第68話 皇帝(かいざー)によるしつけ
「凛香お姉ちゃん、聞いたわよ。悪い奴に目を付けられているんだって?」
自宅に帰ってくると凛香は『林太郎の画びょう事件』をなぜか知っている、妹の姫から話を聞いていた。
通ってる学校が違うというのに、もう話が行ってるのか。妹の情報収集能力の高さに驚いていた。
「役に立つ時が来なければいいけどこれ、お守り代わりに持っていて」
そう言って姫は姉に『ボイスレコーダー』を渡した。お守りであって欲しかったが、役に立つ時はすぐに来た。いや「来てしまった」とでも言うべきか。
翌日の昼休み、林太郎がいつものようによそのクラスを巡回しようと廊下を歩いていた、その時だった。
「!?」
突如後ろから皇帝の取り巻き達が襲ってくる!
バチバチバチバチ!!
相手は一切迷うことなくスタンガンを押し付けてくる。
「ぐあああああ!?」
普段ボクシングジムで鍛えているとはいえ、さすがにスタンガン相手には無力だ。
彼はその場で拘束されてしまう。
他の生徒や先生も見ていたが「クラスメート受け」や「教師受け」がすこぶる良い皇帝君のやってる事だから。と誰もが無視していた。
「♪~♪♪」
凛香のスマホが鳴る。林太郎からの発信だ。彼女は特に気にすることなくそれに出る。
「もしもし、お兄ちゃんどうしたの?」
「はいはーい。お前のご主人様である皇帝様だよー」
林太郎のスマホを操作していたのは、皇帝だった。
「あんた何をしてるわけ!?」
「凛香、理科室隣の男子トイレまで来い。じゃねえと『お兄ちゃん』の命はないぞ」
「ちょ、ちょっと皇帝! それってどういう意味で……」
ブツリ。ツー、ツー、ツー。
通話はそこで切れた。凛香は不良グループに声をかけた。
「!? 何だって!? 林太郎が!?」
「ウソだろ!? あの林太郎が!?」
不良の中でも武闘派の林太郎が捕まる? にわかには信じられなかったが、皇帝のやる事だ。何かあると思って彼らは動き出す。
凛香は姫からもらったボイスレコーダーをオンにして不良たちと一緒に理科室隣の男子トイレまで向かった。
皇帝から指定された場所……授業中ならまだしも、昼休みは理科室みたいな特別教室のある棟は人影がまばらで何か良くない事をするにはうってつけの場所だった。
男子トイレのドアを開けると、そこにはレンチを持って武装した下っ端2名により拘束された林太郎と、皇帝が立っていた。
「!! 林太郎! 皇帝! 林太郎に何したの!?」
「オイ凛香。1人で来ないとはどういう事だ? お仕置きが必要だな」
皇帝はそう言うと、スタンガンを林太郎のノドに当てた。
バチバチバチバチッ!!
「あがががががが!」
林太郎は苦痛で身体を歪ませる。
「もう止めてよ! それ以上やったら本当に林太郎が死んじゃう!」
「別に構わないさ『オレ達が見ている前で林太郎がオレのスタンガンを奪って自分に向けて使ったり、レンチに自分から頭をぶつけて自殺した』って言えば良いし、
万一それが通じなくてもオレ達は無敵の未成年だから問題ねえだろ? こんな不良なんていうカスなんて死んだって誤差の範囲内だろ?
っていうかそもそもオレは中学で人殺してるんだぞ。今更死んだ人間の数が増えたところでどうってことねえよ」
「か、皇帝、アンタ正気なの!?」
「もちろんだとも」
……怖い。凛香にとって彼は恐怖そのものだった。
(凛香さん、大丈夫だ。俺たちがいる)
(……ありがとう)
彼女は林太郎の友人たちに励まされ、何とか気丈に振るまう。
「とりあえず服従の証として、オレにキスしろ」
凛香は皇帝の命令に対し1歩1歩、踏みしめるように歩き、そして…………。
ドゴッ!
皇帝の股間を思いっきり蹴り上げた。男の急所を直撃、である。
「お……おおお……てめ……」
彼は凄まじい激痛にその場にうずくまり、息をするのもやっとなくらいに悶える。
「!!」
皇帝側の人間が彼に注目した、その瞬間に林太郎は振りほどいて凛香と不良仲間の所に駆け出す。
ついでに相手が落とした自分のスマホを回収するオマケ付きだ。
「交番だ! 交番まで行くぞ!」
一同は一斉に学校を抜け出し、交番まで走りだした。
「皇帝さん! どうします!? 追いかけますか!?」
「いや……やめろ……」
スタンガンやレンチを持った皇帝側の人間は公の場に出ると分が悪い。学校の先生全員彼に甘いが、あくまで学校内の話。うかつに表に出るわけにはいかなかった。
凛香たちは無事に逃げ切り学校最寄りの交番に駆け込んだ。
「!? 何だ何だ君たちは!?」
「お巡りさん! ちょっと追われてるんです! かくまってください!」
「ちょっと待ってくれ! そんなにいっぺんに来ても困る! 順序良く説明してくれないか!?」
「あ、ああ。分かった。事の発端は……」
当事者である林太郎は語り始めた。
「!! そんな事が! わかった。私が学校側に話をしておくから、君たちは親を呼んで家まで送ってもらいなさい。荷物も後で届けさせるから安心してくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
結局林太郎たちは家に連絡を入れて、今日は帰ることにした。
ダダダダダダダダ……
ガチガチガチガチ……
林太郎と凛香の事情を知ると姫がエンジン全開、フルスロットルで動き出す。パソコンのキーボードをたたく音とマウスをクリックする音が高速で部屋に響く。
「よし、皇帝なる相手の両親が務めてる会社の上司、並びに親戚の名前と住所、全部わかったわ」
「か、会社の上司まで!? 映画に出てくるハッカーかお前!?」
妹である姫のやったことに林太郎は度肝を抜かれる。マンガや映画に出て来るハッカーのやってる事だ、これっぽちも現実味がない。
「ネットに詳しければこれくらいの事はラクショーで出来るよ。まぁ詳しい事は「企業秘密」ってやつだけどね。下手に公開したら悪用されかねないし。
で、あとは「コイツ」をバラまけばミッションコンプリートってやつだね」
そう言って姉が録音したボイスレコーダーで録音した音声データをコピーしたマイクロSDカードの束を指さす。
「徹底的にやるんだな」
「もちろん。お兄ちゃんに手を出したら倍返しで済むなら『慈悲深い』わ。戦いにやりすぎなんて無いのよ」
姫の前髪で隠れていない口がニヤリ、とした笑みを浮かべていた。




