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09 ドレス


「デ、デートですか!?」


「俺たち婚約者なんだから、デートくらい行くでしょ。記憶喪失も外の刺激があった方が早く治るかもしれないし。医者がいろいろな方面からアプローチしてみろって言ってたよ」


「だからって急にそんな……。しかもドレスを買いに行くだなんて、ご迷惑をおかけすることはできません」


「クラリッサは記憶喪失で忘れちゃったかもしれないけど、男が女にドレスを贈るのは特別な意味合いがあるんだよ」


「特別?」


クラリッサがキョトンとしていると、ヴェリオが答えてくれる。


「『この子は俺の大切な人です』って周囲にアピールすることになるんだ。俺はガンガン周囲にアピールしていきたいから、ドレスはクラリッサが嫌がっても贈らせてもらうから。朝食食べて、準備ができたらでかけよう。それでいい?」


「ええ……」


「しょうがないなぁ。クラリッサが好きな本も買ってあげるよ」


「それなら、まあ……」


エサに釣られてしまった感は否めないが、クラリッサは了承してしまった。

そして、ヴェリオが寝室のドアの向こうへと消えていった瞬間に後悔したのだ。


「どうしよう……! ドレスを買うのに着ていくドレスがないわ!」


クラリッサの持っているドレスは、どれも地味で流行遅れなものばかり。

マリアがあえてクラリッサに着せていたドレスは、すべてがダサすぎるデザインのものだったのだ。


ヴェリオには嫌われたいと思っているため、ダサい恰好を見せても問題は無かったのだが、ドレスショップの店員の前で恥はかきたくない。


クラリッサはすぐに呼び鈴でユイネルを呼んだ。

この呼び鈴には、特別な魔法がかかっており、チリンチリンと鳴らすだけで、専属の侍女を呼び出すことができる。


すぐに廊下側のドアからノックが聞こえ、クラリッサが入るように促すと、ユイネルが現れた。


「おはようございます、クラリッサ様。朝食の支度はまだできていないようなのですが……」


「それはちょうどよかったわ! ドレス選びを手伝ってちょうだい」


「ドレス選びですか?」


「そう。その、私、ヴェリオ様と、デ、デートに行くことになったのよ」


いつも冷静沈着。

表情をあまり崩さないユイネルが、一瞬目を見開く。


それからクラリッサにぺこりと頭をさげた。


「おめでとうございます」


「なにがおめでとうなの!? 別におめでたくはないわ!」


「クラリッサ様がどこか嬉しそうでしたので、喜ばしいことかと思ったのですが、違いましたか?」


「私が嬉しそうだった……?」


「はい。私にはそう見えました」


ヴェリオとのデートに対して、クラリッサは嬉しいという感情を抱いている自覚はなかった。

どちらかというと、申し訳ない気持ちの方が大きい。


ドレスのような高級品を贈られるなんて、自分にはもったいない話だ。


だが、ユイネルにそう言われると、「デートを楽しみにしているのだ」という気持ちに気が付いてしまう。


それがものすごく照れくさく感じられたクラリッサは、赤い顔をして本題に入った。


「そんなことよりね。デートでドレスを買ってもらうのだけど、そのドレスを買うためのドレスが私にはないのよ。どれも地味で趣味の悪いものばかり。こんなドレスでドレスショップになんか行ったら、ただの恥さらしだわ」


「なるほど。それでは、私におすすめのドレスが一着あります」


そう言うと、ユイネルはクラリッサの部屋のウォークインクローゼットにスタスタと入っていく。


地味で流行遅れのドレスたちを掻き分けて、ユイネルが持ち出してきたのは、シンプルな細身のドレスだった。

紺色の飾り気のないドレスには、クラリッサは嫌な思い出がある。


「ユイネル。私はそのドレスはどうかと思うんだけど」


「なぜですか?」


「一度マスカレードパーティーで着ようとしたことがあったのだけど、出掛ける直前に、マリアに着替えてこいって言われて着替えさせられたドレスなのよ。ユイネルも覚えてるでしょ?」


この国の貴族の中では今、マスカレードパーティーが流行している。

仮面を被って、身分を明かさずにダンスや食事を楽しむパーティーだ。


顔が隠れるのだから、一緒に行っても引き立て役としてそう役に立たないとは思うのだが、マリアはクラリッサにダサいドレスを着せて連れて行きたがった。

いつも通り、クラリッサは地味でシンプルなこの紺色のドレスをまとって玄関に出たのだが、何故かマリアに烈火のごとく叱られ、でかける直前にユイネルに手伝ってもらって大慌てで着替えをしたのだ。


当時のことをユイネルも覚えているはずである。


しかしユイネルはクラリッサに、ぐいとドレスを押しつけた。


「マリア様が嫌がるということは、クラリッサ様が輝いていらっしゃったからです。今から言葉を選ばずに、クラリッサ様のいいところの一部をお伝えさせていただきますが、よろしいでしょうか?」


「ど、どうぞ」


「クラリッサ様は、まず胸が大きいです。そして、腰が細くて、お尻が適度に大きい。これは男性の心理をくすぐります。クラリッサ様はスタイルが抜群によろしいことをご自覚ください」


「いいですね?」と真顔で言われて、クラリッサはユイネルの圧に「はい」と返事をするしかない。


ユイネルは続いてドレスを指さした。


「このドレスはマリア様がクラリッサ様に選ばれて購入したものでしたね。ですが、マリア様は着るなとおっしゃいました。それはつまり、クラリッサ様がマリア様の引き立て役として役立たずになってしまうほど、魅力的に映るドレスだったからということです。ボンキュッボンなクラリッサ様に、このタイトなドレスは最強の組み合わせです」


「ボンキュッボン……」


正直、胸が大きい自覚はあった。

一般的な下着がキツくて仕方がなく、クラリッサは普通より大きいサイズの下着を身につけているほどである。


だが、まさかボンキュッボンとまで評されるほど自分のスタイルがいいとは思っていなかった。


褒められ慣れていないクラリッサは「冗談を」と言おうとして言葉を飲み込む。

ユイネルものすごく真面目な表情をしていたからだ。


「ユイネルがそこまで言うなら、このドレスを着るわ。ユイネルの言葉を信じたいから」


「ありがとうございます。それでは着替えをいたしましょう。髪の毛もデート用に少しアレンジした方がいいでしょうね」


ユイネルが口の端に少しだけ微笑みを浮かべて提案してくれたことにうなずき、クラリッサはデートの準備をはじめたのだった。


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