◆101・ナツメさんはナツメさんである。
思いがけずに出会ってしまった、紺髪のやんごとないかもしれないお兄さん。
ちなみに瞳は、月を彷彿とさせるような淡い銀色である。
そんなお兄さんに、私についての誰何をされ始めた。
聞かなくていいんだよ! なんで聞いた? というか、なぜ! 種族を問う!
どっからどう見たって人間でしょうよ!
だけど、今ここで「人間です」と答えた場合、余計にいろいろ聞かれる?
まぁ、聞かれたところで律義に答える必要はないだろうけどさ。
だからと言って「妖精です」って言うの? いや、それはそれで違うし。
そんなことをいろいろ考えて、答えあぐねていると、ナツメさんが口を開いた。
開いてしまった――。
「この娘は、我らが同胞だ!」
――ナ~ツメェェェ~!
そんな言い方したら……
「そうか、やはり……」
ほぉらぁ~! てか、この人も何納得してんの? 『そうか』でも『やはり』でもないでしょうが! 大体、やはりってなんだ、やはりって。
やはりって、そういう可能性が多分にあった場合に使う言葉じゃないの?
私のどこに『YAHARI』要素があった? そも、他の人にも普通に見えてるでしょうが!
「妖精じゃありません」
「……ん? しかし、妖精殿が……」
「『同胞』とは言われましたが、妖精ではありません」
「え? そうなのか?」
「私のことは他の人にも見えていたでしょう」
「そういえば、そうだが……」
「普通に人間です」
「え? 人間?」
「…………」
なんで、人間って言ったことに疑問の顔を浮かべるのさ。
妖精には納得して、人間に納得しないってどういうことよ?
「……君が人間だとして、何歳だ?」
なんだ、「人間だとして」って。
なんだ、その「一応、人間を仮前提にします」みたいなニュアンス。
「五歳ですけど」
「五歳……(五歳? 五歳ってこんな感じか? ルシアスも五歳だよな? ルシアスもしっかりしていると思っていたが、何か違うよな? 何が違うんだ? ――っ! それより、妖精の同胞? どういう……)」
なんかブツブツ言いながら、考えこんじゃったんだけど、もう放置でいいかな?
「おい、人間」
「――なにか?」
「この娘は、我らが同胞。それ以上の詮索はやめておくことだにゃ」
「…………気を付けよう」
――ナ~ツメェェェ~♡
もぉ~、そうやって、ちょいちょいカッコイイところ出してくるんじゃないよ~。思わず、ナツメさんをワシワシ、ワシワシと撫でまくってしまう。
「にゃっ!? にゃんだ?」
「ぐふふふふ~」
「ところで、妖精殿……」
「……にゃんだ?」
「(対応の差が……)いえ、遅ればせながら自己紹介をと……。私はロイド・ド・ロンダン。この国、ロンダン帝国の皇族に名を連ねるひとりだ」
「(ロイドドロンダン……)」
なんかリズミカル。
脳内で口の悪いネコ型婆さんが、ナニカをしゃぶらせろって言ってる幻影が見えた気がしたが、きっと皇族の名前を聞いて、思い浮かべてはいけないヤツだ。
「『ロイド』で構わない」
あ、私の呟きが聞こえてしまったらしい。
それより、『ロイド』が名前なのか。
ロンダンが家名だとするなら、ロイドドが名前かと思ったけど、ロイド・ドロンダン? いや、『ド』か! あれか! 『ロイド・ド・ロンダン』か!
てか、皇族だってことをハッキリと聞いてしまったけど、どうするのが正解?
このまま『子供だからわかんな~い』な感じで、スルーしてていいだろうか。
「お前が何者であるかにゃどどうでもいいが、まぁ、いい。吾輩はニャツメだ」
「ニャツメ……殿」
「(ぶっ……)」
――あ、ダメだ、吹いちゃった。
「どうかしたか?」
「……ニャツメじゃなくて、ナツメさんです」
「……ナツメ殿?」
「そうだ、ニャツメだ」
「ニャ……」
ナツメさん、ちょっと黙ろうか。
ドヤ顔で肯定しつつ『ニャツメ』って言い直しちゃったら、意味ないからね。
「ナツメさんです」
「ナ……でいいのか?」
「はい、『ナ!』ツメさんです」
「何度もそう言ってるであろう!」
言ってねぇんだわ……。
言えてるつもりなのは知ってるけど、言えてねぇんだ……。
思わず、渋悲しい顔になってしまう。
私の名付けミスだよ、すんません。
「……失礼した」
――あ、空気読んだ。
「それで……」と言いながら、私を見つつ、ナツメさんの顔色を窺うような紺髪さん……ロイドさん? ロイド殿下? いや、ここは分かってないフリをしつつも、『ロイドさま』くらいがいいかな。
とにかくロイド様は、私の名前も聞こうとしているんだろうけど、ここはやはり『リリィ』で名乗っ……
「リリアンヌ~!」
――!?
