◆99・ふんじゃった……
まだ事態を把握できていないけど、ミルマン兄さんに避難するように言われたこともあり、移動することにした。
レイはなぜか、私の手首に嵌められた腕輪に齧り付いているけど、別に変な魔道具とかではないことは、すでに鑑定済である。恐らく腕輪に彫り込まれている紋章に意味があるのだろう。
とりあえず騎士を探そうと移動を始めた中で、街行く人たちの困惑とともに、「街の外に……」「騎士団が……」「魔獣が……」という言葉も聞こえてきた。
断片的ではあるけれど、聞こえてきた内容をまとめると、魔獣の群れとどこぞの兵団が、街のすぐ側まで迫っているらしい。
それをロンダン帝国の騎士団が必死に食い止めようとしているらしいのだけど、どうにも旗色がよろしくない……という話だそうだ。
『自身の安全』という点に於いて、私たち一行には特に不安を感じてはいないけど、どうやら、とんでもない事態に巻き込まれてしまったのかもしれない。
人々は、自宅に急ぐ者、どこかに逃げようと叫ぶ者など様々だけど、その中を騎獣に乗った騎士らしき人たちが、指示を出している。
ミルマン兄さんには、騎士に腕輪を見せるように言われたけど、すぐに近付いて話し掛けられる状態ではない。
とりあえず「広場か詰所へ避難を!」という声に従うのが良いだろう。
「(なんだか、嫌なことを思い出しそうだ……)」
「(吾輩もだにゃ……)」
レイとナツメさんが小声で話し合っているのを横目に、私は雪丸さんに手を引かれて歩き出した。
宿は取ったけど、荷物は持ち歩いているので、このまま移動しても問題な……
「あっ! ベティちゃん! ベティちゃん、どうしよう!」
「俺が見てくるよ。先に落ち合い場所だけ決めたいんだけど」
「じゃあ、僕も一緒に行ってあげるにゃ~!」
「え?」
「僕がいれば、リリアンヌとナツメ様がどこにいるか、すぐにわかるにゃ~」
「そうなの?」
「匂いですぐわかるにゃ~!」
「匂い……」
猫なのに、犬みたいだな……。
「オイラもロックに付いていくにゃん」
「にゃら、ルーとベティはお前たちに任せる。ついでに、もしもどこかでピクシー族を見かけたら、避難するように言ってやってほしい」
「わかったにゃ~」
「はいにゃん!」
そうしてルー兄たちは、ベティちゃんの下へと駆けていった。
ルー兄は、猫妖精たちが付いていくと言ったことに驚いていたみたいだったけど、私から見れば別に不思議ではない。特にロックくんは、結構、ルー兄に懐いていると思う。
ルー兄からちょこちょことオヤツをもらったり、たまにロックくんの方から「抱っこして!」とか言ってたくらいだ。
まぁ、大体は、ルー兄を踏み台代わりに景色を見たりなんだりしていたことがほとんどだったけど、ルー兄はロックくんに肩に乗られても、頭に乗られても、怒るどころかちょっと嬉しそうにしてたしね。
そんなことを考えていると、「主様! 森の主様!」という声が聞こえてきた。
それに反応したのはナツメさんである。
「にゃ?」
見れば、ナツメさんは、あっという間に見慣れない猫妖精たちに囲まれていた。
どうやら『森の主様』とやらは、ナツメさんのことらしい。
「主様、大変ですにゃっ! とても臭い集団が街に向かっているのですにゃっ!」
「臭い集団?」
「そうにゃし! 人も魔獣も臭いヤツがいっぱいだって、逃げ込んできた仲間がいるにゃし」
「にゃ……、ケット・シー族の幼い者や、魔力臭に弱い者、それからピクシー族がいれば、吾輩の所に連れてくるのだ」
「はいにゃっ!」
「言ってくるにゃし!」
猫妖精たちの言う『臭い』は、魔力が濁っている者のことだろう。
それが集団で?
もしかしたら、少し前に見た、状態異常になっている人とかがいるのかも……。
洗脳状態になっていた人も臭いと言われていたので、洗脳した人間の魔力が影響を与えているということなのかもしれない。
その時、ふとデイジーのことが頭の中をよぎった。
確か、デイジーのスキルの影響を受けていたベルツナー家の人間が臭かったとか、デイジーが攫われたという話もあったはずだ……。
いや、でも、似たようなスキルとか、魔法とか使える人は他にもいるだろうし……。
この騒動の中にデイジーがいるかどうかはともかく、洗脳だか、隷属だかを人に強要できる能力を持った人間が、悪意を持って、この街に迫っているということは確実だろう。
なんだか、もやもやした気持ちになっていると、ナツメさんが声を掛けてきた。
「リリアンヌ、できればどこかに、妖精を保護するための結界を張ってくれにゃいか?」
「うん、いいよ」
「成熟したケット・シーであれば、人間のスキルや魔法は弾けるが、幼いケット・シーたちやピクシーたちはそうもいかんからにゃ。吾輩は、リリアンヌが使っているようにゃ結界はよく解らにゃくて、張れにゃいのだ」
どうやら、防御を必要としたことがないために、結界のイメージが上手くできないらしい。
ナチュラルチートゆえの弊害か……。とりあえず、結界を張りに行こう。
妖精は人には見えないけど、人が入れない空間に気付かれると困るし、できるだけ人けも人目もない所がいいよね。でも、この状況でそんな場所……と、辺りに視線を巡らせていると、閃いた。
建物の上とかどうだろう?
