18 お誘い
クラリッサが「好き」と伝えてからというもの、ヴェリオはクラリッサに対してより甘くなった。
たまの休みの日は必ずデートに行き、夜はクラリッサを抱き締めて額にキスをして眠る。
クラリッサも不器用なりにヴェリオに歩み寄り、ふたりの関係は深まっていっていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、クラリッサ」
今日も今日とて仕事から帰ってきたヴェリオは、クラリッサの頬にキスをする。
数日前からヴェリオは帰ってくるとこうしてクラリッサを抱き締めて、頬にキスをするようになった。
しばし、クラリッサの柔らかさを堪能したらしいヴェリオは「着替えてくるよ」と言って自室へ行ってしまう。
夕食までは、まだ少し時間がある。
クラリッサが自室へと帰ると、寝室側のドアがノックされた。
「どうされました?」
読んでいた恋愛小説を閉じ、椅子から立ち上がってヴェリオを出迎える。
ヴェリオは白シャツに黒いスラックスに着替えていたが、イケメンはシンプルな服装が一番そのきらめきが際立つ。
その輝きにまぶしさを感じながらも、クラリッサがヴェリオの顔を見ると、その表情は曇っていた。
「実は、クラリッサにお願いがあって……」
言いにくそうなヴェリオに首を傾げていると、ヴェリオは後ろ手に隠していた一通の手紙をクラリッサに渡す。
「招待状、ですか」
ハニーベル邸にいた時は腐るほど届いていた招待状に、マリアからの命令で出席のサインを書きまくっていたのだが、ルミナリア邸に来てからは、このような招待はすべて欠席していた。
ヴェリオと正式に結婚して、ヴェリオのパートナーとして行く必要があるパーティーやお茶会などであれば出席するつもりであったが、今のところそういったお誘いはなかったのである。
おそらく、ヴェリオが社交界嫌いというのも関係しているのだろう。
そんな社交界嫌いのヴェリオから招待状を受け取ることになるとは、クラリッサも思っていなかった。
開いている封筒から中身を取り出すと騎士団からの招待状であることがわかる。
「騎士団って年に数回こういう交流会を開催するんだけど、それ全欠席してたら、さすがに上司に怒られちゃってさ……。結婚するんだし、パートナーの顔を見せろって言われてて。覚えてないだろうけど、クラリッサはパーティーにいい思い出ってないと思うんだ。それでも、今回だけはどうしても付いてきてもらいたくて……」
珍しく歯切れの悪いヴェリオに、クラリッサはくすっと笑ってから、カーテシーを見せる。
美しいカーテシーは、クラリッサが毎日練習していたものだ。
ハニーベル邸にいた頃はマリアから、「練習なんてしないでよ。あんたがやったって、どうせみっともないんだから」と言われて下手なカーテシーしかできなかったのだが、今は見事なカーテシーができるようになった。
驚くヴェリオにクラリッサは微笑んだ。
「ヴェリオ様がいない間、私はヴェリオ様のお役に立てるよう淑女の礼やマナーを学んできたのですよ。それを披露する機会ができたのに、行かないわけがありません。喜んで招待をお受けいたします」
「いいの?……クラリッサは魔力なしだからって嫌な思いをしてきたみたいだし、今回のパーティーでも何か言われるかもしれないよ」
「あら。全てから守ってくれると言っていたのは、ヴェリオ様ではありませんでしたっけ?」
クラリッサが冗談めかして言うと、ヴェリオはぷはっと噴き出した。
「そうだったね。クラリッサが目一杯おめかしできるよう、またドレスショップにデートに行こう。アクセサリーも新しいものを買って、クラリッサの綺麗さでみんなの度肝を抜いてやればいいんだ」
「また贈り物ですか!? 私はもう返せるものがありません!」
デートの度にドレスやアクセサリー、本やペンなど様々なものを貢がれているクラリッサが慌てて「今あるものでいいんです」と言って、たくさんのドレスがかかったウォークインクローゼットを開けて見せたが、ヴェリオは「いーや」と首を横に振った。
「ドレスの流行の移り変わりは早いからね。今度のパーティーでは流行の最先端のものを着ていかないと。クラリッサの最高の姿をお披露目したいんだ。それにこの日は、クラリッサの誕生日でしょ?」
クラリッサが持っている招待状の日付を指差してヴェリオが言う。
そこではじめて、クラリッサはその日付が自分の18歳の誕生日だということに気が付いた。
平民になりたいと思っていた頃は、あんなに心待ちにしていたというのに、ヴェリオの妻になると決めてからは全く意識していなかった。
「誕生日プレゼントだと思って贈らせてよ。ね?」
クラリッサの腰を抱き寄せて、ヴェリオが額に口づけを落とす。
クラリッサは照れて頬を赤らめながらも、「そういうことなら……」と受け取ることを承諾した。
***
騎士団の交流パーティー当日。
クラリッサはヴェリオが誕生日プレゼントに選んだミモザ色のドレスを身にまとった。
ドレスは腰の切り返し部分からふんわりと何重にも重なったレースが広がっており、背中には大きなリボンがついたかわいらしいデザインのものだ。
春という季節とドレスに合わせて、髪の毛にも花を模した髪飾りをあしらった。
アップスタイルにした髪型は後れ毛をたっぷりと出して、少しルーズな印象に。
これはユイネルからの「ドレスが可愛らしい分、髪型で少し大人っぽさを出しましょう」という提案で採用されたものだ。
ユイネルは、今までにないほど今回の身支度に気合いを入れており、クラリッサのメイクにも手間をかけた。
「クラリッサ様はお肌がきれいですので、そんなにすることはないのですが、より美しい印象になるようにメイクを施しましょう」と言って、それはもうていねいにメイクをしてくれたのだ。
鏡に映った自分を見て、クラリッサは思わず「わあ」と声をあげてしまった。
地味で目立たないことが常だったクラリッサは自分がこんなに華やかになれるものなのかとおどろいたのだ。
「ユイネルのおかげだわ。私ってこんなにキラキラできたのね」
「クラリッサ様はもとより、マリア様よりお美しい顔立ちをしていらっしゃいました。それをマリア様が封じ込めていただけのことですよ」
ユイネルがほほえみを浮かべて言ってくれたことにお礼を言って、クラリッサは玄関ホールへと降りていく。
いつもの騎士服ではなく、礼服を身にまとったヴェリオはクラリッサの姿を見ると満面の笑みを浮かべた。
「クラリッサ。ものすごくきれいだよ。正直他の男の目に触れさせたくないから、連れて行きたくないくらいだ」
「あ、ありがとうございます……」
クラリッサが照れて頬を紅潮させると、ヴェリオは優しい笑みを浮かべてクラリッサの額にキスをする。
そして柔らかくクラリッサを抱き締めて、「あー……」と小さくうなった。
「本当に連れて行きたくないなぁ。このまま俺とデートってことにしない? 交流会なんか行かないでさ。今日はクラリッサの誕生日なんだし」
「いいえ、いけませんよ。招待状に出席のお返事を出していたではありませんか。約束を違えては印象が悪いですよ。行きましょう」
ぽんぽんとヴェリオの背中をたたくと、ヴェリオは「わかったよ」と言ってクラリッサを解放してくれる。
ヴェリオと共に馬車に乗り、向かったのは城だ。
クラリッサは波乱の夜が幕を開けることを、このときまだ知らなかった。




