◆102・飛べ!
突然の臭気に騒然とした猫妖精たちは、今は結界の中で落ち着いている。
ロイド様は騎獣に乗って、街の外を見ているようだ。
恐らく、また状態異常にされたナニカが向かってきているんだと思うんだけど……。もしかして、街に迫っていると言われていた魔獣の群れって、みんな操られてたりする?
「ねぇ、ナツメさん、あの操られてたっぽい蟲とか人とかの状態異常の解除って、ルー兄の時と同じ感じでできるかな?」
「にゃ? まぁ、魔法だろうと、スキルだろうと、リリアンヌであれば解除できると思うぞ?」
「そっか……。状態異常を解除すれば、臭いも消えると思うんだけど」
「本人の魔力の質が悪くにゃい限りは、臭いも消えるだろうにゃ」
ナツメさんとしばらく話し合った結果、猫妖精たちの嫌がる臭いを纏った人やら魔獣やらの、状態異常の解除をしようということになった。
ただ、これから臭いの発生源のようなところに行くので、猫妖精たちとはここで別れることにした。臭いの元が近付いてきているので、結界の中で待っていてもらうことにする。
初めは「あの程度の臭いにゃど、ちょっと我慢すればいいだけだ! 問題にゃい」と言って、ナツメさんも付いてくるつもりだったようだけど、街の外に向かえば向かうほど、臭いもキツくなるだろうし、レイが一緒に行くということで、渋々引き下がってくれた。
話し合いがひと段落した頃合いで、ロイド様が騎獣の高度を下げて、話かけてきた。
「街の外にいた魔獣の群れが、大分街に近付いてしまったようだ。街には入れないようにするが、何があるか分からない。君たちは急いで避難してくれ」
――なるほど?
「(ねぇ、街を覆う感じで結界張れるかな?)」
「(リリアンヌであれば、できるであろうにゃ)」
「(妖精たちはすでに結界の中にいるし、街を結界の中に入れるんじゃなくて、壁みたいにして囲む方がいいかな? どっちにしても、何かをするなら、丁度そこに皇族がいるんだから、アレの許可を取って動いた方がいいかもしれないね)」
レイがさり気なく皇族を「アレ」呼ばわりしているけど、気にしてはいけない。
とにかく、レイの助言に従い、壁状の結界……バリアを張っていいか、ロイド様に聞いてみることにした――。
「…………は?」
「だから、街の周りにですね……」
「言われたことが解らなかったわけではない。……いや、意味は解らないが。魔獣の侵入を防ぐ壁を街の周囲に作りたいとはどういうことだ。門の前に壁を築くということか? それなら、我が国の魔法師にさせようと思うが……」
「え? あ……、門の前だけでいいのかな?」
「魔獣であれば、余程の高さでもにゃい限り、ただの壁にゃど乗り越えてくるであろう。飛行型であれば尚更だ。門の前だけにゃんて、意味にゃどにゃかろう」
「それは……。なら、リリアンヌ? だったか? この子が言った『壁を作りたい』というのも、意味がないのではないか?」
――あ、名前、把握されてら……。
「にゃふっ。リリアンヌの作る壁が、ただの壁にゃわけがにゃかろう」
ちょっと、馬鹿にしたような目で、煽るのやめなさいよ。
あと、しれっと、私の魔法がなんかおかしいみたいに言わないで……。
「…………人間、なんだよな?」
ちょっと、そのくだり、もういいんだよ。
その疑いの目をやめなさい。
「それより、街の周りに壁作っていいですか? あ、壁って言っても透明なので。よく見れば壁があるのは分かると思いますけど。それと、防げるのは妖精たちがくさいと言っている魔獣と人だけです。それ以外は……、それは、そちらでどうにかしてください」
とりあえず、強引に話を進めて、私のことはうやむやにさせよう作戦だ。
「それは……、つまり妖精の特殊な力か何かか?」
――なんでやねん!
私が! 私が作るって言ったのに、なんで妖精の話になったんだ。
「とにかく、そういう壁を作る許可をいただければ……。あんまり悠長に話している場合でもないだろうし。まぁ、許可できないと言われるなら、作りませんので」
「――っ! いや、許可はする。よく分からないが、妖精の助力が得られるなど、願ってもない!」
「…………はい、じゃあ、そろそろ行きますね」
リリたんは あきらめた!