今なら、人は屋内か、決まったところへ避難している。
わざわざ建物の上には行かないだろうし、妖精がいても人には見えないもんね。
アルベルト兄さんと雪丸さんには、先に避難場所へ向かってもらうことにした。
二人がいると、人目に付く可能性が高くなりそうだからね。
私はナツメさんの背に乗せられ、裏路地からこっそりと建物の上へと移動した。
私のポッケに入ったままのレイも一緒だ。
あちこちに結界を張ることにし、その途中で会った猫妖精たちに、結界のことを伝え回ってもらう。
元々、ピクシー族は人の街にはほとんどいなかったようだけど、それでも街にいた子たちは、猫妖精たちの背に乗って、ナツメさんの下にやってくる。
中には猫妖精に混じって、普通の猫もいた。
どうやら、猫妖精たちにとっては、普通の猫も同族感覚のようだ。
まぁ、見た目じゃ違いは判らないし、猫は人とは違って、猫妖精の姿が見えているらしいしね。
その後も、私たちは結界を張っては移動……を繰り返していた。
すると、街の外から何かが飛んでくるの見えた。
誰かが騎獣で避難してきたのだろうかと、しばし、その影を見ていたのだけど……
「うげっ! きもっ!」
めっちゃ気持ち悪い蟲の群れだった――。
「にゃっ! くさっ! あの蟲共かっ!」
「え? じゃあ、あの蟲、もしかして操られてる?」
「かもしれん。だが、かまわん! 墜とす!」
「え……」
……まぁ、ナツメさんがそう言うならいいか。
私が思考放棄している間に、ナツメさんは蟲を攻撃し始めた。
ナツメさんの魔法を喰らった蟲が、街中に墜ち……
「って! そこに墜ちたらダメでしょ!」
私は慌てて、墜ちていく蟲を浮遊魔法で浮かせ、街の外側にポイした。
「もぉ~! ナツメさん、墜とすのはいいけど、街に墜としちゃダメだよ~」
「にゃ? すまにゃい。森にいる時の感覚でやってしまったのだ」
そんなやり取りをしつつ、蟲もいなくなったので、また結界お張りツアーを再開するべく、私たちは次の建物へと飛び出した。
その時だ――。
突如として眼下に現れた騎獣者を、ナツメさんが踏んだ……。
「ぐぁっ……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「くそっ! ここまで押されるなんて! このままでは……」
「ロイド殿下っ! お下がりを!」
「下がれるわけないだろ!」
私が今、剣を交えているのは、ザーケレーンに押し寄せる魔獣を抑えるために、トットリアからの応援で来ていた騎士たちだ。
私たちがザーケレーンに着いてしばらくは、形勢は良かったのだ。
だが、いつの間にか、共に魔獣を抑えていたはずの者や、騎獣もこちらに襲い掛かり始めた。
それに加えて、魔獣だけでなく、魔蟲もどんどん増え、数に押されて手に負えない状態になってしまった。
私と共に来た者は、精神系のスキルや魔法を弾く魔道具を身に着けてきたが、対策が不十分だった者は、悉く取り込まれてしまった。
まさか、ここまで厄介で、強力なスキルだったとは……。
だが、戦う中で、前線の者たちがなんらかの魔法で捕縛され、その後に敵として戻ってきていることに気が付いた。
恐らく、術者が直接触れるか、相当近い場所にいなければ発動できないという条件があるのかもしれない。
ならば、捕縛されないようにするか、敵に近付き過ぎないように距離を取るしか術はない。
相手の生死を問わなければ魔法で一掃できるかもしれないが、仲間だった者が操られ、利用されているのだ。下手な攻撃はできない。
できればさっさと術者を排除してしまいたいところだが、厄介な問題がある。
洗脳系の魔法であるなら、術者を殺せば術は解けるが、スキルの場合は、術者を殺してもスキルの影響が残ったままになることがあるのだ。
術者の死とともに術が解けることもあるが、どちらになるかは運任せだ。
術を確実に解きたいのであれば、術者本人に解かせるしかない。
つまり、今回の術者は、生け捕りにしなければいけないということだ。
スキル対策をしている者が前線に立ち、他の者には遠距離攻撃をさせる。
魔法師であれば長距離攻撃が得意な者も多いが、騎士はスキル持ちか弓士でもない限り、大抵は近接戦闘が主だ。
戦闘手段が制限され、手をこまねいている内に、前線がどんどん押され、遂にはアールティまで来てしまった。
街まではまだ距離があるが、それも時間の問題だ。
サキオたちはこちらに向かっているようだが、今しばらく時間が掛かるだろう。
とにかく、どうにかして街から逸らさなければ……という思いも虚しく、数十匹の魔蟲の群れが街の方へと抜けて行ってしまった。
「しまった!」
「殿下! あれは後方の者に任せましょう」
「だめだ! 人が乗っているのが見えた。術者だったら大惨事になる」
もしも、あれに騎乗していたのが術者であれば、後方にも敵が出現して、挟み撃ちにされる。
「ここは第一分隊に任せて、俺とお前たち二人だけで追う。ユージオ! 隊長のお前が指揮を取れ!」
「はっ! 承知しました!」
「ブラッドリー、ハインリヒ、行くぞ」
「「はっ!」」
そうして私は、側近の二人と共に、レッサーワイバーンに騎乗してアールティの街へと向かった。
だが、街へ向かったはずの蟲が見当たらない。
まさか、街中に下りたのかと、慌てて街中へと飛び込んだ。
その時だ――。
頭の上から、何かに踏まれる衝撃を受けた……。