ケダモノ……
友人と二人でサウナに来た。
……のだが、なんだ。入った瞬間、抱いた違和感。みんな、今こっちを――
「気づいたか?」
「えっ? いや、お前、震えてんのか。なんで……」
「しっ、とりあえず座るぞ。あそこが空いてる」
俺は友人にそう促され、とりあえずサウナ室の席の中央、その二段目に腰を下ろした。
このサウナは席が階段状で三段あり、それと向かい合う形でサウナストーブが設置されている。客は俺たちの他に六人ほど。しかし、その客というのが何か……
「おい、あまりきょろきょろするな」
「へっ? ああ、マナーか」
「それもあるが……サインだと思われるぞ」
「サイン……? なんの?」
「ホモの」
「ホモ!?」
「しぃ! 声を落とせ!」
俺は慌てて口を塞いだ。室内は静寂と熱気に包まれていたが、俺はその中にネットリとした視線が混ざっているように感じ始めた。
「……いいか、まず言っておくと俺は差別主義者じゃない。
だがな、世の中には、そう、ケダモノもいるんだ。お前も感じただろう?
この室内に入った瞬間、感じた視線を。そう、サバンナのライオンのような鋭い視線をな……」
「あ、ああ……そうだ、それだ。確かに感じた。だ、だけど俺たちはホモなんかじゃ」
「今、言っただろう? ケダモノもいるって。ここに居る奴らがそうさ。相手がノンケだろうがお構いなしさ」
「え、ホモじゃない相手でもってことか? な、そんなの、考えすぎ……いや、それならすぐにここを出ようっ」
「馬鹿っ、立つなっ」
「な、何だよっ」
「ライオン相手に背を向けたら最後だ。食らいつかれるぞ……」
「つ、つまり尻を向けたら……ということか」
「そういうことだ」
「で、でもどうするんだよ、まさか、我慢比べするのか? 無理だよ俺、サウナ初心者だぞっ。このホモの巣窟、耐えられねえよっ!」
「しっ、だから声を落とせっ。ほら、見られてるぞ」
「くそっ、何だって真ん中なんかに座ったんだよ……」
俺たちは黙ってじっと耐えた。蒸し暑さで汗がジワジワと肌から滲み出てくる。
しかし、この室内のジットリとした空気が蒸気と連中の汗がまじりあい形成されたものと思うと、吐き気が込み上げてきた。
「大丈夫か……?」
俺の顔色を心配したのか友人が気遣ってきた。
「ああ……クソックソクソクソのホモ野郎どもめ……ゆるいケツの穴を神聖なサウナの席に擦り付けやがって……」
「こらこら、差別的なことを言うんじゃない……連中に聞かれたらマズいだろうに」
「だがよぉ……なんで俺たちがこんな思いを……うあ、あ、あいつ丸出しで、まるで見せつけて来るかのように……おえぇ」
「いや、見るなよ……ほら、こっち向いてろ……」
「あ、ああ……でも、どうするんだ? このままじゃ、やっぱりもう出たほうが……そ、そうだよ。こっちは二人なんだ、大丈夫だって、それにそうだ、六人全員がそれとは」
「いや」
「ぜ、全員がホモなのか!?」
「ああ、冬眠を知らないクマさんたちさ」
「熊!?」
「やつらはサウナを渡り歩き、獲物を見つけては貪り食っているのさ。
被害者はプライド、恥ずかしさが邪魔をして事が発覚しにくいのに加え、場所を固定しないから、その尻尾がつかめないという訳さ。
ここに入った時に向けられたあのギラついた視線。俺たちが今日、初の獲物。おなかをすかせているのさ」
「くそっ、何だってこんなところで居合わせちまったんだっ。俺たちはビュッフェの人気料理じゃねえんだぞ」
「ハニーハントだな」
「俺、今日がサウナ初体験なのに……」
「初体験づくしだな」
「お前、余裕あるな……いや、そんなことよりも話し合いでどうにかならないか? 同じ人間なんだしさ……」
「無理だな。すでに向こうはやる気満々。お前、サインを出したろ?」
「サイン? 俺は何も……」
「その右足のロッカーキーさ。やっちまったな。それはネコ。つまり私はアレを挿入される側ですよって意味だ」
「はぁ!? なんだよそれ!」
「まあ、銭湯にもよるだろうがな。トランプの大富豪のローカルルールみたいなもんさ」
「お前っ、なんでそれを早く言わねえんだよっ」
「まさか群れがいるとは思わなかったからなぁ」
「ああもう……暑い……くそっ……頭がボッーとしてきた……」
「……そうか。一つ、作戦があるんだ」
「さく……せん……?」
「そうだ。もっとこっちへ寄れ。そう、いいぞ。手を俺の太ももに置くんだ。
そうだ。連中に俺たちはカップルだと思わせるんだ。
そうそう、体がつらいなら俺に預けてくれていいぞ。ああ、いいな。
目を閉じて、眠っていいぞ。そう、眠れ。大丈夫。すぐ終わるさ。
……ふふふ、どうだ。俺のコレ、すごいだろう? リングつきさぁ。
ここに入る時、連中に見せつけてやったんだ。あいつらが一斉に俺たちを見たのはそういうことさ。
お、ははは、全員たまりかねて出て行ったな。
完璧だ。邪魔者はいなくなった。事を終えたあと、俺が疑われることもない。
恐れるべきは存在しない熊よりも羊の皮を被った狼なのになぁ……」