◆103・迫りくるダンディと衝撃の事実 □
「さあ、行こう、レイヴンラニット」
――あ、ブラックワイ子ではなかったんですね。
ロイド様の騎獣であるレッサーワイバーンは、なんだかとっても格好良い名前だった。
「雄々しくて、格好良いヤツだろう?」
「……あ、はい」
しかも、男の子だったらしい。
ブラックワイ太郎より、ブラックワイ子の方が言いやすかったのだ。
口に出さずに、心の中で呼んだだけなので、セーフである。
ここから別行動になるナツメさんたちに手をフリフリして、ロイド様が操るレイヴンラニットに乗せられ、街の外へと向かう。
旅の途中で見かけたワイバーンはもっと速そうだったので、恐らく、気を遣って少しゆっくり目に飛んでくれているのだろう。
まぁ、それでも結構なスピードだ。
感覚としては、車に乗っているくらいの速さであろうか。
なもんで、街の外にはあっという間に着いた。
――え? 終わり?
体感時間、数十秒である。儚い夢であった。
「ここでいいか?」
「……あ、は~い」
街の周囲に壁を作ると言ったからだろう。
レイヴンラニットは城壁のすぐ傍で停まった。
何だか釈然としない気持ちを押し込めて、私はロイド様にお礼を言いつつ、レイヴンラニットから降りる。
「ちょっ……、え?」
「え?」
レイヴンラニットから飛び降りたから、驚いたのだろうのか。
でも、分からない程度に浮遊魔法を使ったので、問題なしである。
「では、壁張ってきますね。どうもお世話様でした」
ロイド様に向かって、ぺこりとお辞儀をしたあと、降りた場所より少しだけ城壁の方へと歩き、バリアを作ろうとした時だった――。
「おい! お前! 何をしている!」
「んぁ?」
城壁の上から、警備兵っぽい人に怒鳴られた。
「なぜそんな所にいるんだ! もう門は開けられないのだぞ!」
え? そうなの? まぁ、それは問題ではないんだけど……
私は思わず、ロイド様の方へと振り返る。
――ど、どうにかしてたもれ~!
「この娘は、私の同行者だ! 控えよ!」
「……は? 何を言っ…………、殿下っ⁉」
おお……、素晴らしきかな、殿下パワー!
――うむ、権力万歳。
あとは、任せたなり。
というか、街の外に出たんだから、認識阻害とか使っておけばよかった。
すでに認識された状態から使うと面倒になりそうなので、人の視界から外れた時に使おう。とりあえず、ポンチョのフードを被り直しておく。
思いっきり人様の権力にお任せしている間に、私はスタスタトテトテと手ごろな位置まで歩き、さっさとバリアを張ることにする。
「〈バーリアッ♪〉」
ちょっぴり首を傾けながら、一気にバリアを展開。
これで、状態異常になっている魔獣や、人は入れないはずだ。自主的に攻撃してくる人は対象外になっているので、それはロイド様たちにどうにかしてほしい。
さて、バリアはできたので、お次は状態異常解除へと参りますかね。
ちらりとロイド様の方を確認する。
――!?
「なんか増えてる……」
一瞬の隙に、レッサーワイバーンが十数頭ほど増殖していた。
ロイド様は、新たに合流したと思われるレッサーワイバーンの騎獣部隊に囲まれているようだ。
う~ん、今の内に、ここから離脱するべし!
「リリアンヌ、いっきま~……」
「リリアンヌッ!」
「……うぇっ?」
「……リリアンヌ?」
飛び出すと同時に、認識遮断を使おうと思ったのに、ロイド様に声をかけられてしまった。ちょっと、タイミング~! 今は、新たに増えた人たちにもガッツリ見られて、認識されてしまっている。
致し方なく、その場で止まって、ロイド様の方を向いた。
その瞬間――
「――っ⁉ リリアンヌ!?」
「ん?」
「リリアンヌゥゥゥ~!」
白金髪をオールバックにしたガッチリダンディが、なぜか私の名前をシャウトしながら、猛烈な勢いでこちらに向かって駆けてくる。
――こっ……
「怖っ!」
え? 何! 怖っ! 誰! 何!?
あまりの出来事に、硬直してその場に縫い留められたようになってしまった私の下に、ガッチリダンディが飛び込んできた。
「リ、リ、リ、リリリ……」
――黒電話か。
「リリ……リリアンヌ……」
「えっと……」
「ああ! やはり、リリアンヌだな。ああ……、よく……よく無事で……」
――え……。 泣いちゃったんだけど、どうすれば……。
というか、この人、私を知っているってことだよね?
ん?
私はまじまじと、泣きだしたガッチリダンディを観察してみることにした。
「…………ぶぁっ!」
――じぃじ!
えっ⁉ じぃじだよね?
ちょっと自信ないけど、多分、じぃじである。
あんまり会ったことがないから、うっすい記憶しかない上に、オールバック姿なんて初めて見たから、すぐに判んなかったよ。
てか、じぃじ、あの距離でよくリリたんだって判ったね!?
フードも被ってんのに、どんな判別能力してんの?
