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15 新たな悩み


デートから数週間の時が経ち、その間もクラリッサはヴェリオに甘やかされ続けた。


昼間はヴェリオは仕事に行ってしまうため、クラリッサは屋敷の中で読書をして過ごしている。


最近は恋愛小説だけでなく、マナーを身につけるための教養の本も買って読むようになった。

以前は平民になる気満々だたっため、最低限の知識さえ身につけていればいいと思っていたのだが、ヴェリオの妻になろうと決めたクラリッサはルミナリア家の妻として、社交界で少しでも役に立てるように、貴族としての知識をもっと身につけたいと思うようになったのだ。


朝と夜は、クラリッサがヴェリオを甘やかしてくれる時間である。


朝はクラリッサの好物ばかりが並ぶ食卓で、仕事の話をしたり、最近読んだ本の話をしたりして過ごす。

夜はヴェリオの抱き枕となって、彼のぬくもりに包まれて眠るのだ。


ヴェリオに恋をしてしまった今、この状況はクラリッサにとって幸せ以外の何物でも無かったのだが、ひとつだけ問題があった。


それはクラリッサがどうしても、ヴェリオに素直になれないことだった。


「あー、今日も仕事行きたくないよ。クラリッサとデートだけしていたい」


「そんなだらしない人が騎士団の最年少隊長では、この国の未来が危ぶまれます」


朝食が終わり、いつものようにお茶を楽しみながら、ヴェリオが愚痴をこぼす。


クラリッサだって、本当はヴェリオとまたデートに行きたいと考えていたのだが、ヴェリオはなかなか休みがもらえない隊長という立場にある。

さらに期待の最年少隊長ともなればなおさらだ。


クラリッサは労いの言葉をかけるべきだと思っているのに、口からでてきたのは嫌味っぽい言葉だけだった。


「クラリッサは相変わらず冷たいなぁ。そんなところもかわいくて好きだけど」


机に頬杖をついて、ヴェリオがにこりと笑む。


ヴェリオはこう言ってくれているが、本当はクラリッサはかわいく「いつもお仕事頑張ってるの知ってますよ。今日もがんばってください」と言いたかったのだ。


なのに何故、こうもツンケンした態度をとってしまうのだろうか。


やりたいこととやっていることが全くもって一致しない。


空回りしているような感覚にクラリッサが渋い表情をすると、ヴェリオは苦笑した。


「そんな不機嫌にならなくても」


「いえ、これはヴェリオ様のせいではなくてですね……」


「そうなの? じゃあ誰のせい? クラリッサを困らせてる奴がいるなら俺が排除してくるけど」


「いや、本当に大丈夫なので……」


まさか、ヴェリオに対する自分の態度の悪さに困っているなんて相談できるわけもなく、クラリッサは頭を抱える。


ヴェリオはまだ何か追及しようとしていたが、使用人頭の「ヴェリオ様、お時間でございます」という声かけで口を閉じた。

ナイスタイミングである。


「何か困ってることがあるなら、俺になんでも言ってね。俺はこの世の全てからクラリッサを守ってあげるから」


ヴェリオの甘ったるい言葉は、クラリッサの心をとろとろに溶かしてしまう。


嬉しい。


嬉しいのに、どうして表情筋は笑顔を作れないのだろうか。


真っ赤になっているのはわかるのだが、目をそらして、「は、はい」とかたい表情で頷くことしかできない自分が歯がゆい。

もっと恋愛小説のヒロインのように、かわいらしく反応できないものなのだろうか。


そんな悶々とした気持ちを抱えながらも、ヴェリオをいつも通り玄関まで見送ると、ヴェリオはクラリッサの頭をよしよしと撫でる。

これはいつもの朝の習慣で、ヴェリオは毎朝クラリッサの頭を名残惜しそうに撫でてから出勤するのだ。


「いってきます、クラリッサ」


だが、今朝はいつもと少し違った。


ヴェリオはクラリッサの頭の上に乗せた自らの手の甲にキスを落としたのだ。


ヴェリオの手のひら一枚を挟んでとはいえ、頭にキスをされたクラリッサは「はぇ!?」と声にならない声をあげる。


「なにその声」と大笑いしたヴェリオは、真っ赤を通り越して湯気でも出そうになっているクラリッサに対して、キラキラの笑顔を向けて「いい子で待ってるんだよ」と言って馬車に乗って出発していったのだった。


クラリッサは手のひら越しにキスをされた頭を押さえて、しばし玄関ホールをうろついて回り、使用人達をたいへん心配させた。


気持ちを落ち着けて、ようやく自室に戻ったクラリッサは、ヴェリオが最近買ってくれた本棚の一番下。

布をかけて隠している本の中の1冊を手に取った。


それはヴェリオが仕事に出掛けている間に、ユイネルと共に本屋に赴き、ヴェリオには秘密で購入した『恋愛指南本』と呼ばれる類いの本であった。


手のひら越しとはいえ、頭にキスをされたのだ。

そういったスキンシップをとられたときに、どういう反応を返すとヴェリオが喜んでくれるのか。


それを調べたかったクラリッサは分厚い恋愛指南本をパラパラとめくっていく。

そして「あった」と呟いて手を止めた。


「“キスをされたら、はにかみながら微笑むといいでしょう。このとき相手への想いを伝えることができたら100点です。”……って」


頭の中でクラリッサはシミュレーションしてみる。


ヴェリオに頭にキスをされて、クラリッサははにかんで微笑みながら言うのだ。


『ヴェリオ様、好きです』


「絶対にムリ……!」


机に額をくっつけて突っ伏したクラリッサは撃沈してしまう。


「はあ」とため息をこぼして、机に突っ伏したまま悩み続けていると、コンコンと廊下側のドアが鳴った。


「はい。いるわよ」


ドアを開けて入ってきたのはユイネルだ。


お茶を入れて持ってきてくれたらしい。


「カモミールティーを入れて参りました。今朝のクラリッサ様は随分混乱されていたようでしたので。カモミールティーは気持ちが落ち着くんですよ」


「ありがとう、ユイネル……」


ユイネルの心遣いに感謝して、カモミールティーの香りをかぐ。

優しい紅茶の香りが緊張していた心を少しだけ解きほぐしてくれた気がした。


「今朝のクラリッサ様はおかしかったですが、やはりヴェリオ様の行動に原因があるのでしょうか? 私でよろしければご相談に乗ります」


「そうね……。もうこれはひとりで解決できる問題じゃないかもしれないわ」


クラリッサが深刻な様子で話すため、ユイネルも姿勢を正す。


こんな話、誰にもできないと思っていたのだが、クラリッサは思いきってユイネルに相談してみることにした。


「ヴェ、ヴェリオ様のことが好きすぎて、まともな反応を返すことができない自分に困っているの。どうしたらいいと思う?」


耳まで赤く染め上げたクラリッサからの相談に、ユイネルが「はあ」と気の抜けた返事をしたのは仕方のないことだった。


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