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03 転落


怒濤のように訪れたヴェリオは、両親から婚約の承諾がもらえたところで、帰宅していった。

名残惜しそうにクラリッサの手を握り、「今はこれだけ」と言って手の甲にキスを落として帰って行ったヴェリオに、クラリッサは玄関ホールでしばし呆然としていた。


あの夜会から今までのことはすべて夢だったのではないかと思うほどの急展開だった。


(婚約、してしまったわ、私……)


婚約をしただけではない。

ヴェリオは巧みな話術で、クラリッサが婚約期間中はヴェリオの屋敷で暮らせるようにしたいという要求を両親に飲ませたのだ。


両親にとって、クラリッサはどうでもいい存在である。

結婚をいい厄介払いだと考えることにしたのだろう両親は、ヴェリオの要求を簡単に飲んだ。


その様子を隣でずっと見ていたのが、マリアだ。

ドレスをギュッと握りしめ、小刻みに震えていたマリアは、相当怒っている様子だった。


(マリアはヴェリオ様が欲しかったのでしょうね。この後が怖いわ)


平手打ちされるか、髪の毛を引っ張られるか、それとも水の入った桶に何度も顔を突っ込まれるか。

どんな酷い仕打ちをされるか想像しながら、クラリッサは玄関ホールから2階へと続く大階段をのぼる。


すると、上から声がかかった。


「クラリッサ」


ふと上を向くと、そこには腕を組んだマリアがいる。

案の定、ご機嫌最悪なマリアにクラリッサは微笑みを浮かべて「どうしたの?」と訊ねた。


「どうしたの、じゃないわよ! どうして、あんたみたいなブスがヴェリオ様に選ばれるの!? 私の方がすべてにおいて優れてるっていうのに!!」


「そうね。私にもわからないわ」


これは本音だった。


容姿も、魔力量も、知識量も、クラリッサはマリアに勝てるところなど何もない。

それなのに、なぜヴェリオはマリアではなく、クラリッサを選んだのか。


「愛してる」なんて言っていたが、クラリッサには過去にヴェリオに会った記憶がないのだ。

ヴェリオに愛される理由がわからず、クラリッサも首をひねっているところなのだが、それを説明したところで、マリアの怒りがおさまるわけではない。


マリアは地団駄を踏んで怒りだした。


「私はこんなにも美しいのに、どうして、どうして、あんたなんかに負けなくちゃいけないのよ! 許せない……! あんた、過去にヴェリオ様に何かしたの!?」


「そんな記憶はないわ」


笑顔で、淡々と聞かれたことだけに答える。


これが、マリアの怒りを煽らない一番の方法だとクラリッサは考えている。

だが、今回ばかりはそれだけでは怒りがおさまらなかったようだ。


「私は、ヴェリオ様に一目惚れしたの! あんなに美しい人、私はじめて見たわ。しゃべり方にも知性があって、物腰も穏やかで……。あんな素敵な人と、クラリッサが結婚するなんて許せない! どうにかしなさいよ!」


(そうは言われてもね……)


平民になることを夢見ているクラリッサとしても、今回の婚約は望んだものではない。

どうにか白紙に戻せるのであれば戻したいところではあるが、ヴェリオがクラリッサにあれだけ執着しているのであれば難しいだろう。


クラリッサが困った笑みを浮かべていると、マリアがつかつかと階段を数段降りてくる。

目の前に立ったマリアを、クラリッサは見上げる形になった。


「どうにかする方法、あるでしょ?」


「えっ? どんな方法?」


「あんたなんか、いなくなればいいのよ。そうすれば、傷心のヴェリオ様に付け入る隙ができるわ。今すぐ消えて」


それは『家を出て行け』ということだろうか。

願ったり叶ったりなことを言われたのかと一瞬喜んでしまったのも束の間。


マリアが言った「消えて」という意味が、クラリッサが理解していたものとは違ったことを知った。


マリアは、クラリッサを階段の上から思い切り突き飛ばしたのだ。


大階段はその名の通り、玄関ホールまで続く長い階段である。

バランスを崩したクラリッサの視界は突然上を向き、次の瞬間には頭に強い衝撃が走った。

ゴロゴロと階段を転げ落ち、無様に玄関ホールに倒れ伏す。


マリアが「消えて」と言ったのは、「死んで」と同じ意味だったということを、クラリッサはようやく知ったのだった。


(私、死ぬのかしら)


強く頭を打った衝撃で、意識がもうろうとする。


そんな混濁する意識の中で、マリアが「キャー! クラリッサが階段から落ちたわ!」と他人事のように叫んでいるのが聞こえた。

意識がどんどん遠のいていく。


その中で、クラリッサは強く願った。


(ああ、死ぬ前に、恋がしてみたかった。誰かを愛し、誰かに愛されてみたかった)


恋愛小説のようにドラマチックでなくてもいい。

誰にもけなされることなく、愛する人と幸せで穏やかな生活を送ってみたかった。


そんな些細な願いさえも、神様は叶えてくれないのか。

ふっと自嘲したクラリッサは、そのまま意識を手放したのだった。

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