第31話 生肉食ってみた
高校の昼休み。弁当を食べている最中の林太郎の所へ、仲間の不良が声をかけてきた。
「おい林太郎、聞いたか? 昴の奴が食中毒で入院してるって話」
「? 何だそれ? 詳しく聞かせてくれないか?」
期末テストも終わりもうすぐ夏休みとあって誰もが浮かれていた中、林太郎と不良グループは昴に関する話をしていた。
内容は「食中毒で入院している」というもの。ここ最近は食中毒は十分ありうる季節なのだが、よく聞いてみると「運が悪かった」という話では済まないものだった。
「こいつを見てくれ」
不良仲間の1人が持っていたスマホには、SNSからグレーゾーンの手法でダウンロードしたとある動画が映っていた。
現在では削除されている、かつてSNSにアップロードされていたその動画には、1年3組にいる昴の姿が映っていた。
彼はどこかの建物内の席に座って、テーブルに置かれた一口大にカットされた生の鳥肉を無言で食っていた。
正確に言えばBGM以外の音は一切聞こえない。おそらく加工して消しているのだろう。
「!? 何だこれ!?」
「この動画を上げたのは皇帝の腰ぎんちゃくの1人が持ってた捨てアカウントだ。今ではアカウントごと削除されているけどな」
「皇帝の野郎! また昴の奴を! お前らついてこい!」
林太郎は仲間を引き連れ皇帝のいる1年3組へと乗り込んだ。
ダァン!
林太郎とその連れは1年3組の教室のドアを乱暴に開けて、でかい音を立たせる。
「一体なんだ?」と疑問に思う3組の生徒たちをよそに彼らは皇帝に詰め寄った。
「皇帝! テメェまた昴の奴に変な事吹き込みやがったな!」
「オイオイ林太郎、人聞きが悪いな。オレは何もしてないぜ? そもそもオレがこの動画を撮影したという証拠でもあるのか?」
皇帝は悪びれる様子が全くない。
「動画上げたアカはテメェの腰ぎんちゃくじゃねえか! どうせテメェが命令下してやらせたんだろうが!」
「ではお聞きしますがオレが動画の企画を立ててる所や、撮影機材の準備や、部下に命令したというのが誰にでもわかる証拠として残っているんですか?
証拠が無ければ一方的な言いがかりになってしまいますぞ?」
「『無理が通れば道理が引っ込む』っていう言葉、知ってるか?」
売り言葉に買い言葉を繰り返す林太郎と皇帝だったが、不良の中では状況を冷静に判断できる、通称「グンシ」が林太郎に声をかけた。
「まずいぜ林太郎、俺達の方が不利だ。暴れたら俺達が悪者になるからいったん引いた方が良いぜ」
「何!? でもこいつがやったんだぞ!?」
「それはお前の直感の話だろ!? 客観的な証拠が無ければ俺たちが悪くなる! お前ボクシングやってるんだろ!? プロになりたきゃ押さえろ!」
「くっ……」
「グンシ」の説得もあって林太郎は暴力を振るうことは無く、1歩間違えば大惨事だったところを寸前で回避することが出来た。
放課後、林太郎はある提案のために不良仲間に声をかけていた。
「おい、昴が入院している病院知ってるか? 今からそこに行くから調べてくれねえか?」
「お前ならそう言うと思った。もう調べてあるよ。入院している病院はもちろん、病室の番号も既に分かってるよ」
「へぇ、話が早いな。個人情報ダダ漏れじゃねえかハッカーかお前?」
「まぁこういう事しか出来ねえからな俺は。さっさと行こうぜ。面会時間が終わっちまうからな」
一行は学校から市立病院を目指して自転車をこぎだした。
学校から20分ほどかけて林太郎と仲間の不良たちは昴が入院している病院へとやって来た。目的はもちろん生鳥肉事件に直接かかわる人間の証言を得るためだ。
彼らは友達を装って昴が入院している病院の受付に顔を出した。
「すいません。俺達は昴の友達なんですけど今面会しても大丈夫ですかね?」
「はい構いませんよ。どうぞお入りください」
幸運にも拍子抜けするほどあっさり通してくれた。一行は昴の病室へと迷うことなく歩き出した。
「……何の用だ、林太郎」
入院中の彼の表情はいかにも不満げで、寝ている最中に聞こえる羽音がうっとうしいハエや蚊を見ているようだった。林太郎はそれを着にせずに話を切り出す。
「昴……お前の証言が何よりも大事なんだ。皇帝の野郎がお前に命じて生の鳥肉食わせたって言えば解決するんだ。頼む、言ってくれ!」
「林太郎、今回の話はただ単に僕が目立とうとしてやった事だよ。皇帝に命じられたわけでも何でもなくて、僕が自主的にやっただけなんだ」
以前妹2人を連れて彼の家に行った時と同じような、いやそれ以上の拒絶ぶりだ。
「オイ昴! いい加減にしろよ! どうしてそこまでしてでも皇帝をかばうんだ!?
お前『皇帝に逆らったら家族が殺される』ってわけじゃないだろ!? 何でそこまで卑屈になるんだ!?」
「そうだ! お前生肉食わされてこんな目に遭っておきながら何で黙ってるんだ!? 何で抵抗しないんだよ!?」
不良たちは昴のあまりにも卑屈すぎる態度に怒りさえ覚える。
「……だって、友達だからだ。皇帝は僕の大事な友達なんだ。そう思わなきゃ、いけないんだ」
「生肉食わせるだなんて危険な真似をさせる奴が友達か!? 何でそんな奴に対して『友達だと思わなきゃいけない』って言うんだ!?」
「もういい! 放っておいてくれ! お前ら不良共が引っ掻き回すから余計に苦しむことになるんだ! 帰れ! 今すぐ帰れ!」
不良たちの「救いの手」を彼は全力で否定するどころか「お前なんかには助けられたくない」と憎悪さえ抱いており、猫なら全身の毛を逆立たせて威嚇する位に負の感情があふれていた。
「『皇帝の奴を友達だと思わなきゃいけない』か。なんでそんなこと言いだすんだろうな。俺にはさっぱり理解できないよ。まだ宇宙人の言ってる事の方が理解できるぜ」
「そう言えば林太郎、お前妹と一緒に昴の家に行ったそうじゃないか。あの時からあんな感じだったのか?」
不良共の会話で林太郎のやったことが話に上がる。妹と一緒に昴の家で話し合いをした事だ。
「今と大して変わってないなぁ『何も困ってる事はないから関わるな』それの一点張りだったな。妹の言う事もまるで聞こうとしてなかったよ。あの頃からこれっぽちも進歩してねぇな」
「そうか……皇帝の事は引き続き監視しねえとな」
「分かった、調査頼むわ。また明日学校で会おうぜ」
そう言って林太郎率いる不良チームは解散した。




