第64話 ボーイミーツガール
10月の第1土曜日。林太郎と凛香の通う高校では文化祭が行われていた。
生徒の家族たちも大勢やって来て賑わいを見せていた。
「オーダー入ります! マルゲリータにベーコンピザ1枚ずつ!」
「ッシャアアア!」
林太郎は調理室でピザを焼いていた。
先生が持ってきた冷凍庫の中にしまってあるピザ生地を取り出し、注文の品と合うよう具材やチーズ、それにトマトソースをトッピングする。
そしてクラスに下りた予算で購入した市販の電気式のピザ窯2台で、注文されたピザを焼いていた。
時刻は11時半。腹をすかせた客が集まる時間帯だ。
「林太郎、お前の妹たちが来てるそうだ。話してきたらどうだ?」
「あ、ああ分かった。ちょっと抜けるわ」
林太郎は使い捨てのビニール手袋とエプロンを脱ぎ、妹たちの所へと向かう。待っていたのは姫と明だ。
「よぉアニキ、見させてもらったぜ。しっかり働いているんだな」
そう言う明は珍しくスカートをはいていた。こういう晴れの舞台にはスカートをはいた方が絶対に良い! と姫をはじめとした姉たちに押し切られる形で着たのだ。
「よう姫、それに明。明がスカートはいてるだなんて珍しいじゃないか。似合ってるぜ。
俺みたいな不良がピザ焼いてる所だなんて見てても面白くないだろ? 凛香は店でウェイトレスやってるからそっちに行ったらどうだ?」
「妹としては兄が頑張ってる所を見るのは当然じゃない。真面目に仕事してる男って女としてはグッと来るのよね」
「へぇ、そういう物か」
いわゆるウェイターやウェイトレスといった飲食店の花形はカースト1軍の独断場。林太郎のような3軍は裏方仕事が相場だ。
「じゃああたしらはお店に行ってお姉の様子見て来るから」
姫は明を連れてピザ屋をやっている1年1組の教室へと向かった。
妹たちを見送った後、林太郎はピザを焼き続ける事、さらに1時間。
「林太郎、お疲れ様。後は俺たちがやるから」
「わかった。後は任せたわ」
時刻は12時半。文化祭が始まってから休憩は挟んだものの通しでピザを焼き続けた林太郎は中々に働いていた。
あとは他のメンバーにバトンタッチとなったのでまず自分たちの店へと向かう事にした。目的はもちろん……。
「あ、林太郎!」
ウェイトレスを務める凛香の晴れ姿を見るためだ。
いわゆるコスプレ衣装で派手さを重視したものなのだが彼女の身体に合うよう微調整されており、かなり様になっていた。
「ど、どう? 似合ってる?」
「ああ、バッチリだぜ。本物の飲食店の店員みたいだぜ」
「ふふっ。そう言ってくれてありがとう」
そんな2人の仲を裂くように、問題大ありの客が来店してきた。
鮮やかな茶色をした自毛が目立つ、現役のモデルとして活躍しているほどの美形が脇侍2名を連れて1年1組の出し物であるピザ屋にやって来た。
林太郎はその顔をみるや、警戒心と嫌悪を最大限に高める。
「皇帝、一体何の用だ?」
「林太郎、こりゃまた随分とおかしなことを言うじゃないか。お前のクラスはピザ屋やってるんだろ? ピザが食いたいから寄っただけさ。他に何か理由が必要か?」
「……チッ。確かにそうだな」
相手の事は気に入らないが、道義はある。林太郎は道を譲るしかなかった。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」
「へぇー……うわさに聞いてたけど、かなりの上玉じゃねえか。確か凛香とか言ったな、オレの女になれ」
皇帝は凛香を見るなり、偉そうな態度を一切崩さないまま、そのセリフを吐いた。
「何でアンタの女にならなきゃいけないのよ?」
「オレの女になれるんだぜ? 最高の名誉じゃねえか、何が不満なんだ?」
「アンタみたいな男はお断りします。それに告白したけりゃ他の子にしてくれない? 私彼氏いるのよ?」
「そんな男捨てろ。オレで満足させてやるから」
『私には彼氏がいる』と言った凛香に対し即座に『そんな男なんて捨てろ』という暴言以外の何物でもない発言を、皇帝はそれが当たり前だ。と言わんばかりの態度でほざく。
「は? 何言ってんのアンタ。何言ってるのか理解してるの?」
「たった今から凛香、お前はオレの女だ。それともオレの命令が聞けねえってのか?」
「ハァ!? バカじゃないの? 何でアンタなんかの命令に従わなきゃいけないのよ?」
「俺は同じ女に1度しか告白はしない。2度目以降は命令だよ。俺の女になれ。これは命令だ、逆らうんじゃねえ」
「そこまでだ皇帝」
もめ事を見ていた林太郎が2人の間に割って入る。彼は皇帝の腕をつかんでひねり、押さえつける。
「店員を口説きたければ営業時間外でお願いできますか? それとお前は出禁だからな。2度とウチに来るなよ?」
「いででででで!! テ、テメェ! 何様のつもりだ!?」
「営業妨害するなら容赦しねえぞ。1回目だから出禁程度で済ませてやるが、2回目以降やるとしたら本気でシメるからな」
「わ、分かった! 分かったから放せ!」
「分かったって、何が分かったんだ?」
「店にはもう寄らないから!」
相手の話をそこまで聞くと、林太郎は腕を放した。
「テメェ! オレに手をあげたことを後悔させてやるからな!」
負け犬が言うお決まりの捨て台詞を吐いて去っていった。
この時はまだ良かったが後に「凛香が学校に居られなくなる程」の大問題に発展するとは、思っていなかった。




