようにしてくれているが、まぁ、この状況でこの場に子供がいれば、そういう顔になるのは仕方のないことだろう。



 ロイド様もサキオ様たちの様子には気付いているだろうけど、まるっと丸無視だんご虫である。そして、そのまま「では、行くぞ」と言って、私を抱え、レイヴンラニットに向かって歩き始めた。



 どうやらロイド様は、私のことを追求される前に逃げるつもりのようだ。

 それには大賛成なのだけど……

 


 ――小脇に抱えるのやめてもろてええですか?



「兄上っ⁉︎」



 サキオ様たちが何だかあわあわしつつ、結局は自分たちのレッサーワイバーンに騎乗することにしたらしい。じぃじは、ロイド様の側近の内の一人、ハインリヒという人のレッサーワイバーンに同乗するようだ。



「あとでちゃんと、話してもらいますよ!」

「(俺が聞きたいくらいだ……)」



 サキオ様の声に、ロイド様は聞こえないふりをしつつ、ボソっと呟いた。

 ロイド様は素になると、一人称が『俺』なんだなと思いつつ、私もロイド様の呟きは聞こえなかったことにしておく。



「あの、私、飛んで行くので」

「…………はぁ、君は本当にベルツナー卿の孫なのか?」

「そうですけど」

「(……飛行魔法は超級魔法なんだぞ)」

「何か言いました?」

「……何も。それより、君の位置は把握しておきたいし、共にいてくれた方が何かと都合がいいのだが。君は敵味方の判別がすぐにできるのか?」

「ああ、そういえば……、判らないですね」



 状態異常になっているかどうかは鑑定すれば判るけど、いちいち確認している余裕はない。手当たり次第に解除魔法を飛ばすつもりだったけど、ロイド様の指示を聞いた方が効率がいいかもしれない。



 ということで結局、私はロイド様と共にレイヴンラニットに乗り、前線へと向かうことになったのである――。



 レイヴンラニットに乗ること、数十秒。

 魔獣の群れは思ったよりも、アールティの街の近くにまで来ていたようだ。



 まず見えたのは、騎士団と魔法師団だろうか? それらしき集団の前方に砂煙がもうもうと立ち込め、ひりつくような喧騒が場に満ちている。



 魔獣、あるいは武装兵が、アールティの街に向かって押し寄せようとしているのを、騎士と魔法師たちが必死に食い止めようとしている様子が見てとれた。



 ロイド様はそのまま前線を越え、敵であろう集団の上を飛行し始める。

 魔獣も敵兵も、想像していたよりもかなり多い。

 この集団が街に押し寄せれば、街が壊滅してもおかしくないほどの数だ。

 目に見える範囲の者たちが、みんな状態異常になっているのであれば、猫妖精たちがこの距離で「くさい」と感じたのも無理はないだろう。



 ロイド様の指示で、最初に解除魔法を飛ばした相手は、騎士団たちと交戦中であった、同じく騎士っぽい感じの集団であった。



 交戦中だった騎士たちが、突如として戦うのをやめ、困惑の表情を浮かべている。



「な……何が……」

「私は一体、何を……」

「なぜ、こんな場所に?」

 


 どうやら、解除魔法はちゃんと効果があったようである。

 ルー兄の時は魔法で隷属させられていたけど、今回はスキルによるものだった。

 だから、魔法で解除できるのか、ちょっと不安ではあったのだ。



「本当に、状態異常が解除されたようだな」

「ちゃんとできて、良かったです」

「続けて解除を頼みたいが、魔法(?)なんだよな? 魔力がどれくらい残っているか分かるか?」

「魔力はまだ大丈夫ですよ」



 ――まだどころか、ものすっごい余ってます。



《ふふっ♪ 心配しなくても、リリアンヌの魔力はすぐに回復させてあげる》

《私たちに任せて♪》



 ――は?



 どこからともなく聞こえた謎の声と共に、半透明の何かが横切った気がした。

 ちょ、ちょ、ちょ、何?



「あぁ、とうとう精霊も声をかけてきたね」

「え? 精霊?」



 レイの言葉で、先ほどの声の主が精霊であることは分かったのだけど、魔力の回復がどうとか、どういうことだろうか?


 

「この世界の魔素は精霊が運ぶものだからね。精霊が運んでくる魔素が多ければ、魔力の回復も早くなるんだよ」

「そうなんだ……」

「…………」



 魔力はあり余っているのに、回復速度が上がったら、余計に減らないのでは?

 まぁ、減らなくても問題はないんだけど、回復速度を上げる意味もない気がする……とは、言わない方がいいんだろうな。

 


 後ろのロイド様が、何とも言えない表情で口をパクパクしている姿をチラ見しつつ、そんなことを考えていた。



 それより、次、行きましょうかね。

 魔力には余裕があるので、どんどん解除魔法を飛ばしていく。



 前線でぶつかり合っていた騎士たちは、自分の意思とは反する形で洗脳状態になり、味方同士で競り合っていたのだろう。状態異常が解けると、争うのをやめる人たちばかりだった。

 


「前線にダロイス兵ばかりを送ってくるとは……。我々が洗脳に気付いていないと、本気で思っているのか?」

「ダロイス兵?」



 ロイド様の苦い呟きが耳に響く。

 そういえば、デイジーがいるかもしれないことは聞いたけど、詳しいことは何も知らないな。

 


「ダロイス公爵家の兵だ。当主であるデイル叔父上は、帝国の民と地を傷付けるようなことはしない。なのに、洗脳したダロイス兵をぶつけてくるなど、ダロイス家に私怨があるか、内乱を狙っていたか……」

「ロイド様は誰がこんなことをしているのか、知っているのですか?」

「首謀者はマギリアだとは思うが、私はレギドールの者も関わっているのではないかと思っている。それに恥ずかしい話だが、帝国にも手引きした者がいるだろうな」

「え? レギドール? レギドールって別大陸にある国のですか?」

「ああ。そういえば、君、レギドール語を話していた黒髪の少年とはどういう関係だ?」

「まさかレギドール語を話していたというだけで、何か疑ってます?」

「少し気になっただけだ。身の熟しからして、ただの一般人とは思えなかったからな」

「まぁ、冒険者ですから」



 ――登録したてだけど。



「冒険者か……。どうやって知り合ったんだ?」

「他の人に、私のことは詮索しないように言っていたのに、ロイド様が詮索しないでくださいよ」

「君のことではなく、あの少年のことを聞いているのだ」

「………………」



 屁理屈だな……と思いながらも、ふと思った。

 そういえば、ルー兄も強制隷属させられていた。

 隷属させられていたのは、随分昔からだし、今回のようにスキルで洗脳されていたわけでもないけど、本当に無関係だろうか?

 ルー兄が……というより、ルー兄を隷属させていた人が関わっている可能性は?



「答えられないのか?」

「知り合ったキッカケですか? 妖精のいたずらですね」

「は?」



 ――事実しか言っていないでござる。



「それより、レギドールでは隷属とか洗脳とかの魔法やスキルが使われるのは、よくあることですか?」

「……いや? そもそも、そういう魔法やスキルは、悪意を持って故意に使えば、投獄、あるいは処刑もあり得る大罪だ。使えると判れば、国から厳重に管理される対象でもある」

「そうなんですね……」



 やっぱり、関係あるんだろうか。

 デ……デ……、デルゴリラ――?


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― 新着の感想 ―
主人公は滞在している国の現場責任者に事情説明や情報のすり合わせをする気ないんですね… 無責任とまでは言いませんが元大人な割に色々考えが足りなさそう まぁ日頃の主人公の性格から考えたら残念なのも仕方ない…
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