28 翼
「……は?」
マリアがなぜクラリッサの記憶喪失が嘘であるということを見破ったのか。
それがわからずに、クラリッサは思わずおどろいた表情をしてしまい、次の瞬間にはしまったと感じた。
これでは、『記憶喪失だというのは嘘でした』と言っているようなものだ。
マリアはクラリッサのその表情を見て、高笑いをして、クラリッサの胸ぐらを乱暴につかんだ。
「やっぱり嘘だったのね! そうなんじゃないかと思っていたのよ! だって、あなた、私がベッドで寝ているあなたに水をかけたときに、身構えたんだもの!」
マリアに階段から突き落とされてから記憶喪失ということを偽っていたということや、頭を強く打ったということもあり、医師から安静にしておくようにと言われたクラリッサはベッドで横になっていた。
そこに現れたマリアが、クラリッサに水をかけたのだ。
そのとき、クラリッサは咄嗟に自分の身をかばうような動きをしてしまった。
今まで散々いたぶられてきていたのだ。
また酷い目に遭うと感じた瞬間、身を硬直させてしまっていた。
まさか、そんなことでバレてしまうだなんて。
クラリッサが、ぐっと唇を引き結ぶと、マリアはクラリッサにグッと顔を近づけた。
「さいってーね! ヴェリオ様にも嘘をついて愛されて、どんな気分だったわけ!? ヴェリオ様がこのことを知ったら、どう思うでしょうね!? 幻滅して、クラリッサのことなんて、もういらないとでも言いはじめるんじゃない!?」
にんまりと笑ったマリアは、クラリッサの胸ぐらを突き放して、両手をパチンと合わせる。
何をしているのかと見ていると、マリアが両手を離したその間には翼の生えた光の球体が現れた。
その球体は、上空へと飛び上がると、そのまま城の方へと飛んでいく。
クラリッサが真っ青な顔で「何をしたの?」とたずねると、マリアは邪悪な笑みを浮かべながらクラリッサを突き飛ばした。
マリアは突き飛ばす際に魔力を込めたようで、クラリッサが想定していたよりも強い力で突き飛ばされてしまう。
思わず後ろに倒れ込んでしまったクラリッサを見下して、マリアはケラケラと笑う。
「魔力のないあんたには何が起きてるのか、わからないわよね? 今のは手紙みたいなものよ。騎士団の第一分隊の隊長室に向けて、魔力の手紙を送らせてもらったわ。内容はもちろん、クラリッサの記憶喪失が嘘だったってこと! ヴェリオ様は、大嘘をつかれていたと知って、それでもあんたのことを愛してくれるのかしらね!?」
嘲るように言うマリアを、クラリッサは睨み上げる。
それからはっきりとマリアに言い返した。
「ヴェリオ様は怒るかもしれない。喧嘩にもなるかもしれないわ。でも、ヴェリオ様が私のことを好きじゃなくなることなんてありえない。ヴェリオ様は私のことを愛してくれると誓ってくださったの。マリアの邪魔なんか、意味がないわ!」
クラリッサの言葉に、マリアは憎々しげに表情を歪める。
それからクラリッサの頬にもう一度ビンタを食らわせ、その手を前へと突き出した。
「なんなの!? さっきからあんた生意気なのよ! いつもみたいにへらへら笑って、ごめんねごめんねって言ってればいいのに! ヴェリオ様はあんたのこと愛してくれるって自信満々だけど、顔面ボロボロの女でも愛してくれるのかしらね!?」
マリアは叫びながら、突き出した手に魔力の炎をまとう。
その手を、マリアはクラリッサの顔へとゆっくり近づけてきた。
炎はクラリッサの顔に近付くほどに大きくなっている。
クラリッサは喉がひくつくのを感じた。
この炎を顔面におしつけられたら、大やけどを負うことは間違いないだろう。
クラリッサはマリアの手首をつかんで抵抗しながらも、叫んでいた。
「ヴェリオ様は、どんな私でも愛してくださるわ! 絶対によ!」
恐怖でにじんだ汗が額を伝ったその時だった。
「その通りだよ」
聞きたかったその声が聞こえて、次の瞬間には視界が移り変わっていた。
まばたきをすると、ヴェリオがこちらを見下ろしている。
ヴェリオに横抱きにされているのだということに気が付くまで、クラリッサは少し時間がかかった。