「お……、お祖父様?」
「ああ! そうだ! お祖父様だよ!」
そう言って、じぃじに強烈なハグを喰らった。
「ぐえっ……」
――あっ! レイ!
「ちょ、ちょっと、お祖父様! 待って! 一旦離れてください」
「……離れ……なぜだ……」
「お腹に仔猫が……」
「……は?」
私の言葉にポカンとしたじぃじを横目に、私は慌てて、押しつぶされかけたレイを出した。
「大丈夫?」
「う、うん」
「…………ねこ?」
「うん、ちょっとお腹のポッケに入れてたから……」
「ああ、そういう……――はっ! もしや、その仔猫は、あの、例の……、アレか?」
「ん?」
「ほら、妖精の……」
ああ、じぃじは妖精のことも、私が妖精といることも知っているからね。
でも、レイは中身が半竜人なんだよね。
「僕は妖精ではないけど、似たようなものだよ」
「そ、そうか……。やはり言葉を話すのだな」
妖精と似たようなもの……か……?
「ところで、リリアンヌは、なぜこんな所にいるのだ? 一体、どうやって……」
「あ~、ちょっと旅をしている途中で」
「旅!?」
「まぁ、ちょっと……。お祖父様こそ、どうしてロンダンにいるのですか?」
「む? 私は、まぁ、仕事のようなものだな」
「そうなんですね」
「それよりリリアンヌ、ここは危険なのだ。避難所へ行こう」
「えっと、それは……」
今から魔獣の群れに突っ込む予定だったんですけど……。
どうしたもんか。
ん~、じぃじには言っちゃう? どうせ妖精のことも知ってるし……。
その時、ロイド様がこちらへとやって来て、声を掛けてきた。
「ベルツナー卿? その娘を知っているのか?」
「ロイド殿下! はい、この娘は、我が愛孫にございます」
「……愛孫?」
「はい、左様にございます」
――あ~、身元が……。
「……孫? (人間の?)」
なぜかロイド様が、めっちゃ変な顔をしたまま、黙り込んでしまった。
ロイド様が話さないので、私たちも黙っているしかない状態だ。
どうしたもんかと困っていたら、レイが口を開いた。
「ちょっと、僕たちもう行くよ。もちろん、リリアンヌもね」
「え? えっと、妖精殿?」
「ここでのんびりしている場合じゃないんだよ。それは君たちも同じでしょ」
「それは、確かにそうだが」
「リリアンヌ? どこに行くつもりなのだ?」
私はじぃじに、操られている魔獣や人の、状態異常解除をしに行くことを話した。ロイド様もいるけど、もう今更だ。
初めは、何を言っているのだと、いろいろな理由を付けて反対された。
でも、話しているうちに、気付いてしまったのだ。
「お祖父様……、もしかして、デイジーがいるのでは?」
「……なぜ」
「だって、おかしな様子の魔獣や人を見ました。その時に、デイジーのことを思い出したのです。まさか……と思いましたけど、シフにいるはずのお祖父様がここにいるのです。それしか考えられません」
そう、デイジーは攫われたと言っていた。
洗脳されたような状態の魔獣や人は、デイジーのスキルを彷彿とさせる。
そして、必ずデイジーを見付けると言ったじぃじが、ここにいるのだ。
「リリアンヌ……、お前はそれほどに賢い子であったか……」
じぃじは観念したかのように、事情を説明してくれた。
ただ、本当にデイジーがいるかどうかは、まだ確認できていないらしい。
でも、状況から鑑みると、間違いないだろうとも……。
その後は、ロイド様にもいろいろ聞かれたけど、私が状態異常の解除に向かうことは変わらない。それに、現時点で、私以外にそれをできる人間がいないようでもある。
結局、じぃじとロイド様も同行することにはなったけど、レイにも説得され、二人は渋々、ほんっと~に渋々、私の話を呑み込んでくれた。
「まぁ、リリィには僕の守護魔法がかけてあるから、大丈夫だよ」
――え? そうなの? いつの間に?
ふと思いたって、私は自分を鑑定してみた。
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◆リリアンヌ・ベルツナー(5)
[種族]人族α
[加護]白竜人の寵愛
[MP]390,222/398,000
[スキル]鑑定・アイテムボックス(∞)・言語理解・MAP・交換ショップ
備考:2/27生まれ・来訪者・ルースの泉管理者
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――え? どっ……、え?
あ、なんか表示増えてる。
…………いや! それどころじゃない!
なんっ……、なんっじゃ……こっ……
え? 加護? 守護魔法ってまさか、これのこと?
白竜人ってレイのことだよね? 寵愛? え、寵愛?
てか、MP! サンキュッパとかお買い得感出しながら、爆上げしてんじゃないよ。三十六万でもあり余ってたのに、何に使うのよ。あ、これ加護の影響?
ルースの泉管理者って何!? 管理した覚えなんてないですけど⁉
おかしい! おかしいよ? ナンデスカ、コレ?
ていうか! て・い・う・か!
人族αってなんじゃあぁぁぁ~!
私、いつからリリアロンヌになったの? アルファ付けてんじゃないよっ!
え? これ、人じゃないってこと? それとも、一応、人の括りなの?
………………リリたん、人間じゃなくなった――?