「リリアンヌ~! 見つけたにゃ~!」
「………………」
――ルロォォォ~~ッ……くっ……
分かってる。ロックくんに悪気などないのだ。
そもそも、普通はロックくんの声は聞こえない。だから猫妖精たちにはずっと『リリアンヌ』と呼ばれていても、人型の時以外は気にすることもなかったのだ。
それに……、ルー兄の腕の中で、無邪気に手をパタパタさせているロックくんがかわいすぎて、『容認一択』しかない。
そう、弾むような声で私の名前を叫びながら現れたのは、トラさんと共に、ルー兄に抱っこされたロックくんである。
高い建物の上に、ルー兄が忍者のように突如として現れたので、ロイド様は思わず臨戦態勢を取ってしまったらしいが、気持ちは分からないでもない。
忍者のような修行だか、修練だかをしているアルベルト兄さんより、ルー兄のほうが忍者っぽい動きをするのだ。スキルの関係もあるのかもしれないけど、突然消えたり、現れたりするのである。
あれ? そういえば、黒髪に赤眼……。
ルー兄の眼に、何か模様が出たりしないだろうか……。
ルー兄に謎の期待の顔を向けてしまったことで、ルー兄が戸惑った顔になってしまい、慌てて何でもないフリをした。今度、黒マントをあげよう。
私が一人で脳内妄想を働かせている内に、ロイド様は現れたルー兄たちが私たちの知り合いだと判断したからか、臨戦態勢は解いたようである。
「……増えた?」
――フエタネー。
「にゃ~? 人間? 斃す?」
――斃さないで~!
「小さい……。ん? もしかして……さっきから建物の上にチラホラ見えていた猫たちも……」
あ~、気付いちゃったね。でも本物の猫も交じってるから、何とも言えない。
「いきなり斃しちゃダメだと思うよ」
――ルー兄? いきなりじゃなきゃ斃していいみたいに言わないで。
「…………レギドール語……か?」
「……(リリィ、あの人何?)」
「(ロンダンの人だよ。成り行きで話すことになって……)」
ルー兄に、ロイド様のことを軽く説明したあと、ベティちゃんのことを聞いた。
どうやら、宿の人が騎獣の専用避難場所へ連れて行こうとしてくれていたらしく、それに同行して、避難場所にベティちゃんを送ってきたという話を聞いている時だった――。
「にゃ~!? くさっ! くさいにゃ~!」
「うう……、くさいにゃん……」
「えっ、どうし……」
「にゃ! またかっ!」
「なっ、なにごとだ!」
「え、もしかしてまた? ……あ、とりあえず、<結界>」
猫妖精たちが鼻を押さえながらプチパニックになり、ルー兄とロイド様は、突然騒ぎ出した猫妖精たちに戸惑う。
私はとりあえず、先ほどからずっと張り回っていた結界と同じものを張った。
「あれ? いい匂いになったにゃ~」
「リリアンヌの魔力の匂いだにゃん」
あ、ちょっと……、無事なのはいいんだけど、魔力の匂い嗅がないで。
魔力の話だとしても、なんか恥ずかしい。
それより……
「結界から出ると、また臭いかもしれないから……」
「あの臭いの中で話すのはキツイからにゃ。助かった」
「一体何が……」
「あ~、えっと、さっき斃した蟲? 魔蟲? もなんですけど、魔力がくさいのがいるらしくて」
「魔力がくさい?」
「吾輩たちは、魔力の臭いに敏感にゃのだ」
「まぁ、とにかく、その魔力のくさいナニカが近くに現れたんだと思います」
「待て……、ということは……」
そうして、ロイド様は騎獣の高度を上げ、街の外の様子を窺い始めた。
今の内にナツメさんたちと、今後の行動について話し合うことにしよう――。