第63話 スカート
明が姫の昔話を聞いた翌日。
休日だったので明は母親の江梨香に連れられ、生理用ナプキンやサニタリーショーツを買いに来たのだ。
「ハァーア、女ってめんどくせえな。なんでこんなもの付けなきゃいけねえんだよ」
生理用ナプキンにサニタリーショーツ。今まで見向きもしなかった、いや正確に言えば「見るのを避けていた」品に明は困惑していた。
「明ってば『おりもの』が出たのに全然言わないじゃない。洗うのちょっと手間がかかってたのよ?」
「……今までは生理なんて来なければいいのに、ってずっと思ってた。それが来たらオレは女になっちゃうからずっと嫌だった。だからおりものが来ても無視してたんだ」
「あら、明にしては珍しく素直じゃない。昔はその手の話すると怒鳴りながら否定してたのに」
「もう生理が来ちまったんだからしょうがないだろ?」
彼女は生理が来るようになって、ようやく生理用品に目が向くようになっていた。より正確な表現にしたら「観念した」とでも言うべきものだったが。
「明は今の所スポーツやってるから羽根つきがいいわね。動いてもズレにくいし。あとこのショーツはどう? 綿100%だって」
「サニタリーショーツ、って言ったっけ? なんか……妙な肌触りだよなぁ。あー、めんどくせえ」
明は展示品を触りながらその肌触りを確かめていた。
彼女は服を買うのが苦手だった。
身体が大きくなっている最中だから実際に着てサイズを確認しないと、合っているかどうか分からないため店では何度も服を脱ぎ着することになるがそれが苦手で、そのせいかおしゃれにも一切関心がなかった。
以前姉の霧亜が乙女ゲームに混じってモデルのファッションコーディネートをする、いわゆる着せ替えゲームを遊んでいたがどこが楽しいのかさっぱりわからなかった。
「これでオシャレにも興味が出てくれればお母さんとしては助かるんだけどなぁ」
「母ちゃん、期待しすぎだよ。服なんて暑さ寒さをしのげればいいだろ?」
「……」
母親の江梨香はハァッ。とため息をついて「やれやれ」というジェスチャーをする。まだまだ女の子と言うわけにはいかなさそうだ。
「母ちゃん。オレがこうやって生理用品に目が行くようになっただけでも変わっただろうが。そこを褒めろよなぁ。オレは褒められると伸びるタイプなんだぜ?」
「……そうね。前は生理用品なんて見向きもしなかったから十分進歩してるわね」
「珍しいな。母ちゃんがオレの言う事あっさりと認めるだなんて」
「本当の事じゃない。明も悪い気持ちにはならないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
親子でそんな話をしながら買い物は終わった。
自宅に帰ってくると明は自分の部屋でタンスと「ひともんちゃく」していた。
視界の中に入らないように故意にタンスの一番奥にしまってあったタータン柄のスカート、それを取り出したのだ。
「……」
ついさっき買ってきたサニタリーショーツとそのスカートをはいてみたのだが……。
「うわ、スースーする。女ってこんなものはいてるわけか? パンツ見えちまうぜこんなのはいてりゃ。それに何だこのパンツ? 変な肌触りだなぁ」
鏡の前には顔は少年のようなもので、その顔とは明らかに不釣り合いなスカートをはいた少女の姿があった。
(……誰か、いる)
何者かの気配を察知した明は自分の部屋のドアを開けると、向こう側には姉や母親がずらり、と並んでいた。
「……何やってんだテメェら?」
明の顔面は怒りでヒクヒクと引きつっていた。
「いやぁ、明ってばついにスカートはくようになったのね。長かったわぁ。お母さんの結婚式でもドレス着るの最後まで抵抗してたのと比べれば飛躍的な進歩してるわねぇ」
「姫姉さんもボクも明があまりにも女っ気が無いのをずっと気にしてたんだぞ? まぁスカートをはくようになって安心したけどな」
「やっと明も女の子になれたってところね。お母さん安心してるんだから、ね?」
姉や母親は明からしたら「言い訳」にしか聞こえない事をすらすらと言うが……。
「見せ物じゃねえんだぞ! 出てけ!」
明の雷が落っこちた。




