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19 再会


交流会の会場は城のダンスホールだ。


巨大なシャンデリアが特徴的なそのダンスホールには、数多くのパーティーや夜会に出席したことのあるクラリッサでも数回しか来たことがなかった。


そして、もちろん男性にエスコートされてパーティーに訪れるのははじめてのことである。


クラリッサは、わずかに緊張しながらもヴェリオにエスコートされてダンスホールへと足を踏み入れる。


するとすぐにクラリッサとヴェリオへと視線が集まった。


(また、魔力なしだと嘲笑われるのかしら……)


クラリッサは誹謗中傷には慣れているつもりだった。


だが、久しぶりの社交の場で悪口を言われるかもしれないことには緊張してしまった。


ましてや隣にはヴェリオがいるのである。


あまり愚弄されているところを見られたくないという思いで、クラリッサがうつむきかけたとき、聞こえてきたのは意外な言葉だった。


「誰かしら? あの美男美女は」


「あの方はヴェリオ様だよ。騎士団第一分対隊長の」


「ということは、隣にいるのはクラリッサ様ということ!? 嘘でしょう!?」


どうやら社交界ではヴェリオがクラリッサと婚約したということは有名らしい。


公開プロポーズをしたのだから当然だろうが、クラリッサは自分がヴェリオと婚約したことでヴェリオの株が落ちるのではないかと心配していたのだ。


だが、自分に集まる視線を見る限り、その心配は杞憂に終わりそうである。


クラリッサを見て、惚けたように呆然としている男性。


キラキラと憧れのまなざしでこちらを見る女性。


中には過去のクラリッサを知っているのか、驚愕の表情を見せている者もいたが、誰ひとりとしてクラリッサをさげすむような目で見ている者はいなかった。


悪口を言われることを想定して、内心では緊張していたクラリッサが思わず「え?」と小さな声で戸惑っていると、ヴェリオがくすっと笑ってクラリッサに耳打ちした。


「クラリッサがきれいになったから、誰も文句なんて言ってこられないんだよ。貴族はいい意味でも悪い意味でも、外見至上主義だからね。こんな美男美女夫婦にケチなんてつけられないよ」