「ああ、壁の外まで私が連れていこう。私の騎獣ならすぐだ」
「え……」
一瞬、「飛んで行くのでいいです」と言いかけて、やめた。
そして、ロイド様の騎獣をまじまじと見る。
ロイド様が乗っているのは、黒いワイバーンっぽいものだ。でも、私が知っているワイバーンとは違うので、多分、レッサーワイバーンだと思われる。『レッサー』という割に、グレイド山にいるワイバーンよりも、なんか格好良いヤツだ。
「の、乗っていいんですか?」
「ああ、もちろんだ」
少し前に、頭上を飛び去って行ったレッサーワイバーンを見てから、いつか乗ってみたいと思っていた魔獣だ。まさか、こんなに早くその機会が訪れるとは思わなかったが、この機を逃す手はない。
だが、しかし……
「さっきの人たちを待たなくていいんですか?」
「文球を飛ばすから問題ない」
「ふみだま?」
「ん? 知らないか? 魔法で書いた文字を球にして飛ばすのだ。まぁ、上級魔法の一種だから、扱える者はあまりいないが」
そんな便利な魔法あったの? メールみたいな感じかな? 前にアルベルト兄さんが言っていた伝達魔法とは、これのことだろうか。飛文書よりお手軽な気がする。今度試してみよう。
私が考えごとをしている間に、ロイド様が何かの呪文を唱え、出現した長方形の枠の中に、懐から取り出した杖で文字を書き始めた。枠はあるけど、背景は透明だ。魔力を文字の形にしているのだろか、ちょっと淡く発光した文字が、宙に綴られていく。
最近、言語理解スキルを意識し始めたからか、これまでは何語の文字でも、全部シフ語に見えていたんだけど、今では帝国語の上に、シフ語のルビが見えるようになった。ちなみにルビを別の言語で表示することもできる。おかげで、覚えたい言語を独学することが可能になったのだ。
まぁ、それはさておき、ロイド様が書いた魔法の文字は、枠に杖をチョンとした瞬間に、くるくる丸まって、ボールのようになった。そして、「ブラッドリー」という名前をつぶやきながら、そのボールをもう一度、杖でチョンとした。すると、ボール型になった文字が、ブラッドリーさんがいると思われる方へと、飛んでいったのである。
「文球は、魔力登録とかしなくても、好きな相手に飛ばせるのですか?」
「そうだ。だが、名前と姿がハッキリ分かっている相手にしか飛ばせない。それに送った文字は、開ける場所を選ばなければ、誰にでも見えてしまうからな。そんなに使い勝手がいいものでもないが、こういう連絡には使える魔法だ」
「そうなんですね。ちなみにあの文球はどうやって開くのですか?」
「届いた球に、魔力を込めれば開く」
「なるほど」
呪文を唱えて使っていたけど、相手の顔や名前がハッキリしている必要があるのならば、恐らく、無意識に『イメージして』魔法を使っているんだろう。
面白い魔法が見れたとほくほくしている間に、ロイド様は、文球をいくつか飛ばしていたようだ。
「行くか」
全ての文球を飛ばし終わったのだろう。ロイド様に手招きされてワイバーンに近付いた。ロイド様は、一度ワイバーンから降りて私を抱き上げ、鞍に座らせてくれたあと、私の後ろに座った。
すると、腹ポッケにいたレイが、服の中を這い上がり、私のポンチョの首元から顔を出した。そして首元から、後ろにいるロイド様をガン見し始めた。これから飛ぶというのに、なぜこんな不安定な所に出てきたのか……。
「なっ……、服の中にいたのか⁉」
「あ~、はい」
スライムもいるけどね。
「危ないから、ポッケに戻って?」
「うん」
そして、レイはまた腹ポッケの定位置に戻っていったけど、何だったんだろうか。
ロイド様に、鞍に付いている手すりのようなものを握っているように言われ、それに従う。念のため、光拘束魔法のバインドで、自分と鞍を括りつけて固定することにした。
「(ばいんばいんのばいんばいん……)」
――うむ、シートベルト、大事。
「……は?」
「ん?」
「それは……、魔法か?」
「あ~…………、はい」
魔法を使う前に、一応、呪文を唱えている風を装って、小声でブツブツ言っておいたのだけど、なんかおかしかっただろうか……。
「…………そうか」
なんか変な間を感じたけど、追及はされなかったので問題なかろう。
――さぁ! 飛べ! ブラックワイ子!