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01 クラリッサの夢


クラリッサ・ハニーベルの夢は、平民になることだ。


ハニーベル伯爵家の長女として生まれたクラリッサは、魔力を持っていなかった。

貴族ならば当然持って生まれてくる魔力を、クラリッサは一滴たりとも持っていなかったのだ。


それがわかったのは、クラリッサが5歳のときだ。

魔力測定をするための水晶に触れたところ、無反応。

水晶が壊れたのではないかと疑われた程だったが、水晶は正常に機能しており、正常でないのはクラリッサであった。


水晶に触れたその日から、両親のクラリッサへの態度は大きく変わった。

クラリッサを毛嫌いするようになり、話しかけても無視をされるようになった。


魔力なしのクラリッサは、両親から愛される存在ではなくなったのだ。


その1年後、クラリッサを更なる悲劇が襲う。

クラリッサの妹であるマリアが5歳の誕生日を迎え、水晶に触れたところ、平均よりもかなり多くの魔力を所有していることがわかったのだ。


両親は大いに喜び、マリアへの愛情を深くした。

そして、その分クラリッサへの対応はひどくなっていった。


当然マリアも、クラリッサを見下すようになり、クラリッサはマリアにバカにされながら育った。

そして、クラリッサが17歳、マリアが16歳になった今、マリアはクラリッサを道具のように利用している。


「見て。今日も魔力なしが来てるわよ」


「マリア様がお優しいから連れてきていただけているのよね。でも、私だったら恥ずかしくて夜会になんて来られないわ」


ヒソヒソと話される声が耳に入ってきても、クラリッサは顔面に貼り付けた笑みを崩さない。

それは、幼い頃泣き虫だったクラリッサにマリアが「あんたが泣いたら、私が悪いみたいじゃない!常に笑ってなさい!」と言われたときから被っている笑顔の仮面だ。


(私も恥ずかしくて、夜会になんか来たくないわよ)


クラリッサは、ヒソヒソと話をしている淑女たちに心の中で反論する。


クラリッサが魔力なしであることは、貴族の間では有名な話だ。

それだけ魔力を一切持っていない貴族は珍しい存在なのである。


さらに、クラリッサを辱めているのは、その容姿だ。

クラリッサは茶髪に琥珀色の瞳という地味な色合いの少女であるのに対し、マリアは金髪に金色の瞳を持っている。


マリアは見目も麗しく、多くの家庭教師に知識と教養、マナーをたたき込まれた、貴族令嬢の中でも憧れの淑女。

対して、クラリッサは家庭教師も付けてもらえず、文字も数の計算もほぼ独学で覚えた、貴族の中で最も見下される存在だった。


本当なら、クラリッサはこんな夜会には来たくなかった。

だが、マリアが「絶対に来なさい」と言って聞かなかったのだ。


マリアがクラリッサを連れ歩く理由は、『魔力なしにも優しい妹』という設定を守るためと、自分の引き立て役にクラリッサを使うためである。

今日もマリアが選んだ地味で流行遅れの紺色のドレスを着せられているクラリッサは、今すぐにでもこの場を去りたい思いでいっぱいだった。


それでも笑顔でいるのが、貴族たちにとっては不気味なのだろう。

「ヘラヘラしちゃって気持ち悪いわね」という囁き声まで聞こえてきたが、クラリッサは陰口をたたかれることに慣れ過ぎてしまっていた。


(どうぞ、お好きに言えばいいわ。私が笑顔を崩せば、帰った後のマリアの機嫌が最悪なことなんて、あなたたちは知らないんでしょう)


