第33話 霧亜と昴
時間は終業式が行われた日のお昼にさかのぼる……。
「あれ、霧亜姉さんどっち行くんですか? そっちは家の方向じゃないですよ?」
1学期の終業式が終わり中学生が一斉に下校する中、雪は自転車置き場で姉の霧亜を見かけて声をかけてきた。
家に帰る時に使う門とは違うものから出ようとするのを見て疑問に思ったのだ。
「ちょっと寄り道してから帰るんで家に着くのは遅れるって姉さんや母さんに伝えといてくれないか?」
「は、はい。別に構いませんけどどこへ行くんですか?」
「内緒。家族と言えど隠し事の1つや2つはあるものだろ?」
そんな「隠し事」とでも言うべき事を口にして、彼女は自転車をこぎだした。
(……気になるなぁ。よし、調べてみよう)
雪は姉の霧亜を尾行することにした。
本格的に夏が始まりこれから猛暑が始まることを予感させる25度を軽く超える夏日。半そでの制服でも汗がだらだらと出て来る。
10分ほどかけて自転車をこぎ続けると、どこかで見たことのある家にたどり着いた。家の前に姉の霧亜が乗っていた自転車が置いてあったから既に家の中へと入った後なのだろう。
(あれ? この家どこかで見たような……!! そうだ! 昴さんの家だ!)
雪は覚えていた。5月ごろ林太郎の通う学校でいじめを受けている、と彼が言っていた人だ。姉を追う形で彼女も家に入っていった。
霧亜は昴の部屋に上がり込み話をしていたが、話を聞く相手側は相変わらず嫌そうな顔をしていた。
「昴、とりあえず1学期は終わったみたいだね。よく耐えたよ。辛かったら遠慮なくボクに言ってくれないか? 24時間365日無休で対応するよ。
それと、夏休みが終わる8月31日の夜と9月1日の朝を超えられそうにない時はボクに電話してくれ。電話番号はもう教えたでしょ?」
霧亜はとりあえず昴が1学期を乗り越えられたことに大きく安堵していた。
「霧亜、いい加減にしてくれよ。僕は学校生活を送る上で困った事なんて一度も無いんだ、そうでないといけないんだ。帰ってくれ」
相変わらず昴は差し伸べる手を拒絶していた。
「昴、霧亜ちゃん、入るわよ」
その途中で昴の母親が氷入りのオレンジジュースが入ったコップを2つ、トレイに乗せて部屋にやって来た。
「あら昴のお母さん、いつもありがとうございます」
「母さん、余計な事しなくてもいいって言ってるのに!」
「あら、せっかくアンタの彼女がやって来てるのに飲み物の1つ出さない方が失礼でしょうに。それと、せっかくできた彼女なんだからきつく当たるのはいい加減止めたら?」
「だから彼女じゃないって何度言ったら分かるんだよ!」
昴は母親のおせっかいにいたく腹を立て、大声で彼女に不快な気持ちをぶつけている。そこへ……。
ピンポーン
インターホンが鳴る。昴の母親が行くと、雪が待っていた。
「あらあなたは……そう、確か昴の友達の妹さんね。ちょうど良かったわ。あなたのお姉さんがいるから一緒に来てちょうだい」
「は、はい。失礼します」
雪は一礼して姉がいる部屋へと向かう。部屋に着くなり……。
「君は……また余計なのが来たか」
「おいおい昴。さすがにボクの妹を余計な奴と断ずるのは聞き捨てならないぞ?」
雪を「余計なの」と拒絶する。霧亜は自分の事はいくら悪く言われてもスルーするのに、妹に対する侮辱は逃さない。
「余計な奴じゃないか。僕は何も困ってないのにお前たちが勝手に引っかき回してるだけじゃないか! もう無視してくれよ! これ以上関わるな!」
「……ふう、大体10分か。持った方だね。今日はこの辺で勘弁するから。また来るよ」
「もう来るな。これ以上関わると警察に通報するからな」
昴は自分に関わろうとする姉妹に対し強烈な敵意を持っていた。まるで彼女らが諸悪の根源であり、いなくなれば日本経済もV字回復すると言わんばかりだった。
霧亜と雪は昴との話し合いが終わり自転車に乗って家に帰る途中、話を始めた。
「あの、姉さん。昴さん相手に何をしていたんですか?」
「ああ。兄くんとやってる事はほぼ一緒だよ。辛いときはいつでも相手になるからって説得してるのさ。まぁいつもこんな感じなんだけどね」
「そ、そうですか。あの、昴さんは相変わらず姉さんにきつく当たってたんですが、どうしてそこまでしてあの人に関わろうとするんですか」
「……ちょっと重い話になるけどいいか?」
「!! え、ええ。構いませんけど」
重い話だ。と前振りを入れて霧亜の話が始まった。
「彼からはボクと同類の臭いがするんだ」
「同類、ですか?」
「ああ。かつてのボクは死にたかったんだ。それで自殺未遂を3回も起こして3回とも失敗して、
ボクは「自殺すらできない凡人」ってのが分かってからはもうする気も無いけど、昴からはかつてのボクとよく似ている何かがあるんだ。
それこそ『生きる恐怖や苦痛が死ぬ恐怖や苦痛よりも大きくなって死を選んでしまう』っていう所がとてもよく似ているんだ」
「そ、そうです……か」
私の姉は壮絶な経験をしてきたんだな。雪は少しだけゾッとしながらも彼女の話を聞いていた。
「ま、死んだ方がマシだ。なんて思ったところで何の得にもならないから体験しなくても良いけどね。人生において無駄でしか無いさ。それに、知り合いが死んでいくのはもう見たくないんでね」
「そ、そうですか」
何を考えているのか今一つ読みにくい姉、霧亜は何か深い物を抱えて生きているようだ。それは私も同じ事だけど彼女のケースはより重いだろう。
それでも何とか生きている姿勢を見せる姉は立派だ。雪はそう思いながら一緒に自宅へと戻っていった。




