第15話 キャッチボール
「アニキー、何か予定がなければキャッチボールしようぜー」
明のサッカーの試合があった翌日の日曜日の朝9時ごろ、明は兄である林太郎をキャッチボールに誘おうとしていた。
「わかった。付き合ってやるよ」
林太郎は午前中は特に予定が無かったので断る理由も無かったし、何より「妹」の願い出だったのもあって断るのも気が引けていたのでそれを受け入れ、一緒に家を発った。
2人は自転車で近くの運動公園まで向かう。明はグローブ2つとボール1球を自転車のかごに入れた状態で、着くなり早速兄にグローブを渡してキャッチボールを始める。
パシン、パシン、とボールをグローブでつかむ音が聞こえる。2人ともコントロールは良く、お互いに大きく外すことはなかった。
「明、お前なかなかコントロールが良いな。お前サッカーやってるんだよな? 野球もやってんのか?」
「野球は体育の授業で少しやった程度だけどな。そういうアニキも上手いじゃないか。やっぱりボクシングやってて身体動かしてるからかな?」
「昔から体育だけは得意だったからな。他は全然だけどな」
季節は5月。身体を動かすにはすこぶるいい陽気である日の午前中、2人はキャッチボールを続けていた。
「いやー。こうして家族とキャッチボールするの夢だったんだよなー。今までの家族は父親がいなかったし、兄弟は姉ばっかだったからなー」
キャッチボールとなると、どちらかと言えば男同士でというイメージがあって、少なくとも女子がやるというイメージではない。
明の家族は母親に姉が4人と女だらけだったため、なかなかこういう機会はなかっただろう。
「にしても明、お前男みてえだな。パット見た感じなんか弟に見えるんだけどなぁ」
「オレは『ついてない』けど男なんだって。他の姉貴たちや母ちゃんは否定するけどさぁ」
「? そりゃ『ついてなければ』女だろ」
「アニキもそうやってオレの事を否定するんだな。まぁこうやってキャッチボールに付き合ってくれるからいいけどさぁ」
それまで陽気な顔をしていた明の顔が少しの間だが曇る。でもキャッチボールが出来たことがとても良かったのか、すぐに消えた。
その後は特に問題も無く30分もすれば満足したのか、明は晴れ晴れとした表情で兄と一緒に帰宅した。
「あら明、アンタ林太郎と一緒に何してたの?」
「ああ、凛姉か。ちょっと公園まで行ってキャッチボールをしてただけさ」
帰ってくると姉の凛香から何をしてきたのか問われるとすぐそう答えた。
「へぇ、仲いいのね。林太郎、アンタってば意外に面倒見がいいわね」
「まぁな。学校じゃ俺が守ってやらなきゃいけない奴らが結構いるからなぁ」
「雪から聞いたけど確か別のクラスの『昴』みたいな子の話?」
「ふーん、聞いたんだ。そうだ、そういう奴らのために俺がいるんだ」
「そう。でも暴力ざたになるのは良くないわ。ボクシングが出来なくなるじゃない」
「……気をつけてはいるさ」
明は自分の部屋へと、林太郎はキッチンへとそれぞれ向かって行った。
キッチンでは予想通り、彼の義理の母親である江梨香が昼食や夕食の仕込みを早くも始めていた。
家族全員で8人分の料理を作るとなるとそれなりに時間はかかるのだ。
「な、なぁ母さん。ちょっと聞きたいことがあるけどいいか?」
「あら、どうしたの林太郎君?」
「明の事なんだけど、なんかやたら男であることにこだわってるんだけど何かあったのか? うちの家族は全員養子だ。って聞いたから何か元の家族でもめごとでもあったのか?」
「……」
江梨香は調理の手を止めて林太郎と向かい合う。
「私の家族は普通の家族とはちょっと生い立ちが違うのよね。
私が子供が産めないっていうのもあるけど、みんな元の親と何かしらのトラブルを抱えていてここにたどり着いた。っていう過去を持ってるわ。
林太郎君、あなたに責任を負わせるつもりはないけど、仲良くなったらその辺りも打ち明けてくるだろうから、その時になったら力になってあげてね」
「って事は明の奴も……」
彼女はコクリ、とうなづく。
「私も詳しい話は聞いてないけど、本当の両親から疎まれていたそうよ。何があったのかは明本人にしか分からないけどね」
「……わかった。邪魔して悪かったな」
林太郎はそう言って自室へと戻る。責任重大だな。兄としての重みを感じていた。




