11 ドレスショップ
クラリッサとヴェリオを乗せた馬車は、まずドレスショップの前で止まった。
クラリッサもパーティーで聞いたことのある有名な名前のドレスショップだ。
「ここ、ですか?」
「そう、ここだよ。行こう」
クラリッサがためらったのは、このドレスショップは流行の最先端を行くドレスショップであり、有名である分、お値段も高いと評判の店だったからだ。
馬車の扉が開き、ヴェリオがエスコートするために差し出してくれた手を取りながら、クラリッサは動揺していた。
「緊張してる? 大丈夫だよ。俺も初めて女性にドレスを贈るんだけど、同僚によるとちょっと着せ替え人形になるだけらしいから」
「着せ替え人形……?」
初めてすぎて困惑してばかりのクラリッサの手を握ったまま、ヴェリオは店のドアを開ける。
チリンチリンと涼やかなベルの音が鳴り、店の奥からほっそりとした美しい女性が出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。贈り物ですか?」
「そう。彼女に似合うドレスを何着か見立ててもらってもいいかな? あ、体のラインはなるべく出ないやつで」
「何着か!?」
てっきり一着だけだと思っていたクラリッサがギョッとしているのにもかかわらず、女性店員は「かしこまりました」と言って、店のハンガーラックにかかっているドレスを探し出す。
クラリッサはコソコソとヴェリオに話しかけた。
「高価なドレスを何着もいただくことなんてできません。一着で十分です!」
「でも、クラリッサが輝くドレスは何着もあった方がいいだろ? 今まで持ってたドレスは、どれも正直イマイチだって聞いたし」
「どこでそれを……?」
「社交界にあまり出ないって言っても、俺も貴族だよ。クラリッサが地味なドレス着てるって噂くらい聞いたことあるよ。どうせ、あの意地悪そうな妹に着せられてたんじゃない?」
ヴェリオが言った言葉に、クラリッサは愕然としてしまう。
ヴェリオがクラリッサのよくない噂を耳にしていたとすると、ヴェリオは魔力なしでダサいドレスを着た、いつも謎に微笑みを浮かべていた記憶喪失の女と結婚しようとしていることになる。
いくらなんでも趣味が変わりすぎているだろう。
「ヴェリオ様は、なんで私なんかと結婚しようと思ったんですか……?」
思わず訊ねてしまった問いに、ヴェリオはきょとんと銀色の目を丸くする。
それからゆっくりとほほえんで、クラリッサの頭をそれはもう愛しげに撫でた。
「そりゃクラリッサに惚れちゃったからだよ」
どこでどうして、ヴェリオはクラリッサに惚れたのだろうか。
それを聞こうと口を開きかけたとき、女性店員がドレスを何着か見繕って持ってきた。
「では更衣室へ参りましょう」
笑顔で接客してくる女性店員に、クラリッサは「あ、はい」と反射的にうなずく。
「いってらっしゃ~い」と手を振るヴェリオを振り返ったクラリッサは、不安げな表情になってしまっていたと思う。
「さあ、それでは着替えていきましょう。ご一緒の旦那様はご主人ですか? すてきな方ですね」
「え、ええ、まあ」
クラリッサの着ているドレスをさっさと脱がしながら、営業トークをしてくる女性店員に、クラリッサはぎこちなく答える。
パーティーにはよく参加していたが、人とあまりしゃべったことのないクラリッサは、ここまで自分が口下手だとは思わなかった。
女性店員の流れるようなトークに、クラリッサは詰まりながら答えるのがやっとだ。
そこでふと疑問に思う。
どうして、ヴェリオとは最初から普通にしゃべることができたのだろうかと。
ヴェリオといると、本来の自分を出せるような不思議な感覚になる。
どんな自分でいても許されるような安心感がヴェリオの傍にはあった。
だが、クラリッサは「ええい」と心の中で呟いて、ヴェリオに対する不思議な感覚を振り払う。
クラリッサはヴェリオに嫌われて、平民になりたいのだ。
その夢は変わらない。
ヴェリオの本当なのか嘘なのかよくわからない態度に絆されてしまってはいけないと、自分に言い聞かせていると、一着目のドレスの試着が完了した。
薄い黄色のかわいらしいドレスだ。
ヴェリオの要望通り、体のラインはそこまでくっきりとは出ていない。
布がたっぷりと使われたドレスは腰のところから下がふんわりと広がっており、裾には花のレースまで施されている。
自身で鏡で見ても、それなりに似合っている気がしたが、女性店員は「では旦那様に見ていただきましょう」と言って、クラリッサを更衣室の外へと誘導する。
店に設置されているチェストに腰掛けて待っていたらしいヴェリオは、クラリッサが更衣室から出てきたことに気が付いて立ち上がる。
「うわ、めちゃくちゃかわいいじゃん、クラリッサ」
「ま、またご冗談を……」
ヴェリオに褒められ、クラリッサはもじもじとしてしまう。
どういう表情をしていいのかわからず、クラリッサが視線をうろつかせていると、ヴェリオが女性店員に「これは買いで」と声をかける。
あっさり購入してしまったヴェリオに、クラリッサが思わず「値段は!?」と聞くと、ヴェリオはクスクス笑った。
「俺、一応騎士団で隊長やってるから、それなりに給料もらってるんだよ。今まで使いどころもなくて貯め込んできてるから、クラリッサは気にしなくて大丈夫」
「でも……」
「俺が贈りたいから贈るの。クラリッサに拒否権はないから」
バッサリと切り捨てられたクラリッサが「はい」と小さくうなずくと、女性店員に「では次のドレスを着てみましょうか」と言われて、また更衣室に連れ戻される。
その後も何着も試着をし、ヴェリオはどれも即決で「買いで」と決めてしまったため、計10着のドレスを購入することになってしまった。
クラリッサは値段にハラハラしていたのだが、ヴェリオはサラリと会計を済ませ、店員に屋敷までドレスを届けるように頼むと店を出てしまった。
ヴェリオと共に店を出たクラリッサは、「あの」とおずおずとヴェリオに声をかける。
ヴェリオはにこにこと機嫌がよさそうだ。
「どうしたの? クラリッサ。疲れちゃった? 俺はいろんなクラリッサのかわいい姿が見られて眼福だったよ」
「あんなにたくさん買っていただけるとは思っていなくて……。本当にありがとうございます」
「言ったでしょ? ドレスを贈るのは、『この子は俺の大切な人です』って意味合いがあるんだって。クラリッサは俺の『とっても大切な人』だから、ドレスくらい何着だってプレゼントするよ」
笑顔でそう言うヴェリオに、クラリッサは困ってしまう。
こんなに貢がれては、平民になるために出て行ったときにどうしても罪悪感が強まってしまう。
(このドレス代は、いつか働いて返そう)
そう決意したクラリッサの手をヴェリオは、さりげなく握る。
あまりに当たり前に手を握られたため、クラリッサは驚くヒマもなかった。
「さて、次はクラリッサお楽しみの本屋さんに行ってみようか」
「っはい!」
今日イチ元気な声をあげるクラリッサにヴェリオがくっくと喉を鳴らして笑ったのだった。




