30 愛の日々を永遠に
あれからマリアは、騎士団に捕まり、ハニーベル伯爵家でおこなわれていたクラリッサへの虐待をすべて暴露した。
そのおかげで、クラリッサの両親も騎士団から事情聴取を受けることとなり、過去のことということもあり、逮捕には至らなかった。
だが、実の娘に対する横暴が社交界に知れ渡ってしまったハニーベル伯爵家への信頼は失墜。
クラリッサの両親は社交界に顔を出せることもなくなり、今や引きこもり生活を余儀なくされているそうだ。
マリアには、きちんと刑が執行された。
数年牢に入ることになるそうだが、牢から出てきた後に、彼女が望んでいた貴族としての幸せはもうないだろう。
そんな実家のごたごたもあり、世間ではヴェリオはクラリッサとの婚約を白紙に戻すのではないかという噂があったようだが、そんな噂を裏切り、ヴェリオとクラリッサは結婚式を挙げた。
派手なことが嫌いなヴェリオとクラリッサは、騎士団の第一分隊の隊長の結婚式とは思えない、ささやかな結婚式を執り行った。
指輪交換のとき、ヴェリオの手がらしくもなく緊張でふるえていて、クラリッサがクスクスと笑ってしまったことを、クラリッサは結婚して数ヶ月が経った今でもときどき軽口混じりに責められている。
笑いながら「ごめんなさい」と言うと、ヴェリオは「くすぐり地獄だ!」と言って、クラリッサがくたくたになるまでくすぐってくるのでたまらない。
そんなやりとりすらも幸せを感じられる日々を、クラリッサは送っていた。
朝がきた。
クラリッサがゆっくりとまばたきを繰り返しながら目を開けると、珍しくクラリッサも早く起きていたヴェリオが、クラリッサの頭を愛しげに撫でてくれていた。
「おはようございます」
クラリッサがそう言いながら、ヴェリオの首に腕を絡めると、ヴェリオが当然のようにクラリッサに口づけて「おはよう」と甘い声でささやく。
「今日はお仕事がんばれそうですか?」
「クラリッサががんばれって言ってくれたら、がんばれるかな」
「今日もがんばってくださいね」
「んー……仕方ない。がんばるかぁ」
しぶしぶといった様子でベッドからもぞもぞ出て行くヴェリオが、本当は仕事熱心だということをクラリッサは知っている。
ベッドの横に立って大きく伸びをしているヴェリオに、クラリッサはぽつりと言った。
「愛してますよ、ヴェリオ様」
こぼれ落ちたような愛の言葉に、背中を向けていたヴェリオが勢いよく振り返る。
それから嬉しそうにほほえんで「俺も愛してるよ」とヴェリオが言った声があまりにも優しくて、クラリッサはこの時間が永遠に続けばいいと願ってしまった。
今日も日常がはじまる。
クラリッサとヴェリオの夫婦としての日常だ。
愛にあふれたこの日々を、しわくちゃになって死んでしまうそのときまで続けていく。
これがクラリッサの新しい夢であり、ヴェリオと共に見ている夢だ。
この夢はきっと叶うことだろう。
ヴェリオがカーテンを開けると、眩しい朝日が寝室を照らした。
「さ、今日をはじめようか」
ひとつひとつ積み重ねる愛にあふれた日々。
夢が叶うのは、ふたりを死が分かつそのときだ。