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第57話 お彼岸と昔話

 七菜(ななな)家最寄りの駅から電車に乗る事20分。そこから歩く事さらに10分。

 お彼岸の季節なのか線香の香りが強くするお寺へと休日なのに制服を着た霧亜(きりあ)はたどり着いた。


西城(さいじょう)家代々之墓」


 という文字が刻まれた墓石に彼女は手を合わせ、菊の花と線香を手向けていた。

 彼女の本当の両親と、祖母が眠る場所だ。


(あーあ。お盆に来たばかりなのにもうクモの巣が……)


 1ヶ月ほど前のお盆に掃除したばかりなのに、もう汚れている。いつもの事だがため息が出る。

 通学カバンの中に入れて持ってきたタオルとペットボトルの水を使って墓石を磨き、周囲の雑草も抜く。

 ようやくきれいになったところで……。


「おお、君は……そうだ、霧亜ちゃんじゃないか? しばらく見ないうちに随分と背が高くなったじゃないか」


 彼女の後ろからしわがれた声が聞こえたので振り返ると、袈裟(けさ)を着た老人がニコニコしながら立っていた。この寺の住職だ。


「元気そうでなによりですね。そう言えば会うのは昨年の春のお彼岸以来ですから半年ぶりですね」

「霧亜ちゃんの家族は確か5人姉妹だと聞いているが、妹や姉たちは元気かね?」

「はい。今では義理の兄や父親もいます」


 霧亜は笑っていた。普段の彼女からしたらあまり見せない表情だ。


「ほほぉ、随分と大御所な家族だな。それにしてもはっきりと覚えているよ、霧亜ちゃんの時は大変だったからなぁ。

 家族が全員コロナウイルスで死んだときは世界中が大混乱の最中(さなか)で、死に際を看取(みと)る前に遺族の死体は葬式もせずに火葬して墓の中だったから、

 きちんとした別れが出来なくて、泣いてすらいなかったよ」

「ああ、あの時の話ですか」


 霧亜は過去を思い出す。今でもはっきりと、昨日起きた出来事であるかのように覚えていた。




◇◇◇




「霧亜ちゃん、治って良かったねぇ。しかも後遺症も無いから安心したよ」


 ……助かったのが「良かった」事?

 その日、当時9歳だった私を含めて家族4人……父さんと、母さんと、おばあちゃんと、私。4人全員コロナに罹って入院した。

 幸い病床が空いていたため全員入院できたが、みんな死んだ……私を除いて。なんで、私だけが? なぜ私だけが生き残らなくてはならなかったの?


「……私は、正直言って後遺症も無く助かったことが良い事だと思えないんです。むしろ助からなかった方が良いかもしれないんです。

 何で家族はみんな死んで、私だけが生き延びなくてはいけないんですか? 一緒に死ねばみんなと仲良く天国で暮らせたかもしれないのに」

「霧亜ちゃん! そんな事言わないの! 生きてさえいればいい事もたくさんあるからそんなこと言っちゃダメだよ!」

「じゃああなたはこれから幸福な事が起きると保証してくれるんですか!? そんなのが絶対にあるとなぜ断言できるんですか!?」

「それは……でもこのままずーっと死ぬまで不幸でいつづけることも無いでしょうに」


 当時はそんなのらりくらりと避ける病院の看護師や医者に強い怒りを覚えたものだ。

 家族を全員、新型コロナウイルスで亡くした私は施設に預けられた。

 そこにいた頃は常に死にたかった。ただ生きてるだけ。死んでいないだけで、ただ生きてるだけ。そんな生なんて何の意味もない。いつもそう思っていた


 ある日ふと決めた、電車にはねられて死のう。そう思って私は最寄りの駅に向かい切符を買って、急行列車の通る線路のあるプラットホームに下りて行った。しかし……。


(!? 何これ!? この間まで無かったと思ったのに!)


 その駅の全てのプラットホームには、前に来た時には無かったホームドアが設置されていた。当然とっさの飛び込みは不可能で、無理に飛び込もうとしても車掌に気づかれブレーキをかけられるのがオチだ。

 その時の私は諦めるしかなかった。




「……」


 別の日、私は歩道橋の上から道路を見下ろしていた。県の動脈に当たる国道に近いのかそれなりの速度で頻繁に車が行き交いしている。

 あのトラックの目の前に落ちたら死ねるのかな? そう思って靴を脱いで揃え、歩道橋の上から飛び降りようとした、その時!


「待て!」


 いきなり首根っこをつかまれグイッ! と後ろに身体が引かれる。振り向くと男のお巡りさんが険しい顔をしていた。


「詳しい話は交番でしようか」

「え? お巡りさん? 何で?」

「いいから来なさい!」


 その後、お巡りさんからお説教を受けて施設の人を巻き込んだ大騒動になってしまった。


「霧亜ちゃん! バカな真似はしないで!」

「……でも生きてたって何の得も無いでしょ? そうじゃないって言うのならいつ良い事が起きるか教えてよ? 出来ないでしょ? 出来もしない事を言わないでよ」

「霧亜ちゃん! そんなこと言わないの!」


 無気力な私に言い返せる大人はいなかった。

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