17 好きです
「お、来たね」
ヴェリオはベッド横の明かりをつけて、本を読んでいたようだ。
クラリッサが寝室に入ると、ヴェリオは本を閉じてサイドテーブルに置き、掛け布をめくった。
「おいで、クラリッサ」
ヴェリオの優しい声に誘われて、クラリッサはベッドに入る。
ヴェリオはクラリッサの肩までしっかりと布団をかけてくれて、いつものようにクラリッサを抱き締めた。
「おやすみ。今日はよく寝るんだよ」
いつもクラリッサはヴェリオに背を向けるため、ヴェリオはクラリッサを後ろから抱き締める。
しかし、今日はクラリッサはもぞもぞとヴェリオの腕の中で寝返りをうつと、ヴェリオの方へと顔を向けた。
「クラリッサ?」
不思議そうにしている銀色の瞳と目が合う。
心臓が破裂しそうなくらいに脈打っているのを感じながら、クラリッサは思い切って口を開いた。
「あの、私、ヴェリオ様のことが、す、好きです」
ヴェリオの目が大きく見開かれる。
ヴェリオの言葉を聞くのが怖くて、クラリッサは必死で言葉を紡いだ。
「冷たい態度をとってしまうのは、その、恥ずかしいからで……。決してヴェリオ様のことが嫌いだからではないので、勘違いしないでください。私、ヴェリオ様のことが、本当に、本当に好きなんです」
話している内に、なぜか鼻の奥がツンと痛くなって涙があふれてきてしまった。
人を好きになると、泣きたくなる思いがするのだということをクラリッサは初めて知った。
涙でぼやける視界の中、ヴェリオがくすくすと笑ったのがわかる。
愛しげな微笑みに胸をギュッとつかまれたような心地がした。
「なんで泣くのさ。クラリッサはかわいいなぁ」
「わからないんですけど、ヴェリオ様のことを思うと、なぜか涙が出てしまうんです」
「俺もクラリッサのことを思うと、涙が出そうになるよ。『好き』ってそういうことなんじゃないかな」
ヴェリオは言いながら、クラリッサの涙を指ですくってくれる。
どうしてもヴェリオにもっと近付きたくなって、クラリッサは自らヴェリオの胸へと抱きついた。
「大好きです、ヴェリオ様」
「俺もだよ、クラリッサ」
ヴェリオの腕がクラリッサを柔らかく包み込んでくれる。
頭がふわふわとするような幸福感に包まれたクラリッサは、ヴェリオの胸板に顔を埋めた。
「どんなことがあっても、俺はクラリッサのことが大好きだよ。大丈夫。安心して寝ていいんだよ」
ヴェリオの指先が、クラリッサの髪を優しく梳いてくれる。
その心地よさに身を預けたクラリッサは、ゆっくりと眠りに落ちていったのだった。
***
翌朝。
ヴェリオは朝食の際にやたらとあくびをしていたが、クラリッサは快調だった。
「クラリッサが元気になってよかった」とヴェリオは眠そうな目で笑っていた。
食後の紅茶を楽しみながら、クラリッサは肩の荷が下りたような心地でいた。
「好き」とヴェリオに伝えたことで、ヴェリオと心が通じ合ったような気持ちがして、それが心地よかったのだ。
ヴェリオもそれは同じようで、「クラリッサは俺のことが好きなんだもんね」とちょっと意地悪な笑みで言っていた。
クラリッサは恥ずかしくなって、「ま、まあそうですね」と微妙な返事をしてしまったのだが、ヴェリオは笑って許してくれた。
そうこうしていると、いつものように使用人頭が「馬車のご用意ができました」と、ヴェリオを呼びに来る。
「クラリッサと今日は一緒にいたいなぁ」とぐずるヴェリオの背を押して、玄関へと向かう。
「それは毎日おっしゃっていることですよ」と言うと、「だって毎日ずっと一緒にいたいんだもん」という恥ずかしすぎる返答をもらうことができた。
玄関までたどり着いたヴェリオは、「はあ」と小さくため息をこぼしてから、クラリッサの頭をよしよしと撫でる。
手のひら越しにまたキスをしてこようとするヴェリオに「待ってください」とクラリッサは声をかけた。
「あれ? いやだった?」
いたずらを叱られた子どものような目でクラリッサを見てくるヴェリオに、クラリッサは頬を赤くして答えた。
「その……、手はどけていただいて構いませんよ」
クラリッサの言葉に驚いた表情を見せたヴェリオは、次の瞬間には嬉しそうに笑う。
「わかった」と言ったヴェリオはクラリッサの前髪をそっと分けて、額に口づけを落とした。
柔らかな唇の感触にクラリッサは、より真っ赤になってしまう。
「いってきます。今日も早く仕事片付けて帰ってくるからね」
「お気を付けていってらっしゃいませ」
ヴェリオが軽く手を振るのに、クラリッサも小さく手を振り返す。
ヴェリオが馬車に乗って出て行くのを頭を下げて見送ったクラリッサに、ユイネルが駆け寄ってきた。
「うまくいったんですね」
「ええ、ありがとう、ユイネル」
こそっと話しかけてきたユイネルにクラリッサは微笑む。
このままヴェリオと夫婦となり、幸せな日々を過ごそう。
そう思っていたクラリッサは、まさか自分の18歳の誕生日に屋敷を抜け出すことになるなんて、このときは思ってもいなかったのである。




