第71話 皇帝陛下と校長の崩御
「!? 何ぃ!? 契約解除だぁ!? どういう事だ!?」
皇帝がモデルを務めるファッション雑誌の担当者からの電話に出ると、突然の契約解除を言い渡された。
「だってお前、学校でいじめをやってるんだろ? でもって中学の時に人を殺してるんだろ? そんな奴を使ったらこっちの看板に傷がつくじゃないか。
とてもじゃないけど、そんな奴とは契約なんて出来ないね。とにかくお前に仕事をやってもらうのはもう無理だ。諦めてくれ」
ブツリ ツー、ツー、ツー……
通話が切れた。
……凛香のせいだ。全てあの女のせいだ。アイツがオレに逆らったからこうなったんだ。
オレは被害者だ。オレは何も悪い事なんてやってねえ。全部、全部あの女のせいだ。
凛香が退学になって2日後。相変わらずニュースは林太郎の通う学校の話題を取り上げている。
名前こそ出なかったが生徒への取材で皇帝が昴をいじめていた件もバレて事態は悪化する一方だった。
皇帝はSNSのアカウントを消して逃亡、校長の家や学校の職員室には連日連夜抗議の電話が殺到する。
そのさなか、七菜家に「招かれざる客」がやって来た。
時刻は朝。家族のだれもが朝食を取っていたその時だった。
ピンポーン
七菜家のインターホンを誰かが押した。
「はーい」
手の空いていた凛香が出るとそこには……。
「いよう愛しのハニー、会いたかったぜ」
右手に銃刀法に違反している大型のコンバットナイフ、左手にかなづちを持った皇帝がいた。
表情は笑顔だが、どこか寒気がするものであり、いわゆる「イカレてトンでしまっている」表情であり「無敵の人」つまりは「罪を犯すことに何のリミッターも無い狂人」の物だった。
「!! お父さん! お母さん! 警察呼んで! 絶対に開けちゃダメだから!」
凛香は必死の声で叫ぶようにそう言うが……。
「何だぁ? 警察を呼ぶだぁ? 酷いこと言うなぁ皇帝ちゃんは傷ついちゃったよぉ。そんなこと言うならボクちゃんやっちゃうぞぉ!?」
そこまで言うと皇帝は持っていたハンマーで居間の窓ガラスをぶち破り、家に押し入ってくる。
ガシャァン!
という大音と共にガラスが砕け、鍵を開けるとコンバットナイフを向けて凛香めがけて突っ込んで来る!!
妹たちの悲鳴が聞こえる中、侵入者に対し林太郎が立ちふさがる!!
「何するんだテメェ!」
「死ねやあああああ!!!!!」
コンバットナイフを突き出す皇帝相手でも林太郎はひるまない。
刃物が突き刺さる直前に身体を右方向にサイドステップを踏んでナイフを避ける。
直後、相手の腹に左のストレートを叩き込む。直撃で一瞬体が浮きそうなほどの衝撃をもろに食らう。並の人間ならこれだけでも意識は飛んでいただろう。
次いで右のアッパーカットを繰り出す。狙い通り相手のアゴを捉え、一気に振り上げると相手の脳天に衝撃が走る。
ボディとアゴにボクシングジムで鍛えている林太郎の拳が直撃。相手はその場で気を失って大の字になって倒れた。
後頭部をゴン! という音を立てて床にたたきつけるおまけ付きで。
あまりの出来事に誰もが目の前で起きた事への理解が進まない中、林太郎は父親に声をかける。
「警察を呼んでくれ。これもう殺人未遂事件だからな」
銃刀法違反や不法侵入に加えて、殺人未遂……もう彼はマトモな生活を送ることは出来ない。少なくとも高校は退学で少年院に送られるだろう。
皇帝陛下の崩御である。
「何ぃ!? 皇帝君が!?」
皇帝の逮捕の一報はすぐに高校の校長のもとに届く。
「校長先生、もう我々の手では皇帝君をかばい続けることは出来ませんよ。もう彼をかばっていた事を公表しなくては……」
「それだけは絶対に出来ん! シラを切りつづけろ! 1ヵ月もすれば鎮静化する! 皇帝君だけのためじゃない! オレの出世もかかってるんだ!」
校長は最後の最後まで皇帝の味方になるつもりらしい。その入れ込み具合に教師の間ですら呆れていた。
それに、いじめがあったと認めると教育委員会などへ「天下り」が出来なくなり、甘い汁をすすることが出来なくなるので彼も必死だ。だがそれも長くは続かない。
「速報です。連日お伝えしている茨城県立葉山第一高等学校の事件で動きがあったようです。
警察は公務員職権濫用罪をはじめとして、佐藤校長ら学校関係者数名に逮捕状を取ったとの事です。
繰り返します。連日お伝えしている葉山第一高等学校の事件で警察は公務員職権濫用罪をはじめとして、佐藤校長ら学校関係者数名に逮捕状を取ったとの事です」
佐藤校長はスマホで見た昼のニュースにそう流れていた。もうそこまで事が進行しているらしい。
「……すまん、急に体調が悪くなった。後は任せる」
「!? え? 校長先生何があったんですか!?」
「体調が悪くなったから早抜けすると言ったんだ! とにかく帰る!」
特に体調が悪そうなところも無いくせに急にそう言いだして彼は学校を後にした。
1階建ての平屋である1人住まいの自宅に戻ってくると荷物をまとめ始める。どこか遠い所に行って高跳びすれば何とかなるかもしれない……そんなわずかな希望にすがりながら。
だが百戦錬磨の国家権力は全てお見通しだった。校長が自宅に戻って来たのを確認すると張り込みをしていた刑事たちが家の出入り口を封鎖し、逮捕状を持って玄関のインターホンを鳴らす。
校長が出ると……。
「警察だ。開けてくれないか? お前に逮捕状が出ているんだ。知らないなんて言わせないからな」
刑事が逮捕状片手にそう言ってきた。それを聞くや校長は荷物を持って弾かれるように裏口めがけて走りだす! が、開けた瞬間別の刑事が待機していて校長を押さえつける。
「ここだ! ここだ! 来てくれ! オラッ! 大人しくしろ! 暴れるんじゃねぇ!」
「午後0時41分、公務員職権濫用罪で逮捕だ!」
次いで校長も逮捕される。後に実刑判決が出て天下りの夢も消え去ってしまった。




