第18話 1学期の中間テスト
「林太郎、テストの結果どうだった?」
6月1日、中間テストの結果が返って来たので凛香は一応の兄である林太郎に聞いてみた。
「大丈夫、赤点は取らなかったから。
国語46点、数学35点、歴史総合36点、生物32点……ってとこかな。国語の46点はかなり高いぜ?」
「……下の方じゃない」
『赤点だけは取ってない』という点数の低さにまず彼女はあきれてしまうし、赤点取らなきゃオッケーという志の低さに2重にあきれてしまう。
「これでも勉強した方だぜ? 赤点は取らなかったんだから御の字だろ? 中学の時はもっと酷くて補習も受けたこともあったな。そう言うお前は何点だ?」
「国語97点、数学87点、歴史総合92点、生物95点……数学だけは出来なかったわね。90点台を取れなかったわ」
「!? は、87点で出来ない!? 何だそれ? 90点台が普通とかどんな生活送ってりゃ言えるんだ?」
「教科書よく読んで先生の言う事しっかり聞いてればそれ位は出来るわよ。アンタ授業中寝てばかりじゃない。今度の期末試験はもうちょっといい点数とってよね! 一応は私の兄なんだし」
「へぇー。妹の自覚は出てきたみたいだな」
林太郎のその一言を聞くと、凛香の顔が赤く染まる。
「ば、バカいわないでよ! 何でアンタなんかを兄として認めなきゃいけないのよ! もういい! 話しかけて損した!」
妹は兄にそう当たり散らして自分の席へと戻っていった。
「どーしたんだ? お兄ちゃん。妹から嫌われてんのか?」
そんな様子をニヤニヤと笑って見ていた、校則違反のピアスを耳につけた不良グループの1人が林太郎に声をかけてきた。
「テメェ、俺の事お兄ちゃん扱いするなって言ってんだろうが。凛香は同じ家で暮らすようになってからはいつもあんな調子だよ。ところでお前はテストの点数どうだった? 俺は赤点は取らなかったけどな」
「俺は数学で赤点取ってこれから補習と追試だよ。やってらんねえぜ」
「ちょっとは勉強しろよなぁ。俺だってジム通いしながら学業との両立やってるんだからよぉ」
「ハハッ。さすが凛香のお兄ちゃんだけあるなぁ。文武両道とは言ったもんだ」
「……バカにしやがって」
口では怒りを感じるような事を言うが、自分の事をやたらと「お兄ちゃん」扱いする不良たちにとっては軽いあいさつ程度だというのも分かっていた。
おそらく相手もそうだと通じているだろう。この辺は似た者同士という奴で大体は通用するものだ。
◇◇◇
「ただいま!」
夕方になり七菜家に雪が帰って来た。何か良い事があったかのような明るい顔と元気な声をしていた。
「お母さん。中間テストで国語が100点取れました! 他の教科も80点以上あります!」
そう言って母親にテスト用紙を渡した。その顔は大仕事をやってのけた、という安堵の表情だった。
「あら雪、頑張ったじゃない! 栄一郎さんにも見せたらどお? きっと喜ぶと思うわよ」
母親にも堂々と見せられる成績を伝えてご満悦だった。日ごろから本を読んでいるのか雪にとって国語は得意中の得意で、100点も珍しくない。他の教科の成績も良いかなりの才女でもあった。
「やぁ雪、相変わらず勉強できるよなぁ。良いんじゃないのか?」
丁度台所で飲み物を飲んでいた霧亜も話に加わる。
「霧亜姉さんはどうでした?」
「高くて70点台で一番低くても62点だったなぁ。もう少し出来ても良かったと思うんだけど」
霧亜もそこそこ学業に励んでいるのか上々な成績だ。
「……ただいま」
今度は明が帰って来た。姉の雪や霧亜とは違い、表情は重い。
帰って来た時の「ただいま」のあいさつからして声の通りが明らかに悪く、いかにも何か悪い事が起こった事を予感させるものだった。
「明。中間テストの結果、見せてちょうだい。もう返って来たんでしょ?」
「……」
険しい表情で明に迫る母、江梨香。そろそろテストが帰ってくる頃だろうと予感して有給休暇を取っていたのだ。
明としては本当は「まだもらってない」と言ってごまかしたかったが、昔それをやって母親が先生にスマホで連絡してテストを返したか確認を取り、
「嘘をついた」事に激怒して大目玉を食らったこともあったので観念したのかテストを見せた。良くて30点台、悪ければ20点台というかなり下の成績だった。
「……さすがにこれは低すぎるわね。このままじゃ中学校や高校の勉強についていけなくなるわよ? 来月から塾に行きなさい。そこで勉強のどの部分でつまづいてるのかしっかりを教えてもらいなさい」
「え!? 塾!? そりゃねえだろ母ちゃん!」
「今から通わないと手遅れになるわよ。中学や高校の授業についていけなくなったら、それこそ取り返しがつかなくなるわ。行きなさい」
「……」
明は「このままの成績だと塾通いをさせる」と前から言われていたが、ついに本当に塾行き決定を告げられるのを罪を言い渡される裁判官からの判決のように聞いていた。
ついに塾通いか……何かが終わったかのような喪失感があった。
残りの家族が帰って来て夕食後、林太郎の部屋に明がやって来た。話題はもちろん塾に関する事だ。
「へぇ。早けりゃ今週から塾通いか」
「そうなんだよ勉強ができないからってさ。大人になったら勉強の事なんて忘れちまうから無意味だと思うんだけどなぁ」
「そうでもないぞ? 暗算が出来なければ店でおつりを渡された際に相手がミスしたことを気づけないから問題ありだぜ?」
「!! そ、そんなことあるのか!?」
「あるある。釣り銭が245円な所を235円しか渡されなかった時って本当にあったぜ?
それに国語が悪けりゃボクシングに関する本を読解することもできないからな。本を読んでも分からない、っていう状態になりたくなければ勉強するしかないのさ」
林太郎自分の成績は棚に上げてさも年上からの助言です、と偉そうに言う。幸い明には彼の成績はバレていない。
「……分かったよ。塾に行くよ」
釣り銭で損をする、本を読んでも分からない、という勉強をする意味が分かって来たので明は渋々塾に行くのを決心した。




