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第46話 母親の助言

【やったやった】

「バカなこと言わないで! 雪が失恋したっていうのに……」

【やったやった。やったやった】

「……」


 凛香(りんか)の中に響く『自分の声と全く同じ何者かの声』が「やったやった」と大喜び。(ゆき)林太郎(りんたろう)と別れたことをとんでもなく喜んでいた。

 妹が失恋したのに喜ぶなんてあり得ない! はずなのだが声は止まらない。9割がた終わっている夏休みの宿題はもちろん、スマホでSNSをやろうという気力すら湧かない。

 その日の夕方、凛香は1番風呂に入ってリフレッシュしようと思っていたが……。


【次は私 次は私】

「……」


 頭の声は放水するダムの水みたいに止まらない。どうしたものか。


「そういえば……」


 風呂場といえば昔、(ひめ)の奴が「妹たちや母親を頼っても良いんだよ」というのを伝えるためにムリヤリ2人で入ってきたのを思い出した。


「頼っても……良いんだよね?」


 彼女は「本当のお父さん」からは嫌われると思うけど他人に頼ることにした。




 本棚には仕事で使う紙の資料がていねいに種類別にファイリングされて整然と並べられており、机にはパソコンとプリンターが置かれている江梨香(えりか)の部屋には珍しい、風呂上がりの凛香の姿があった。


「お母さん、大事な話があります。相談をしたいのですけどよろしいですか?」

「あら、凛香が相談事だなんて随分珍しいわね。いいわ、お母さんで良ければ相談相手になってあげるわ」

「ありがとう、事の初めから教えるわ。そもそもの始まりは……」


 凛香は7月の花火大会の頃から聞こえ始めた『自分の声と全く同じ何者かの声』について話を始めた。

 その『声』は林太郎と雪の仲を悪く言い続けており、今日になって失恋したことに大喜びというどうしようもない奴だ。

 特に今日、林太郎と雪が別れたのを知った後、その声がどうしても止まらない。どうすればいいのか、どうすればこの声が止むのか、全く分からない。

 そんな悩みを真剣な顔をして母親に伝えどういう事なのか、どうすればいいのか教えて欲しい、と頼み込んだ。江梨香は娘の話を真剣に聞いた後、助言を伝え始めた。


「なるほどねぇ。あくまで私の意見だけど、それは林太郎君と雪の仲に『嫉妬』してたからだと思うわ」

「し、嫉妬!? 私がそんなことするわけないじゃない! っていうか何であんな奴に嫉妬しなきゃいけないのよ!」

「そうやって否定しようとすればするほど、ますます相手の事を考えちゃうものなのよね。分かるわ、私も中学生や高校生だったころはそうだったから」

「う……でも何で!? 何であんな奴の事を好きにならなくちゃいけないのよ!? あんな奴不良で! 成績も悪いし! それに……それに……なんだろう」


 凛香は必死で林太郎の悪い所を言おうとするがすぐに言葉が尽きる。おかしい、アイツの悪口ならいくらでも言えると思っていたのに。


「恋愛って不思議なもので、相手の短所が100個あってもたった1つの長所でその100個の短所が全部吹き飛んじゃうものなのよ。

 それでもまだ理解できる方で、場合によってはこれといった長所は無いのに自分でも分からない位に猛烈に惹かれてしまうものなのよ。

 私は恋愛して栄一郎(えいいちろう)さんと結婚できたけど、そういう物なのよ恋愛って」

「じゃあ何!? 私は林太郎の事が好きになっちゃったって事!? そんなの……」


 そんなのあり得ない。と言い切りたい所なのに、言葉がつっかえて出ない。

 思い返してみれば、彼女は意地でも嫌いにならなくてはと強く思っていた。絶対に惚れてなるものか、と考えていたが全て裏目に出ていた。




「凛香、あなたは物凄く戸惑っているのは分かるわ。でもね、大嫌いな相手を好きになるだなんて当たり前のように起きるのよ。

 嫌いだと思っていた相手が好きになることも普通に起きる話よ。好きの反対は嫌いじゃなくて『無関心』だから嫌いの中には好きも少しは入っている物なのよ」

「私が林太郎の事を? ……かも、しれない。ああ、そうだわ。私林太郎のこと好きだわ」


 きっかけは知っている。林太郎は高校在学中にプロライセンスを取って、ゆくゆくはボクシングで世界王者になる。という夢を持っていた。

 将来何になりたいのか? 将来何をしたいのか? それがまだ分からない彼女にとっては強い意志で夢に挑んでいる姿に憧れていたのだ。

 その芽吹いた芽が水を吸い光を浴びてすくすくと成長し、今花を咲かせていた。


「好きになったのは良いとして、よりによって何でアイツなんかに……」

「夫婦っていうのは大抵は夫は浪費家で妻が倹約家、みたいな自分と反対の性格の人間に収まるものなのよ。優等生のあなたが不良の林太郎君に惹かれるのもちゃんと意味があるのよ」

「お母さん、まだあいつと結婚するだなんて決めてないのにそんなこと言うのは早いって」

「例え話で言っただけよ。別に結婚するしないの話じゃなくても、恋人もそういう人を選びがちってわけなの」

「そ、そう……分かった。後は自分で何とかするから。聞いてくれてありがとう、お母さん」

「また何かあったら遠慮しないで相談しに来てちょうだい。あなたのお母さんなんだから」


 凛香は母親の部屋を出た。




 ……やはりそういう事らしい。私は、林太郎の事が好きだ。それを否定したいがゆえに必死になってフタをして、見ないふりをしていた。あんな不良に惚れるだなんて信じられない! と否定したかった。

 でも本心にふたをし続ける事は出来なかった。やっぱり私、林太郎の事が好きだ。そういえばあの『自分の声と全く同じ何者かの声』がピタリとやんだ。何だったんだろう。

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