第51話 甘い日々
2学期が本格的に始まり授業が再開されるようになった日の昼休み、
林太郎と凛香は教室を抜け出して施錠されている屋上入り口のドアの前で弁当を食べていた。
「はい、あ~んして」
凛香はそう言って箸でつまんだ卵焼きを林太郎に食べさせようとする。された側は耳まで赤くなっていた。
「り、凛香。家でやる分にはいいけどこんな学校でやったらまずい事になるぞ」
「あら、別にいいじゃない。私たち愛し合ってるわけなんだしこれくらい普通よ。はい、あ~んして」
観念したのか林太郎は口を開け、彼女は卵焼きを相手に食べさせた。
「へへっ。どう? 美味しい? 私が焼いたんだ」
「へぇ~。そう言えば弁当は自分で作ってるとか前に言ってたよな」
「あら、覚えていたのお兄ちゃん? 結構記憶力はいいみたいだね。で、出来はどうだった?」
「美味い美味い。言う事なしだな」
「そうか、よかった。今日はあまり出来が良くなかったからちょっと心配だったのよね。ちょっと形が崩れちゃったのよ」
「形がちょっとおかしい分には俺は気にしないな。味は同じなんだから。それよりも調味料の分量を間違える方が問題だよ。味に関わるからな」
「ははっ。そういう所がお兄ちゃんっぽいなぁ」
「そうだ、俺の弁当も食うか?」
「大丈夫。どうせ肉ばっかりの茶色い弁当なんでしょ?」
兄妹は2人だけの世界にどっぷりと浸かっていた。2人の「愛の巣」を目撃している者たちは影からこっそりとその様子をうかがっていた。
「凛香さん、よりによってあの林太郎の奴なんかと一緒にお弁当を食べてるなんて……しかもあんないい笑顔で。あんな顔中学から一緒だったのに見た事ないわ」
「林太郎の奴、夏休みの最中に凛香を落としたのか? 聞いてねえぞこんなの」
凛香お付きの取り巻き別名サイドキックス2名と、林太郎の不良仲間2名がその様子をバッチリと見ていた。
あのカースト1軍の凛香が林太郎なんかと……しかも兄妹同士なのにそんなことやっていいのか? というタブーに触れているようでスリルさえ感じていた。
「? どうしたのお兄ちゃん?」
林太郎は弁当を置いて立ち上がると下の階に続く曲がり角めがけて駆けだした。目撃者4名は逃げ出そうとするが、不良の1人は逃げ遅れて林太郎に捕まる。
「おいテメェ、見たんだな。正直に言え」
「悪かったよ! 正直に言うから許せよ、見たよ。バッチリ見たよ」
「絶対に口外するなよ。分かったか?」
「分かった分かった! 言わないから放してくれよ!」
約束してくれたようなので林太郎は彼を放すと、不良は教室のある1階まで降りて行った。
「覗いてたやつがいた。だから嫌だったんだよ……何というか、恥ずかしくてさ」
「恥ずかしい……?」
「あ、ああ。なんか俺はこういうキャラじゃないんだよなぁ。凛香、お前も誰かに甘えるキャラじゃないのによくそんなことが出来るよな?」
「へ~、お兄ちゃんも恥ずかしがることがあるんだ、結構カワイイ所あるじゃない」
軽くウインクしながら妹は兄にからかい半分のセリフをかける。
「凛香、お前バカにしてんのか?」
林太郎のそのセリフはそれ単体では威嚇に聞こえるが口調からして明らかに照れており、脅しの体を成していない。
「何言ってんのよ。私がお兄ちゃんの事バカにしたり見下したりするわけないじゃない。そんなことする間柄に見える?」
「そう見えるわけじゃねえけどさぁ……」
「じゃあいいじゃない。それにクラスのみんなはお兄ちゃんが恥ずかしがったりムキになるのが見てて楽しいからいじってくるのよ?
だから堂々と愛し合ってる、って言えば反論しなくなるからからかってくるのは全部無視でいいよ。というかそうでもしないとキリがないから」
完全に見えている世界が違う。林太郎はそう思った。
「そう言えばあれから『お父さん火山』はどうなんだ? 俺みたいな不良と付き合ってるって分かったら夢の中で『お父さん火山』が大噴火してるだろ?」
「ああ、あれ? あれはキレイサッパリ無くなったわ。大したことなかった」
あれだけ寝汗をかく悪夢が付き合うようになるとあっさり消えるだなんて……「愛に勝るものは無い」とは言ったものだ。
林太郎と凛香はそろって教室に戻ると、中にいた生徒たちは全員2人に注目していた。
凛香が自分の席に着くと、早速取り巻き達がついさっきやった事を話題にしだす。
「凛香さん、その……よりによってあの不良の林太郎なんかと付き合ってるんですか?」
「り、凛香さん。林太郎と付き合ってるって、義理とはいえ兄妹同士でって事ですよ? 良いんですかそんなことやっても?」
「ええそうよ。付き合っているわ。何か問題でも?」
「な、何で? 何であの林太郎なんかと?」
「別にいいじゃない。私たちは愛し合っているんだから。それの何が問題なの?」
凛香の取り巻きは全員砂糖を吐いた。
キーンコーンカーンコーン……
ちょうどその時、午後の授業が始まる予鈴が鳴った。生徒たちは席について教科書とノートを取り出す。いつものような毎日が始まろうとしていた。
林太郎と凛香は思った。この何気ないけど幸せな毎日が、死が2人を分かつその時まで、ずっと続きますように。と
第一部 - 完 -




