第73話 お付き合い始めませんか?
皇帝が退学になって数日後、今年の10月最後の土曜日だった。昼になって昴の家に押しかけ女房のごとく霧亜は上がり込んでいた。
いつもは10分かそこらで昴に追い出されるのがお約束のパターンなのに今日は違っていた。
「やぁ昴、なんか憑き物が落ちたみたいに表情が明るくなったなぁ、先週とは大違いだよ。
やっぱり皇帝って言ったっけ? 彼が退学した件に関係するものかな?」
「ああそうだ。実を言うと霧亜、お前経由で林太郎に動きがあって皇帝の機嫌を損ねることがあったら、余計に痛い目に遭うってずっと思ってた。
だから僕には構わないでくれってずっとずっと拒否し続けていたんだ。悪い事だとずっと思ってたけど、そうするしかなかったんだ」
相変わらす背だけは高く生気の薄い瞳と身体をした霧亜だったが、彼の話はしっかりと聞いていた。
「霧亜、お前が僕の事を助けようとしていた気持ちは分かる、とても分かる。でも怖かったんだ。皇帝からもっとひどい目に遭うんじゃないか? って思うと拒否するしかなかったんだ」
「だからあそこまで徹底的に拒否してたのか。まぁ仕方ないな……本物の臆病は『幸福が怖くて綿でケガする』って言うし」
「『幸福が怖くて綿でケガする』か。随分詩的な事を言うな、どこかの本に書いてあったのか?」
「太宰治っていう昔の小説家が自作でそう書いたらしいよ。妹が文学少女で、その影響で覚えたんだ」
「ふーん」
会話が途切れる。しばらくお互い無言だったが、昴は何か大きなことを言いたかったが、1歩が踏み出せずにしり込みしていたように感じられた。
「な、なぁ霧亜。その……」
「何だい?」
ふうっ。と一息ついて覚悟が決まったのか意を決してそのセリフを言い切る。
「霧亜、今まで酷い事ばかり言って本当に悪かったよ。これからはその罪滅ぼしをさせてくれないか? 映える場所に連れてくし、動画だって撮るよ」
「え……それって、そういう事だよね? 告白だ、って受け止めて良い事なんだよね?」
相手はコクリ、と無言でうなづいた。
「本当にいいの? いくら食べても背だけ伸びて身体は貧相なんだよ? 多分今の背は185超えてると思う。
そのくせ胸なんて全然大きくないし、それに相手がひたすら拒否し続けるのに逆らって食らいつくようなへそ曲がりなんだよ?」
「や、やっぱり僕の事嫌いか? あれだけお前を拒絶し続けてきた人からそう言われても嬉しくないよな?」
「!! そんな事ない! 今なら嫌う理由が分かったからそうなっても仕方ないとは思ってるよ。だからその点は許すよ」
「って事は霧亜、お前も!?」
「まぁ、そういう事だ。こんなボクで良かったら、お付き合いしてもいいよ」
思いが、通じた。
「通う学校が違っても、ケータイでやり取りできるから大丈夫だよね?」
「ああ。昴が相手ならボクにはいつでもかけていいぞ。結局今まで1度もかかってないから、きちんと登録されてるよね?」
霧亜は不安になって彼に聞く。昴は自分のスマホを操作して彼女のキッズケータイに電話をかけた。
「うん。ちゃんと登録されてるみたいだね」
「今までは避けてたけど、これからはかけるようにするから」
「楽しみにしてるよ。ああそうだ、呼び方はどうする? ボクは今まで通り「昴」って呼ぶけどいいかな?」
「あ、ああ。僕も「霧亜」って呼ぶようにするから」
「わかった。じゃあ改めでだけど、よろしくお願いします、だね」
こうして、霧亜と昴の正式なお付き合いが始まった。
「いやー霧亜!!! おめでとう!!!!! アンタにもついに春が来たのね!」
「霧亜ってば恋愛ごとってあまり聞いてなかったのに。やるじゃん」
七菜家の夕食の話題は霧亜と昴の話だけしかなかった。
「祝ってくれてありがとう、姫姉さんに凛香姉さん」
「しっかしあの昴相手に良く持ったな。噂じゃ相当拒絶されてたって聞いたけど。アイツは皇帝に逆らったら余計に嫌な目に遭うからその辺凄く頑固だったらしいぞ?」
「……ボクの手の届く範囲内なら、誰も死なせたくなかったからなんだ。知り合いが亡くなる悲しさにはもううんざりしてるから」
霧亜はもっと小さかった頃に本当の家族を亡くしている。それを追体験するような身内の死を防ぎたかった。それが昴に拒絶されてもしつこく粘着し続けていた大きな理由である。
「それにしても「映える場所に連れて行く」かぁ。あたしも彼氏に言われたいものねぇ。お姉も兄たんから言われたりする?
それとも「お兄ちゃんと一緒にいるならどこでも最高に映える場所」とか言うんじゃないの?」
「あら姫、何で分かるの?」
それを聞いた姫は、砂糖を吐いた。
「……出た出た恋人同士のノロケ話。乙女ゲームよりも濃い話だわー」
姫は茶化すが凛香は一切動じない。
「あ、そうそう。霧亜、そろそろ近くでクリスマスに向けたライトアップの点灯式が行われるそうだから一緒に行ったらどう?」
「へぇ、凛香姉さんって色々知ってるんだぁ。ありがとう、それは採用する方針で行くよ」
その日は特に賑やかな夕食となった。




