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26 嘘の代償


優しくベッドに降ろされたクラリッサがドキドキと心臓を跳ねさせているのを知ってか知らずか。


ヴェリオはクラリッサに覆い被さるようにして、ベッドに上がってきた。


「はー、やっぱり俺のクラリッサはかわいいね。おかえり」


ヴェリオはそう言うとクラリッサの両方の頬にキスを落とし、仕上げとばかりに唇をちゅっと吸ってからクラリッサの隣にごろんと横になった。


昨夜は勢いでキスをしてしまったが、こうして改めてキスされると恥ずかしくて仕方がない。


ヴェリオが「肩までかけて」と言って上掛けを掛けてくれた後、クラリッサは耐えきれずにもぞもぞと寝返りを打ってヴェリオに背を向けた。


「クラリッサ、こっち向いてくれないの?」


そう言いながらヴェリオはクラリッサを後ろから抱き込んでくる。


背中越しの温もりが心地よく、クラリッサを包み込む。


ふかふかのベッドとヴェリオの温もりに、クラリッサは、ああ帰ってきたのだなと改めて感じさせられた。


「髪の毛サラサラだね。気持ちいいし、いいにおい」


そう言ってヴェリオが、クラリッサの茶色い髪に顔を埋める感覚がする。


その感覚がくすぐったく、クラリッサは身をよじって、ヴェリオの胸板に顔をうずめた。


すると、ヴェリオはクラリッサのなめらかな髪にゆっくり指を通すように、優しく頭を撫でてくれる。


「クラリッサは、看板娘だったんだって? 美人で有名になってたって聞いたよ。話を聞いた男が『スタイルも抜群でいい女なんだよ』なんて言うから、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、さすがに我慢した」


「それはその人が災難過ぎます……」


「どうやって看板娘になったの?」


「宿の女将さんにたまたまお仕事に誘っていただいて、酒場で働いているうちに看板娘と呼ばれるようになっていました。でも、酒場で働く若い女性は、大体みんなにちやほやされるものですよ。みなさん基本的には酔っ払っていますからね。本気じゃありませんよ」


「でも、あの路地裏の男は本気だったみたいだけど?」


若干不機嫌そうな声を出すヴェリオにクラリッサは、そろりと上を見やる。


こちらを見下ろす白銀の目はじとりと細められており、クラリッサは視線をさまよわせた。


「カインさんは……、ちょっと特別だっただけです」


「クラリッサがなにか特別にしてあげたとかじゃないんだよね?」


「普通のお客様として接していました!」


「ほんとに~?」


「本当です!」


じとっとこちらを見てくるヴェリオの瞳をまっすぐ見つめる。


ヴェリオはクスッと笑って、クラリッサの前髪をあげると、そのつるりとした額に口づけを落とした。


「クラリッサの言うことなら信じるよ。俺はクラリッサのこと、ぜーんぶ信じてるからね」


そう言ってヴェリオはクラリッサを抱きすくめる。


クラリッサは胸の奥がチクリと痛むのを感じた。


(ああ、こんなにも信じてくれている人に、私は嘘をついている)


早く言わなければいけない。


万年筆なんて買っている場合ではないのではないか。


今ここで打ち明けてしまおうか。


そう思って、クラリッサが思いきって「あの」と小さく言いかけた瞬間。


頭上でスースーと気持ちのよさそうな寝息が聞こえてきた。


ヴェリオは本当に疲れていたらしい。


長いまつげを伏せて、安心しきった様子で眠るヴェリオをたたき起こしてまで真実を伝える必要はない。


クラリッサは密かにヴェリオの鼻先にちゅっと唇をおしつけてから「おやすみなさい」と小さく声をかけた。


 ***


翌日のヴェリオは仕事だった。


朝起きたときから機嫌の悪かったヴェリオは、クラリッサより先に起きていたようだが、クラリッサを抱き締めたまま、なかなかベッドから出たがらなかった。


理由を聞くと、「クラリッサがせっかく帰ってきたのに、仕事になんて行きたくない」とのこと。


座っているクラリッサの腰にしがみついて「今日はサボってデートにでも行こうよ」と言ってくるヴェリオの頭を撫でつつ、「ヴェリオ様。騎士団の隊長がそんなことでは、みなさんが困りますよ。それに私は久しぶりにヴェリオ様の騎士服姿が見たいです」とクラリッサが言うと、ヴェリオはしぶしぶといった様子で起き上がったのだった。


朝食をふたりで食堂で食べるのも久しぶりだった。


ヴェリオはクラリッサの平民としての生活ぶりにとても興味を持っていたようで、「なにしてたの?」「どんな仕事してたの?」と根掘り葉掘り聞いてきた。


あまりの質問攻めにクラリッサが「そんなにたくさん聞かれると困ってしまいます」と苦笑すると、ヴェリオは「だって、クラリッサのことは全部知りたいんだから仕方ないでしょ」と至極真面目な表情で言ってきたので、クラリッサはたいへん困ってしまった。


そんな朝の時間が過ぎ、ヴェリオの出勤時間になる。


ヴェリオは行きたくなさそうにしていたが、クラリッサが「がんばってください」とその背をぽんぽんとたたくと、クラリッサを抱き締めた。


そして、クラリッサの額にキスを落とすと、「いってきます」と言って、気持ちを切り替えたのか笑顔ででかけていった。


その背中を見送ってから、クラリッサはユイネルに手配してもらっていた馬車に乗り込む準備をはじめる。


とはいっても、最低限の身支度だけだ。


ヴェリオとのデートではないため、そんなに綺麗にしなくていいとユイネルに伝えると、ユイネルは真剣な表情で「クラリッサ様をあまり綺麗にしすぎて何かあってはいけませんものね」とうなずいた。


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