第62話 姫の過去
「……と、いうわけだ」
その日の午後10時ごろ、林太郎は明から聞いた話を、家族間に打ち明けた。
リビングで黙って聞いていた家族たちは納得すると同時に、何故明があれほどスカートを嫌がっていたのか、なぜスポーツに打ち込んでいるのかが分かった。
「そう。そういう事だったのね」
「ああ。スポーツやってるのも多分体力で男に追いつくためにやってる事なんじゃないのか?」
「だからあれだけスカートはくのを拒否してたわけね。お母さんの結婚式でへそ曲げてたの気になってたんだけど」
妹たちや母親からはそんな感想が出てきた。
「ねぇ、私も明の説得をしてもいいかな?」
そんな中、姫が提案する。林太郎に次いで彼女も説得するのだという。
「姫姉さん、大丈夫? 明ちゃんの説得とか本当に出来る?」
「ふっふっふ。お姉さんに、まっかせなさーい」
彼女は雪が心配する中、堂々と言ってのけた。心なしか、髪の毛に隠れた目が光ったような気がした。
「ただいま」
翌日、サッカークラブの練習を終えて明が帰って来た。自室に戻ると……中に姫がいた。
「!? ひ、姫姉!? 何でオレの部屋に!?」
「明、話は聞いたわ。女だってだけで育児放棄されたんですって? 辛かったでしょ。お姉ちゃんも似たような体験したからよく分かるわ」
「姫姉、アニキから聞いたんだな」
「うん。言わないと『お兄のSNSで流した恥ずかしい発言を発掘して何回でも流すよ』って脅したから、あたしが全面的に悪いんだけどね」
嘘も方便だ。本当は脅迫などはしていないが、林太郎をかばうためにあえて正しくない嘘をついたのだ。
「明、ちょっとお姉ちゃんの昔話に付き合ってくれる? 明にも関係のある事だからさ」
「姫姉の昔話? ま、まぁ別にいいけどさ」
姉の昔話。さっき言った「お姉ちゃんも似たような体験をした」という言葉がちょっとだけ気になった明は素直に話を聞く姿勢を見せてくれた。それを見た姉は語りだした。
◇◇◇
姫の両親は「国語の教科書が愛読書」と言えるくらいの「超がつく」程まじめな人間だった。
学校の規律に従い模範的生徒として過ごし、共に公務員として働いていた時に出会い、結婚し、姫を産んだのだ。
だが……。
「来週もまた見てくださいね。ジャン、ケン、ポン! うふふふ~」
「パー、パー」
ザザエさんのじゃんけんの手を口にしながら彼女は自分の部屋に戻る。
机の上にあったノートには5歳の頃からとり始め、まもなく1年になろうかというザザエさんじゃんけんの手が記録されていた。
不審に思った彼女の母親がそれを見ると、顔色が一気に変わった。
「姫! 何なのよこれは!」
姫の母親がザザエさんのじゃんけんの統計を記録したノートをビリビリに破り捨てた。
「お゛か゛あ゛さ゛ん゛の゛は゛か゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
姫は大切な物を無残にも破り捨てられギャン泣きだ。
「姫! あなたはお母さんが好きなの!? それともこんなくだらないアニメが好きなの!? どっちなの!?」
散々迷いに迷い続けた挙句、姫は最大限の勇気を振り絞って答えた。
「決められないよ……どっちも同じくらい大事だから、決められないよ!」
泣きながらそういう姫に向けて、彼女の母親はビンタを食らわせた。
「姫! あなたは私たちが「アニメなんか」と同じだと言いたいの!? わかりました! そんなこと言うのならお前は私の娘じゃありません!!」
姫の母親はこれ以上ないという位に怒り、娘を拒絶した。
「お母さん、お弁当は?」
幼稚園に通っていた姫は母親にお弁当はどこだと聞くと、彼女は娘の顔面に菓子パンを投げつけた。
「……」
力なく彼女はそれを持って家の近くにやって来た幼稚園の送迎バスに乗り込んだ。
(……おかしいわね)
姫が所属する組の先生は、ここ数日彼女の弁当が急に菓子パンに変わっていたのに気づいていた。何かある……直感がそう告げていた。
「先生さようなら! みなさんさようなら! また明日会いましょう!」
1日が終わり、園児たちはバスに乗って帰る時間となった。その時だった。
「姫ちゃん、帰るのは待って。先生と大事なお話があるから」
「先生と?」
夕日が差す教室で、先生と姫は2人きりで話し合いが行われた。
「最近、お父さんとお母さんとの間で、何かあった?」
「お母さんとケンカして、お前は私の娘じゃない! っていわれてそれっきり……」
「……!!」
明らかに「虐待」だ。それこそ「育児放棄」という名の……虐待だ。
その先生は「正義感」と「行動力」のある先生だった。
すぐさま周囲にその話を持ち込み、幼稚園と姫の両親、それに裁判所や児童相談所など数多くの組織を巻き込んだ大騒動にしてくれた。
その甲斐があって、姫は両親から引きはがされ、児童育児施設に隔離されることが出来た。
その後七菜家に引き取られ、今に至った。
◇◇◇
「酷ぇ親だな」
「ええそうよ。理想とは正反対の娘だったから人間扱いしてくれなかったのよ……『製造責任』を果たさなかった、酷い親よ。
明の両親も明が『女だから』っていう理由で虐待してたのと一緒よ。そんな『親の責務を背負ってない人』だなんて犯罪者と断言してもいいわ。
そんな人たちに今更好かれようだなんて思わなくていい。親と言ってもタダの人間だからダメな親だっていくらでもいるわ」
姫の話は続く。
「それに、別に子供は親の期待に応えられなくてもいいのよ。そんな義務も法律も日本には無いんだから。子供は親の期待を裏切って当然だし、落胆させるのも仕事の内なんだから。
良く親が自分が果たせなかった夢を子供に託す。って美談として語られることが多いけど、あれって最悪だから。
『お父さんやお母さんのために頑張る』ってのを続けるとどこかでガタがくるし、最悪「夢を叶えた瞬間に次の目標が無くなって燃え尽きる」なんてこともあるのよ。
だから、子供の性別で落胆する親なんて別れた方がいいわ」
「……」
明は黙っているままだが戸惑っている様子もなさそうなので姫は話をさらにつづけた。
「今は本当の親よりもマトモなこの家に拾われたんだから、それでいいじゃない。
無理に本当の親に好かれようとしなくても良いんだから。明の場合なんて『女である』っていうただそれだけで疎まれたんでしょ? そんな親に無理してついていかなくてもいいわ。
明は『親ガチャ』でハズレ引いたけど引き直して今のこの家に来れたからいいじゃない」
「姫姉……アニキと同じこと言うんだな。アニキも『親ガチャでハズレ引いて引き直しでこの家に来れたからいいだろ?』ってさ」
「へぇそうなんだ。お姉ちゃんとしてはお兄ちゃんとは同じ意見で、無理してまで親に合わせる必要なんて無いわ。ガチャでハズレを引いたぐらいに思ってOKだから、ね?」
「わかった、そうするよ……そう思う事にするよ」
「うん、通じてくれて良かった。それと、勝手に明の部屋に入ってごめんね。じゃあね」
姉は妹の部屋に勝手に上がり込んだことを謝りながら出て行った。




