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14 夢の移ろい


アクセサリーショップを出た頃には、外はも夕日色に染まっていた。


夕飯は外で食べることにしたヴェリオとクラリッサは馬車に乗り込む。


隣に座ったヴェリオの耳元に光る琥珀色の輝きを見て、クラリッサは胸の奥のざわめきを感じていた。


今日1日、ヴェリオと過ごしてわかったことがある。

ヴェリオからクラリッサへの愛は、クラリッサが思っていたよりもずっと大きなものだったということだ。


口先ばかりの冗談で「きれい」だの「かわいい」だのと言っているのだとばかり思っていたが、どうやらそれも本音らしい。


1日一緒にいて、ヴェリオの本音が見抜けないほどクラリッサはバカではなかった。


(どうして、この人は私なんかを好きになってくれたのかしら)


浮かんだ疑問は、あまりにも自意識過剰なもので聞くことはためらわれる。


クラリッサがあまりにもヴェリオの横顔を見つめていたからだろう。


ヴェリオはこちらに気が付いて、「うん?」といたずらっぽく首を傾げた。


「どうしたの? そんなに見つめて。キスでもしたくなった?」


「キッ……!? そんなわけないじゃないですか!」


真っ赤になるクラリッサに、ヴェリオが楽しそうに笑う。


「もう!」と怒りながらも、クラリッサはこんなやりとりも嫌いではない自分に気が付いていた。


馬車がレストランに到着し、クラリッサはヴェリオのエスコートで馬車から降りる。

そのままエスコートされて入ったレストランは、高級感のある内装の、貴族御用達の店だった。


執事風の店員が近付いてくると、「ヴェリオ隊長様。よくいらっしゃいました」と親しげにヴェリオに声をかけた。


「急に来てしまって申し訳ない。席はありますか?」


「もちろんでございます。特等席がございますよ」


席に案内されながら、クラリッサはヴェリオにこそこそと話しかける。


「よくこちらにはいらっしゃるんですか?」


「騎士団の会食でときどき使うんだよ。おいしいから楽しみにしてて」


席に案内されたクラリッサとヴェリオは白い布がかけられた丸い机を挟んで、席に着く。

窓際のその席からは、王都のきらめく夜景が見えた。


「わあ、綺麗ですね」


「クラリッサが喜んでくれてよかった」


ふっとほほえんだヴェリオは、店員に促されて料理を注文する。

「お酒はいかがいたしましょう?」と聞かれて、ヴェリオは即答した。


「今夜は飲まないでおきます」


「え?」


食前酒を楽しみにしていたクラリッサは、思わず呟いてしまう。

店員にその声は聞こえなかったようで「かしこまりました」と言って店の奥へと去って行った。


「ヴェリオ様は飲まれない方なんですか?」


「俺は飲めるよ。全然酔わない」


「では、どうしてお断りされたんですか?」


「クラリッサにお酒を飲ませたくないからだよ」


「へ?」


意味がわからずに、すっとんきょうな声をあげるクラリッサに、ヴェリオは当然のように言った。


「記憶喪失で忘れてるだろうけど、クラリッサはお酒飲みすぎると記憶飛ばすタイプだからね。今日の楽しかった記憶を忘れられちゃ困るから」


確かにクラリッサはふざけたマリアに飲まされすぎて、記憶を飛ばしたことが何度かあるが、なぜそれをヴェリオが知っているのか。

そこまで考えて、クラリッサはハッとした。


(もしかして、ヴェリオ様は私が飲み過ぎて記憶を飛ばしたときに私と出会ったのかしら)


そうだとすれば、いろいろと辻褄が合う。

クラリッサはドキドキしながらヴェリオに訊ねた。


「私とヴェリオ様は知り合ってまだ間もないとお聞きしました。私がお酒を飲み過ぎると記憶を飛ばすタイプだというのは、どこでお知りになられたのですか?」


「ん? うーん、そろそろ言ってもいいか。クラリッサの記憶が混乱するといけないと思って黙ってたけど、そうだよ。クラリッサと俺はクラリッサが酔っ払ってるときに出会った」


