13 瞳の色
「お待たせ。次はどこ行きたいとかある?」
買ってきた本を馬車に乗せたヴェリオが戻ってきた。
本屋の前で大人しく待っていたクラリッサは、本屋の向かいにあるアクセサリーショップを指差した。
「あの、あそこに行ってもいいですか?」
「アクセサリーが欲しいの? いくらでも買ってあげるけど」
「い、いえ! 違います!」
クラリッサは手をぶんぶんと横に振る。
ヴェリオからはドレスと本を買ってもらったのだ。
これ以上なにかもらうわけにはいかない。
「その、ヴェリオ様に、ピアスを贈りたいと思いまして……」
「ピアス?」
「ヴェリオ様がいつも身につけているものを贈りたいと思ったのですが、ご迷惑でしたか?」
ヴェリオはいつもシンプルな水色のピアスを身につけている。
せっかく贈るなら、有効活用できるものがいいと思ってのことだったのだが、ヴェリオは意地悪っぽい笑みをうかべた。
「なに? クラリッサも『ヴェリオは私のものです』っていう証がほしくなっちゃった?」
「そ、そういうわけじゃありません! それにまだ結婚してませんし、するかもわかりません!」
「クラリッサは冷たいなぁ。でもピアス贈ってもらえるなら大歓迎。行こうか」
当然のように手をつながれて、もう恥ずかしさも感じない。
道路を渡って、向かい側のアクセサリーショップへと入ると、眩しいほどのキラキラ空間が広がっていた。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
男性店員が笑顔で声をかけてくるのに、答えたのはクラリッサだ。
「男性もののピアスはありますでしょうか?」
「たくさんございますよ。どのようなものをお探しですか?」
「えーっと……」
ヴェリオの好みがわからず、チラッとヴェリオの方を見やると、ヴェリオがクラリッサを手で指し示して笑顔で答えた。
「この子の瞳の色と同じピアスが欲しいんですが」
「えっ!?」
「かしこまりました。いくつか見繕って参りますので、おかけになってお待ちください」
そう言ってテーブルに案内されたクラリッサは、隣に座ったヴェリオに「どういうことですか?」と訊ねる。
「どういうことって?」
「私の瞳の色と同じピアスをつけるだなんて、まるでラブラブなカップルみたいじゃないですか」
「ラブラブなカップルなんだからいいでしょ」
「ラブラブじゃありません!」
クラリッサが真っ赤になって否定すると、ヴェリオがおもしろそうに笑う。
本当にこの人はクラリッサをからかうのが好きらしい。
「まあまあ、クラリッサは俺の欲しいピアスをプレゼントしてくれるんでしょ? 俺はクラリッサの瞳の色が大好きだから、それを見繕ってもらうだけだよ」
「……私の瞳の色なんて地味なだけです」
華やかな金色の髪と瞳を持つマリアと比べ続けられてきたクラリッサは、自分の持つ色彩が嫌いだった。
だというのに、「俺は大好きだよ」とサラリと言ってくるヴェリオのせいで、胸の奥がムズムズとしてしまう。
(絆されちゃダメよ、クラリッサ。私は平民になるんだから)
「かわいい」「綺麗」「好き」という嬉しい言葉を簡単にくれるヴェリオに、今まで優しくされてこなかったクラリッサはグラグラしてしまっているだけだ。
長年の夢を捨てるほどの思いがあるわけじゃない。
自分にそう言い聞かせて、待つこと数分。
男性店員はいくつかのピアスを持ってきてくれた。
どれも透き通るような琥珀色の石がついたピアスは、とても綺麗だ。
ヴェリオは迷った末にオレンジ色の強い琥珀色のピアスを選んだ。
「これが、一番クラリッサの瞳の色に近いかな」
ヴェリオが手に取ったピアスはとても綺麗で、ヴェリオには自分の瞳の色がこんな風に見えているのかと不思議な感覚になる。
クラリッサが会計をしている間、ヴェリオは店内をうろうろしていたようだが、クラリッサが会計を終えると、歩み寄ってきた。
「終わった?」
「はい。こちらです」
ヴェリオがここで着けるというので、ラッピングしてもらわなかったピアスを手渡すと、ヴェリオは自身が今着けていたピアスを外して、琥珀色の石がついた小さなピアスを耳に着けた。
イケメンはどんな色でも似合ってしまうらしい。
違和感なくヴェリオの耳におさまったピアスに、クラリッサは思わずほほえんでしまっていた。
「似合ってる?」
「はい。とても」
「じゃあ、俺からもこれ」
「え?」
ヴェリオが何かを差し出してきたため、クラリッサは咄嗟に受け取ってしまう。
手にのせられたそれは、ヴェリオがつけているものとは色違いの銀色のピアスだった。
「こ、これは? いつの間に買われたんですか?」
「今さっきだよ」
「プレゼントされ返されたら、贈った意味がなくなってしまいます!」
「でも、もう買っちゃったし。俺はクラリッサとおそろいのが欲しかったから、いいの。ほら、着けてみて」
ヴェリオに促されて、クラリッサはしかたなく今着けているピアスを外して、その銀色のピアスを耳に着ける。
お互いの瞳の色のピアスを着けているのだと思うと、どうにも気恥ずかしくて、クラリッサが「どうでしょう?」と小さく問うと、ヴェリオはクラリッサの茶色い髪を耳にかけてほほえんだ。
「うん。やっぱり似合ってる。綺麗だよ、クラリッサ。これでおそろいだね」
ヴェリオがあまりにも甘やかにほほえむので、クラリッサはその笑みに思わず見惚れてしまう。
ぼんやりしているクラリッサに、ヴェリオは小さく噴き出した。
「なに? かわいい顔して。もしかして、俺に見惚れちゃった?」
「なっ、あっ、違います! プレゼントの意味がなくなってしまったことに呆然としていただけです!」
照れて真っ赤になったクラリッサが慌てて否定するのにも、ヴェリオはクスクス笑うばかりだ。
そんなヴェリオの笑顔にドキドキしてしまっている自分をクラリッサは、もう無視できなくなってしまっていた。




