Whatever
いつも通りに彼は帰り道を歩いていた。明日の事など考えずに、今日のことだけを考えていた。凡庸な明日が再びくるのは、太陽が昇って沈んでと同じくらいの事だ。
バイト先のコンビニを真っ直ぐ行って、アパートとアパートの間、落書きまみれの陥落街道を右に行ったり左に行ったりすれば、黒谷の家だ。下宿先にこんな所を選んでしまったことだけは心底後悔している。
「六時を回っている。まあ、Mステには間に合うだろう…それにしても、品性の欠片すら感じない路地裏と夕陽って言うのは…愛称最悪だな」
彼は例によって一人でボヤいていた。ともあれこの通りを真っ直ぐいけばこの鬱蒼としたジャングルとおさらばだ。そう思っていると。
それが起きた。
「おい、そこの嬢ちゃん…金出せや」
「品のない通りにはそれ相応の奴が居るものだな…」
彼は声の方に顔を向ける。大体50メートル程奥、多分乗りこなせないであろうスケボーを後ろに置き。ナイフを持った二十代…いや三十代か?
どうでもいいが。
大事なのはその大の大人の男が大人気なく某塾のカバンを持った年端もいかない少女をナイフで脅している方である。
「そんな…出せと言われても、小銭程度しか」
「お前は小銭しかないからって神社に賽銭投げねえのかぁ?良いから出せよ。もちろん俺ァ神様より偉いから全財産なあ!!
「…俺が頭からゴミ被ってても未だコイツよりマシだろう」黒谷は心底そう思った。しかし、行動するかどうかは別問題である。アイツがブラジルに直通する並の底抜けの間抜けでは無い限り、殺人罪を恐れてカツアゲするだけで終わるだろう。
だとしたらどうでも良い。自分には自分の、アイツにはアイツの、少女には少女の人生がある。
「帰るか…」
黒谷は停めていた脚を動かす。
「どうしても、どうしても嫌なのか?」
「だ、だって、知らない人にお金渡すなんて…」
「ふーん、良い子だね〜、じゃあ金を渡さないらそんな良い子を育てた…君の両親から先に殺しちゃうよ?」
そう男が言うのとどちらが速いか、黒谷は男の頬を殴り飛ばしていた。
「オイ!逃げろクソガキ!!二度とこんなところ通って帰るんじゃねえぞ!!」
「う、うん!!」
やってしまった。そう思った。
他人と関わって碌なことがあったか…小さな頃
近所の川に溺れている犬を助けて二週間は風邪を引き、たまにはと思って中学の頃女子共にスイーツ奢ったら全財産の半分消し飛んでいた。
「なんでこんなしょうもねえ事ばかり思い出すんだ…」
些細なことを考えている間に男は立ち上がる、逆恨みを湛えた眼で。
「この、クソガキがァ!!」
「はぁ…最悪だ」
こんな事なら警察先に呼んでおくべきだった。と後悔したが仕方ない。黒谷は未だ人通りがあるコンビニの方向へ走る。ここで捲ければ…とちょっと期待したが追いかけられてしまった。
聴き慣れてきたぶっ殺してやるの声で、店長が目を丸くして「黒谷君!?」と口を開く。
「説明は後です!!兎に角警察呼んで下さい!!」
さて困った。六時真ん中にこんな地味なコンビニ使う奴居ないらしい。
「嗚呼、何かな…ハハ、 死んだなこりゃ」
案外あっさり出てしまった
二十分後
男は取り押さえられた。そして店長は号泣していた。
「未だ、間に合うはずだ!!救急車、救急車を!!」
「もう…良いですよ、店長…此処まで他人と関わるの避けて、最期にどうせ死ぬのに他人に迷惑かけたくは…無いです」
腹部右、取り押さえた事の代償に、深々とナイフが突き刺さり、そして引き抜かれていた。
「なんか…分かるんです、ダメなんです…嗚呼、Mステ。録画しとけばよかった」
「お前…黒谷、最期に言い残す事…それかよ」
店長は逆に泣き笑っていた。黒谷は、この言葉で自分の人生が意外と薄っぺらい事に気付いた。
今まで全く頭に浮かんでなかった未練が頭に浮かんでくる、しかしもう遅い。頭が高速回転を始めたが、何もダビングしていないCDなようなモノで、何も浮かんでこない。
「言い残す事…言い直して、良いですか?」
「ああ…何でも、俺程度に出来ることならやってやるよ」
「葬式…多分誰も来ない…ですけど…『whatever』…流してください」
「オエシスじゃん…」
「…知ってるんですか?」
「君に定期的にオススメされてたから…聴いてたんだよ、何曲か」
「店長…馬鹿ですね…もう少し、生きて見たくなっちまったじゃないですか…」
そうか、この全てに不満を言える余裕がある、この人生が尊かったんだ…もう少しくらい、他人と関わって良いかも知れない。そう、未練を残したまま、沈んだ夕陽に見送られて
彼の今生は未練のまま終わった。