すべてはマリアのご機嫌取りのため。

笑顔でいるクラリッサの夢は、平民になること。


平民になれば、魔力なしであることは当たり前になる。

魔力を持っている平民の方が希少な存在だからだ。

平民になることさえできれば、こうして差別されることもなくなるのだと思うと、平民になりたいという気持ちは日に日に強くなるばかりであった。


そして、クラリッサにはもうひとつ夢があった。

それは、恋をすることだ。


クラリッサは放置されて育ってきた。

その中で出会った娯楽が恋愛小説であった。


物語の中で展開される、めくるめくラブストーリー。

物語のような恋はできないとしても、普通に恋愛して結婚をし、子どもを持ちたいという夢がクラリッサにはあった。


だが、それは貴族である以上叶いそうにもない。

魔力なしとして有名なクラリッサのもらい手なんて、貴族の中にはいないだろう。


だからクラリッサは決めていた。

もうすぐ訪れる18歳の誕生日に、クラリッサはハニーベル家から家出をすると。


運命なのか、クラリッサとマリアは誕生日が1年違いで同じなのだ。

外聞を守るため、ハニーベル家ではその日にクラリッサとマリアの誕生会を開くのだが、実際はマリアのみが祝われる。

マリアにのみスポットライトが当たっている隙をついて、家から飛び出し、ハニーベルの名を捨てて、平民として生きていくと決めていたのだ。


(18歳の誕生日まであと少し。耐えるのよ、私)


自分に言い聞かせて、友人と談笑するマリアの横でクラリッサが笑みを浮かべていると、会場がざわついた。


何事だろうとざわめきの中心である会場の入り口に目を向けると、そこには見たこともないような整った顔の男性がいた。

さらりと流れる銀髪に、光を吸い込んで輝く銀色の瞳が印象的なその男性をクラリッサは見たことがなかった。


(今までいろいろな夜会や舞踏会に連れて来られたけど、あんな方は見たことがないわ)


クラリッサがぼんやりと考えていると、マリアの友人が興奮した様子で口を開いた。


「ヴェリオ・ルミナリア様じゃない! 次期公爵の! 社交界嫌いで、あまり集まりにも顔を出さないと有名な方よね。イケメンって噂だったけど、あんなに綺麗な方だとは思わなかったわ!」


友人の言葉に、マリアはヴェリオから目をそらさずに「あの方がヴェリオ様……」と、どこか惚けたような口調で言う。

マリアが見惚れるのも無理はない。


貴族は顔が整っている男性が多いが、ヴェリオはその中でもずば抜けている。

誰もが振り返ってしまうような美しい顔を持つヴェリオは、会場をキョロキョロと見回し、誰かを探しているようだった。


「どなたを探しているのかしら」


マリアがぽつりと呟いたのと、ヴェリオがこちらを見たのはほぼ同時であった。


(あれ、今目が合った?)


クラリッサがそう思った瞬間、マリアの友人が高い声をあげた。


「きゃあ! ヴェリオ様、今マリア様を見たのではありませんこと?」


「そうかしら? でも、私も目が合った気がしたの」


マリアの声も弾んでいる。

あんな物語から出てきたようなイケメンと目が合ったのだ。

嬉しくて当然だろう。


クラリッサが自分は関係ないと、いつも通り影を薄くしていると、ヴェリオはこちらに向かって歩いてくる。


「え、え」


マリアがもじもじとした様子で、頬を赤く染め上げる。

美人のマリアが頬を赤らめると、よりその美しさが際立つ。


(ああ、ヴェリオ様はマリアを見初めたのね)


クラリッサはヴェリオがこちらに向かってくる意味を推察して納得する。


マリアは身内から見ても、美人で華やかな少女だ。

一目惚れされても不思議ではないだろう。


(いよいよマリアも結婚か。私も平民になったら、結婚できるかしら)


夢に描く平民生活に思いを馳せていると、ヴェリオがいよいよクラリッサとマリアの前にたどり着く。


マリアが恥ずかしそうにヴェリオの言葉を待っているのを、隣で微笑みを浮かべて見ていると、ヴェリオが話し出した。


「やっと見つけたよ。今夜の夜会には顔を出すかもしれないって聞いたから、仕事の都合をつけて来たんだ」


ヴェリオは声までも、素敵な男性だった。

甘いハスキーボイスで、思ったよりも軽い調子でしゃべる姿に、クラリッサも目を奪われる。


(この人とマリアが結婚することになるかもしれないのね。おめでとう、マリア)


クラリッサが心の中でマリアを祝福していると、ヴェリオは想像もしていなかったことを口にした。


「やっぱりかわいいね、クラリッサ」


「…………はい?」


クラリッサが首を傾げたのと同時に、周囲の空気が凍り付いた。

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