第55話 トレーダーとしての修行は続く
「なぁオヤジ。姫がトレードについてオヤジから学んでるって聞いてるけど、どうなんだ?」
林太郎は妹の姫が株のトレードを学んでいるとの情報をつかんで父親である栄一郎に聞いてみた。
彼の部屋に置いてあるパソコンはゲーミングPCを改造した3画面モニターで、今はだいぶ涼しくなったが1~2ヵ月前の暑い時期は冷房を使わないと熱暴走でも起きかねないものだ。
「うん、ホントだよお兄たん」
そう返事をすると同時に、父と息子がいた部屋のドアが開く。そこには姫の姿があった。相変わらず前髪で目が覆われており、きちんと視界はあるのか疑問に思える髪型だ。
「お、噂をすれば。丁度いいな、林太郎。お前も一緒に授業を聞くか?」
「俺からしたら子守歌代わりになっちまうけどいいか?」
「言うと思った。まぁ見聞を広めるにはちょうどいいだろうから聞きなさい。どうせやる事ないんだろ? 姫、まずは前回の宿題を出してくれないか?」
「はーい」
そう言って姫は株の価格の推移が分かる画面である「チャート」と呼ばれる画面が印刷された紙を出した。
何やら彼女なりに考えて書き込んだ跡がある。どうやら「チャート」を見せて「これからどう動くか」を考えさせる授業をしていた。
「ふむ、大体は出来てるな。でも素人投資家の心理からしたらこの値段で壁になるから、ここを突破しそうになったら投げ売りも出そうだ。とまでは読みきれてないな」
「ああ、そうですね。気づきませんでした」
父親と姫が話をしているところを林太郎はボーっとして聞いていた。時々出てくる意味不明なトレード用の単語が話を聞く集中力を余計に奪う。
「それと姫。今の君ではやってはいけない事だが、2年、3年と続けるうちに経験を養えればカンというのは役に立つぞ。覚えておいてくれ」
「長年のカンって奴か? カンって本当に役に立つのかなぁ?」
そんな中、珍しく林太郎が話に入れる「カン」に関する話題になったので食いついていく。
「良い質問だな林太郎。カンというのは2種類あって「ルーキーのカン」と「ベテランのカン」がある。
そして長年の経験から生まれるベテランのカンって奴は頼りになるがルーキーのカンは頼りにならない。なぜだか分かるか?」
「??? え、何故って言われても……カンって同じようなもんじゃないのか?」
問いかけに対して全く答えになっていない、バラエティ番組に突然出てくるクイズの回答に困る芸人のようなリアクションだ。
知らないようでは仕方ない。栄一郎は息子に腹を立てる様子も無しに説く。
「じゃあ教えよう。ルーキーのカンとベテランのカンは全くの別物だ。
ベテランのカンというのは、今までの経験から意識できないレベルのわずかな違いを感じ取り導き出されるものなんだ。
まず膨大な実戦経験を積んでいることが大前提だ。そこから肉眼や耳といった意識できる部分を超えたところにある無意識レベルの違いを感じ取って、
『何故かはわからないけど何かがおかしい』と感じ取るんだ」
「じゃあルーキーのカンって奴はあてずっぽうだったりするのか?」
「まぁそんなところだな。感情に脳を支配されて、感情に振り回されるのがルーキーのカンだ。感情に飲み込まれると何もできやしない。せいぜいが市場にカネを吐き出すことぐらいだ」
栄一郎……林太郎の父親の話は続く。
「何もカンっていうのは仕事だけではない。
日ごろから小遣いの帳簿をつけていれば1円単位でいくら持ってるかはなんとなく分かるし、1円玉や5円玉があってピッタリと収まるはずだ。って確信をもって気づくことも良くある話だ」
「ふーん」
『ふーん』と聞き流そうとしていた林太郎に、父親は釘をさす。
「林太郎、お前も「ふーん」で終わらせちゃいけないぞ?
お前だってボクシングで実戦経験を積んで無意識のうちに相手のパンチが飛んでくるところを読まないと倒されるじゃないか。お前にも関係のある話なんだぞ?
どんな物も基礎を徹底的に学ぶことが一番の近道なんだ。それに関しては株もボクシングも全く同じ事だ」
「へぇ、株とボクシングが同じと来たか。オヤジらしいや。昔もそんなこと言ってなかったっけ?」
「言ってた言ってた。特にボクシングジムに通いだして基礎訓練ばかりやってた時は特にな」
「あーそうだそうだ思い出した、アレか」
「そうだ『それ』だ。カンってのはある日突然『ひらめく』ものじゃない。じっくりと『育てる』ものだ。それを忘れるな」
父親からの忠告だった。林太郎にも関係のある話なので、彼はそこだけはしっかりと聞いていた。




