第8話 僕は何も困っていない
翌日の午前9時。林太郎、霧亜、雪の3人は予定通り家を出て20分ほど自転車に乗って、スマホで事前に調べた昴の家へと向かう。
その道中、雪が林太郎の持つスマホに興味を持ったのか、話しかけて来る。
「それにしてもスマホって便利ですね。住所を入力するだけで地図が出てくるんでしょ? 家では高校に上がるまでスマホ禁止だからうらやましいなぁ」
持ったとしてせいぜいがネットに接続できないキッズケータイ止まりな雪はスマホを持つ兄をうらやましがっていた。
自宅を発ってしばらく、特に問題もなく無事に昴の家にたどり着いた。林太郎は玄関のインターホンを押し、彼の母親を呼ぶ。
「おはようございまーす。昴の友だちだから開けてくれませんかね?」
林太郎の声を聞いて素直に玄関のカギは開いた。
「昴、友達が3人来てるよ」
「友達が3人も? 分かったよ母さん」
3人組の友達? 一体誰だ? 疑問に思いながらも彼は玄関を開けると……。
「うわぁ……」
自称友達を見るや心底嫌な顔をしながらその一言が口から漏れた。
「林太郎……何でお前が。それにその女の子たちは誰だ?」
「俺の妹だよ。義理だけどな。まぁ玄関で立ち話もアレだから上がらせてもらうぜ」
そういって林太郎一行は許可も取らずに勝手に家に上がって昴の部屋で話し合いとなった。妹たちもそれに続いて部屋に入る。
「オイ昴。お前いじめられてるんだろ? だったら俺に助けを求めて来いよ。他のクラスだけど何とかしてやるよ」
「……不良の林太郎なんかに頼むことなんてないよ。帰ってくれ」
開口一番、昴は林太郎を拒絶する。
「お前ら、何でわざわざ僕の家の住所調べてやってきたんだ?」
「俺はお前がクラスメートの皇帝とその腰ぎんちゃくにぶっ飛ばされてたのは見てるぞ。黙って見過ごすわけにはいかないさ。
俺がお前の代わりに皇帝の野郎をぶっ飛ばしてやるから遠慮せずに呼べよ」
「林太郎。お前何か根本的な勘違いをしてないか?」
「? 根本的な勘違い?」
昴の言う「根本的な勘違い」という言葉……林太郎には全く分からなかった。
「そもそも僕はいじめられてなんかいないんだよ。あれはイジリでみんなが面白おかしく笑ってくれるからああすべきことなんだよ。
林太郎、お前TVでお笑い芸人見たことないのか? あれと同じイジリだよ。クラスメートがみんな笑ってるから、みんなの仲を守りたいからいじられているだけだよ」
昴はそう反論する。見かねた霧亜が口を開いた。
「たった1人の犠牲で30人のクラスの笑顔が守れるなら、っていう自己犠牲精神はある意味立派かもしれないけど、それはせいぜいラノベの中の話にすべきで実際にすべきことではないな。
おそらくキミの両親もそうだろうけど「人にやさしくあれ」というのは時にはダメなことだ。優しすぎるのも問題になるんだよ?
それに、クラスメートの仲っていうけど、クラスメートなんでしょせんは「たまたま同い年」で「たまたま同じ学校の通学圏内に住んでいる」赤の他人の集まりだよ。命をかけてでも守るものじゃないさ」
「お前! クラスメートみんなから嫌われるのがどれだけ地獄なのか分かっていってるのか!? キャラを否定したら自分の人生まで否定されるのと一緒だってのが分からないのか!?」
昴は霧亜の言葉を斬って捨て……。
「昴さん、って言いましたよね? あなたは相手から暴力を振るわれても嬉しくないでしょ? 自分にウソをついて自己欺瞞をしても苦しいだけですよ。
あなたは「自分さえ我慢すれば全てが丸く収まるから」って思っていますけど、実際私が小学生だったころそれで結局我慢しきれずに壊れちゃって不登校になった子もいたから見てられないわ」
「殴られて嬉しいとか、嬉しくないとか、そういう問題じゃないんだ! それ以前でもっと根本的に学校での居場所の話なんだ! 僕がいじられ役を辞めたらそれこそ学校に行く意味がなくなるんだよ!
そもそも、いじめられているっていう君たちの認識がおかしいんだよ! あれはいじりであって、いじめなんていう犯罪行為じゃないんだよ!」
雪の説得にもまるで応じない。
「僕は何も困ってない! 困ってないって言ったら困ってないんだ! もう僕に関わるのは止めてくれよ! それでまた何かされたら余計に苦しむだけじゃないか!
これ以上僕の人生を引っかき回すのは辞めろ! 出てけ!」
昴は全力で叫ぶようにそう言い切り、林太郎達を否定する。
「……わかった、出てくよ。ただこれだけは覚えてくれ。俺や俺の友人である、お前の言う不良たちはいつでもお前の味方をするってな。じゃ、学校で会おうぜ」
これ以上の話は今のところは無理だろう。林太郎はそう判断して帰ることにした。
「昴さん。別にスクールカーストに入らなくても生きていけますよ。私は小学校も中学校もアウトカーストの図書委員でもやって行けてますから」
「昴と言ったね。妹の雪の言うとおりだぞ。私は学校では不思議ちゃんのアウトカーストでもやって行けてるから無理して歩調を合わせなくてもいいぞ。
さっきも言ったけどクラスメートって言ってもしょせん学校の都合で集められた赤の他人なんだから、自分の身を削ってまで笑いをとる必要は一切ないよ」
去り際に雪と霧亜がやたらと学校での居場所を主張していた昴に対し、そこを変えるように自分達の学校での立ち位置を伝えたが、相手は聞いているかどうかは分からない。
もっと言えば「聞いてはいけない」とさえ思っているのだろう。
昴の家から自宅に帰る途中、自転車をこぎながら3人は話をしていた。
「……兄さん。なんか私たちが悪党みたいな言い方をされてしまいましたね」
「ああ、でもしゃあねえよ。多分あいつ小学校や中学校でも同じような立ち位置だったんだろうな。本当に追い込まれた奴は助ける手すら拒絶するものさ。
なぜ助けたんだ? お前が余計なことをしなければすべて丸く収まってたのに! ってな。俺はそういう奴を見てきた。雪も霧亜も、お前たちが悪いわけじゃないから気にしなくていいぞ」
「なぜ助けた……すべて丸く収まってたのに、か。そんなこと言う子、本当にいたんだな。創作の話だけでいてくれたらよかったんだけどな」
「霧亜、そう言われたのは1度や2度じゃないさ。昔もそんなこと言う奴がいて結局そいつは精神がおかしくなって不登校になっちまった。昴の奴もそうならなきゃいいんだけどな」
いくら助けたくても本人が「困ってない」と強情を張られたら何もできない。
「このまま卒業するまで何もなければいいのだが」それが3人の共通意識だった。