「お、お恥ずかしい……」


酔っ払っている醜態を初対面で見られていたなんて恥ずかしいにも程がある。

クラリッサがうつむくと、ヴェリオは「恥ずかしくないよ」と言って笑った。


「マスカレードのときでさ。クラリッサは酔っ払って、テラスで涼んでたみたいだったんだ。俺はパーティー苦手なのに、顔隠れるからっていう理由で親に無理矢理結婚相手探してこいって参加させられて、テラスで時間潰してたんだ。そこで出会った。クラリッサ、酔うとすごく明るくなるんだよ。話しかけてきたのはクラリッサからだよ」


「私からですか!?」


「そうだよ。『お兄さんも酔っちゃったんですか?』って。ちょうど俺はそのとき、なかなか隊長になれなくて、くさくさしてた時期でさ。顔も見えないマスカレードだしと思って、なかなか仕事で出世できなくてうんざりしてるって話をしたんだ。俺、実は魔力量が少なくてね。それが理由でなかなか出世できなかったんだよ。それを話したら、クラリッサはケタケタ笑って『私なんか魔力なしですよ』って」


「もう恥ずかしいので、やめてください……」


「ダメだよ。ここからが大事なんだから」


クラリッサの制止も聞かず、ヴェリオは語り続ける。


「クラリッサは俺に教えてくれた。『苦手なことはやめて、得意なことをすると気持ちがラクですよ。私は笑顔が特技です』って言って笑ったんだ。マスカレードで口元だけしか見えなかったのに、俺はその言葉を聞いたときに、この子をお嫁さんにしようって思ったんだよ。でも、隊長にならないまま、プロポーズしに行ってもダサいだろ? だから、名前だけ聞き出して、隊長になってからクラリッサを迎えに行ったんだ。はじめて顔を見たときは驚いたよ。俺が想像してたより、クラリッサはずっとかわいくて綺麗だったから」


ヴェリオが出会いを明かしてくれたおかげで、やっと今までのことに合点がいった。

そして、その語り口から、どれだけヴェリオがクラリッサを愛しているかも伝わってきた。


クラリッサが平民になりたかったのは、誰にも差別されることなく、恋愛をしてみたかったからだ。

ヴェリオと結婚をしたら、貴族社会に残ることになり、魔力なしとして差別を受け続けることになる。


それでも、ヴェリオと一緒にいてもいいかもしれないと思ってしまったのは、ヴェリオの銀色の瞳があまりにも甘やかなものだったからだ。


負けた、とクラリッサは思った。


ヴェリオの愛にクラリッサはもう負けてしまった。


平民になるという夢は捨ててもいいかもしれない。

ヴェリオに愛され、ヴェリオを愛する人生も素敵なものになる気がしたのだ。


そんな風に思ってしまった自分を、クラリッサはまだ素直には受け入れられなかった。


「つまり、俺の一目惚れだね。大好きだよ、クラリッサ」


「……マスカレードで酔っ払いに一目惚れだなんて、ヴェリオ様は酔狂なお方ですね」


「ははっ、そうかもね」


料理が運ばれてきて、話題は食へとうつる。


炭酸水の入った細いグラスを軽く上げて乾杯をしたクラリッサは、まだドキドキいっている胸をどうすることもできなかった。


その晩、ヴェリオはクラリッサの部屋に恋愛短編小説を借りに来た。

本屋でクラリッサがヴェリオに薦めたものだ。


「クラリッサの好きなものは知っておきたいからね」


そう言って笑ったヴェリオにクラリッサは頬を朱に染める。

ヴェリオがクラリッサを知ろうとしてくれていることを喜ばしく思っている自分を止められなかった。


恋というのは、落ちるとあっという間なのだなということをクラリッサは思い知った。

今日という1日で、クラリッサはすっかりヴェリオに恋という深い穴に落とされた。


その後。

ヴェリオの抱き枕になりながら、クラリッサが眠ることができなかったのは言うまでもない。

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