第70話 凛香退学
林太郎と凛香が通う学校の校長は、朝食を終えてモーニングコーヒーを優雅に飲みながら朝のニュースを見ていた。
「では最初のニュースです。茨城県立葉山第一高等学校において、校長を含めた教師がいじめを隠ぺいしている疑惑があると分かりました」
ブハーーーッ!!
その第一報を聞くや、葉山第一高等学校の佐藤校長はコーヒーを盛大に噴き出していた。
『お前は大学に行きたくないのか!? 今時大学を出てない奴なんてゴミクズのカス以下だぞ!? どこも雇ってはくれないぞ!? 退学になったら最終学歴が中卒になるんだぞ!? 分かってるのか!?』
『高校は日本全国に4000校以上もあるそうなので『どうしてもここに通わなくてはならない』理由なんて無いんですよ。退学になっても別の高校に転入すればいいだけの事です。
それに高校に通わなくても高卒認定試験に受かれば大学には行けますので退学にしたければどうぞご自由に』
校長室での会話が全部漏れていた……全国区のニュース番組に。となると日本中の人間が知っていることになる。さらには……。
『別に構わないさ『オレ達が見ている前で〇〇(名前)がオレのスタンガンを奪って自分に向けて使ったり、レンチに自分から頭をぶつけて自殺した』って言えば良いし、
万一それが通じなくてもオレ達は無敵の未成年だから問題ねえだろ? こんな不良なんていうカスなんて死んだって誤差の範囲内だろ?
っていうかそもそもオレは中学で人殺してるんだぞ。今更死んだ人間の数が増えたところでどうってことねえよ』
皇帝の人殺し自慢もバッチリ報道されていた。
「!! り、凛香の奴、本当にやりやがった!!」
「警察は高校内にいじめがあるとして捜査を進めているとの事です。
本日はいじめに詳しい野木教授に話をお聞きしたいと思います。本日は朝早い中お越しいただきありがとうございます。よろしくお願いし……」
そこまで聞いてリモコンのチャンネルボタンを押した。チャンネルを変えるが、どのニュース番組も自分の学校の話をしていた。
胸糞わるい朝となったが家を出ようとしたときに追撃が入る。
「? 何だ?」
校長が学校に向かおうと自宅を出た、その直後だ。
バシャッ! バシャッ! バシャッ! バシャッ!
家の前にいる群衆からカメラのフラッシュが焚かれると同時に、テレビや新聞の記者がマイクを持って一斉に彼のもとへと群がる。
「佐藤校長! 世間に出回っている発言について何か一言お願いします!」
「佐藤校長! いじめ加害者をかばったという話は本当でしょうか!?」
テレビや新聞の人間がまくし立てるような早口で質問攻めにする。だが校長はそれを無視して一言も発せずに車に乗り、学校へと向かった。
許さねえ……全国各地に「いじめ被害に関わる生徒を退学にするぞと脅した」という醜態をさらした罪は重い。目を血走らせながら1年1組の教室へと向かった。
テレビや新聞の記者を相手にして時間がずれ込んでしまったのか、教室では既にホームルームが開かれていたが、そんなのどうでもいい。
バン!
と勢いよく教室の扉を開けるなり、彼は叫んだ。
「凛香ーーー! 退学だーーー! お前は! 本日をもって! 退学だ! オレの全権限を使って! お前を! 退学に! してやる!」
1年1組担任の岡田先生はもちろん、クラスメートも多くが呆然としていた。
「校長先生もあろうお方が職権乱用かい? ニュースで報じられて正気でいられなくなったのか?」
「何だ林太郎! 文句あるのか!? お前も退学にしてやろうか!? オレはこの学校の校長だ! 生徒を退学に出来る権限を持ってるのはオレなんだぞ!?」
もはや安いマンガに出て来る「持って数コマ」で主人公様に成敗される、名前すらない雑魚キャラと同じ動きをする校長。哀れであり、同時に無様だ。
許さない! あの可愛い皇帝君に泥を塗らせるだなんて絶対に許せない! いじめを公表するという「天下り」が出来なくなることをするだなんて絶対に、絶対に! 許さない!
校長は全権限を持って凛香を退学させ、その後処理をしていた。
ただひたすらに皇帝君と自分に泥を塗らせた凛香に、おおよそマトモな人間の物とは思えない殺意を抱いていた。
「こんにちわ。お昼のニュースです。
まず速報です。茨城県立葉山第一高等学校の事件で佐藤清正校長は今朝、いじめの隠ぺいを内部告発した生徒を退学処分にしたとの事です」
当然、その事件は全国区のニュース番組ですぐさま取り上げられる事となった。
「いじめに詳しい野木教授に話をお聞きしたいと思います。野木さん、校長の権限で特定の生徒を退学処分に出来る物なのですか?」
「今回のケースでは公務員職権濫用罪という罪に問われる可能性がありますね。
いじめの隠ぺいを告発したことへの報復行為でしょうから、校長が有罪になる可能性は極めて高いでしょう」
どこのテレビ局も葉山一校のいじめ問題をトップニュースで報道していた。
一方その頃……
「そうですか。そんな事があったんですか」
学校を退学にされ自宅に戻っていた凛香は父親と、事情を話した弁護士と一緒に警察署で話をしていた。
皇帝の手で兄が暴行された事、校長や教頭が彼をかばって自分を退学処分にした事、その全てを話していた。もちろん、ボイスレコーダーで録音した音声も一緒に提出する。
「分かりました、こちらで捜査を進めます」
物証もあり弁護士が一緒なのもあって警察署の職員は話を親身に聞いてくれていた。これで事件は一気に片付くだろう。
「ありがとうございます。わざわざ警察署まで出向いてくださって」
「構いませんよ、私の仕事はこういう仕事ですから。何かあったらまた連絡してください」
凛香親子は一緒に話をしてくれた弁護士に一礼し、彼が駐車場を出て行くのを見送っていた。