「ね?」と言ってクラリッサの顔を至近距離で覗き込んでくるヴェリオに、クラリッサは思わず真っ赤になって「人前なのに近いですっ」とヴェリオの胸板を押して距離をとる。


楽しそうに笑うヴェリオにクラリッサが「もう!」と怒っていると、「ずいぶん楽しそうだね」と声がかかる。


後ろを振り返ると、そこにはたっぷりのひげをたくわえたたくましい体躯の男性とプラチナブロンドの長い髪を揺らす美人が立っていた。


見たところ親子のようだが、クラリッサはその美人に一瞬にして目を奪われた。


「こんばんは」と言った彼女の細められたアイスブルーの瞳は美しく、きらめいているように見える。

プラチナブロンドの髪も毛先までていねいなケアをほどこされているようで輝いていた。


クラリッサは思わず、その美しい容姿に見惚れていたのだが、ハッとして「こんばんは」とあいさつを返す。


いつもマリアばかりが話しかけられていて、パーティーなどで自分が話しかけられた経験が皆無だったため、ボーッとしてしまっていた。


「クラリッサ・ハニーベルです」


「お話には聞き及んでおりますわ。ヴェリオ様はクラリッサ様の話ばかりなのですよ」


ふふ、と上品に笑う彼女とその父親らしき人物は誰なのか。


クラリッサが恐る恐るヴェリオを見やると、ヴェリオはほほえんで紹介してくれた。


「メイラー・リュングベル隊長首席と、そのお嬢さんのベルーナ・リュングベル様だよ。俺の上司と娘さんってこと」


「ヴェリオくん、この方が噂のきみの花嫁だね。美しいじゃないか」


「ありがとうございます」


ヴェリオが自慢げに礼を言うと、ダンスホールの前方で待機していた楽団がちょうど演奏を開始した。


「クラリッサ。踊りに行こう」


「え? でも、メイラー様と、ベルーナ様とのお話しは……」


「気にしないでくださいませ、クラリッサ様。わたくしはヴェリオ様と二番目に踊らせていただければ結構ですわ」


そう言って微笑むベルーナに、ヴェリオは「ほら、行こう」と言って、クラリッサの手を引いて、ダンスホールの中心へと躍り出た。


ダンスをするのは、これが人生で二度目のことだ。


一度目は、ヴェリオの屋敷の別邸でふたりきりで踊ったときである。


あのときも、こんなに密着するのかとおどろいたものだが、やはりダンスというのは密着度が高すぎる。


ヴェリオは婚約しても尚、女子人気が高いらしく、ヴェリオがクラリッサに向けて愛しげに微笑むだけで、女性陣が小さく騒いでいる声が遠くに聞こえた。


「は、恥ずかしいです」


「大丈夫。俺に身を任せていれば、上手に踊れるから」


「ほら、もっとこっちにおいで」と腰に回された腕に力をこめられ、クラリッサはヴェリオへとより密着する。


ヴェリオに言われたように体の緊張を解いて身を任せると、ゆったりとした心地で体を動かすことができた。


「メイラー様は隊長首席ということは、ヴェリオ様の上司なのではないですか? 話をあんなにあっさり終わらせてしまって、よろしかったのでしょうか?」


体を揺らしながら、さっきのことを心配してヴェリオにたずねると、ヴェリオは「うん」となんでもない様子でうなずいた。


「俺、上司に媚び売るのとか苦手でさ。好き勝手やってきたけど、メイラー様は実力至上主義で許してくれたから、あんなことで機嫌を悪くしたりしないよ。それより俺はクラリッサがきれいだって褒められて嬉しかったな」


そう言って、ヴェリオはクラリッサの前髪をそっと横へと流す。


くすぐったい指先に、クラリッサが思わず目を細めると、ヴェリオが小さく笑った。


「あー、かわいいな。やっぱり帰ろうか。今からふたりっきりのデートに切り替えてもいいんだよ?」


「ダメに決まってますっ」


冗談を言うヴェリオにクラリッサが小声で注意をしても、ヴェリオはより楽しそうに笑うばかりであった。


ダンスを一曲踊り終えたところで、クラリッサとヴェリオはダンスホールの中央から端へとはける。


「クラリッサ、喉は渇いてない? 何か飲もうか」


ヴェリオが近くにいるシャンパングラスを持ったウェイターに声をかけようとしたそのとき、ヴェリオの周りにドッと女性が押し寄せた。


「ヴェリオ様! ぜひ私と踊ってください!」


「私がヴェリオ様と踊るのよ!」


「はあ? 私が踊るんだから!」


騎士団の懇親会には、独身の貴族女性も多く訪れると聞いたことがある。


理由は男社会の騎士団員の婚活も兼ねているからだそうだ。


つまり、ヴェリオにダンスの申し込みをしているのは独身の貴族女性たちなのだろう。


ヴェリオはぼそっと「だから、パーティーって嫌いなんだよね」と呟いてから、女性陣に声をかけた。


「俺は婚約者以外と踊る気は――」


「あら? わたくしとは踊ってくださらないの? 二番目を予約していたと思うのだけれど」


決して大きな声ではないのに、透き通った声はよく通る。


女性陣が一斉に振り返った先にいたのは、絶世の美女であるベルーナだった。


「ベルーナ……」


「ヴェリオ様、踊ってくださいますわよね?」


にこりと微笑んでベルーナが小首をかしげると、真っ直ぐなプラチナブロンドの髪がさらりと揺れる。


ヴェリオはベルーナの言葉に少し困ったようにクラリッサを見た。


「クラリッサ。ベルーナだけは特別なんだ。踊ってきてもいいかな?」


クラリッサはヴェリオの言葉に胸がざわつくのを感じた。


ベルーナだけは特別とは、どういう意味なのだろうか。


なぜ他の女性は断って、ベルーナとだけは踊るというのだろう。


クラリッサは聞きたいことがたくさんあったが、ここで送り出さなければ心が狭いとヴェリオに思われてしまうかもしれない。


嫌われたくないという思いが勝ってしまったクラリッサが、反射的にこくんとうなずくと、ヴェリオはクラリッサの頭を撫でてから、ベルーナの元へと歩み寄った。


そして、ベルーナの手をとって、その手の甲にキスをする。


「ベルーナ様。俺と踊ってくださいますか?」


「もちろんです。ごめんなさいね、クラリッサ様」


ベルーナは誰もが見惚れるような微笑みを浮かべたままクラリッサにそう言うと、ヴェリオのエスコートでダンスホールの中心へと歩いて行く。


ヴェリオに集まっていた女性陣は散っていき、取り残されたクラリッサは呆然とヴェリオとベルーナがダンスをはじめるのを見ていた。


ヴェリオの手がベルーナの腰を抱き、手をとっている。


踊り慣れている様子のベルーナの動きはとても優雅で美しく、クラリッサなんか比較にもならなかった。


(私なんかより、ヴェリオ様にはベルーナ様の方がよっぽどお似合いだわ……)


美しいふたりのダンスを見ていると、美術品でも見せられているかのような気持ちになる。


ぽっかりと胸に穴があいてしまったような喪失感に包まれていると、クラリッサはいきなり後ろから手を握られた。


「きゃっ!」


思わず悲鳴をあげて振り返ると、すぐに「静かにしなさいよ!」というツンケンとした声が飛んでくる。

そこにいたのは、マリアだった。

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