山本文介の策
「桐丸、どうじゃ。ワシの小姓として仕えてみぬか。」
大分城のお館様である大友義介は脂ぎった顔に血走った目を見開いてこう切り出してきた。
桐丸は思わず寒気を感じた。いくら小姓を志望しているからと言っても、こうも欲望を剥き出しにされると気持ちが悪いものである。
父の田中武介も、さすがにこれには焦りを感じたようであった。
そこで、横に控えていた大野城主の山本文介が口を挟んだ。
「殿、桐丸殿にはもっと良い使い道がございます。」
「なんじゃ。ワシの小姓として迎えようというのじゃ。これ以上、名誉なことはあるまい。」
策士である山本文介の目がキラリと光った。
「殿、天下人の織田信長殿と、薩摩の島津氏の動きはいかが思われますか?」
「それと桐丸とが何か関係があるとでも?」
「織田信長様は次は中国の毛利氏を攻め、さらにはこの九州にまで手を伸ばしてくるは必然の流れでございましょう。」
「一方、我が大友家は南の島津氏との戦で苦戦続きでございます。ここで織田信長様の後ろ盾を得ておくことは決して損にはなりますまい。」
「で?続きを述べてみよ」
「はい、信長様は無類の小姓好きとの評判にございます。もし桐丸殿が信長様のお気に召せば、我が大友家にとっても悪い方には転ばぬかと。」
戦国大名として生き抜いてきた大友義介は、これに気づかないほど愚かな男ではなかった。
「なるほど、桐丸を信長様に差し出して機嫌を取り、大友家と親交を深めてもらう、と言う訳じゃな。」
「じゃが、女子を嫁に差し出したり、息子を人質に差し出したりするのは聞いたことはあるが、小姓を差し出すというのは聞いたことがないぞ。」
「本当に上手くいくのか。それに桐丸が信長様に気に入られるという保証もなかろう。」
さすがは戦国大名、大友義介である。鋭い点を突いてくる。桐丸が信長様に気に入られないことには、山本文介の策が上手くいかないのである。
だが、山本文介もタダでは転ばなかった。
「実は京の都で天下の小姓を集めた大会があるのです。そこでは武術や学問だけではなく、美貌や所作なども競われるのだとか。」
「天下の小姓好きの大名の方々も、お気に入りの小姓を召し抱えようと、お忍びで集まって来られるのだとか。」
「なるほど。そこに信長様も来られるはず、という訳じゃな。そこで桐丸が信長様の目に止まれば…」
「桐丸殿はこれだけの美貌の持ち主でありますから、必ずや、信長様の目に止まるに違いありませぬ。」
「うむ。確かにこれほどの美貌の少年は滅多におるまいな。」
大友義介の目がキラリと光った。
「よし、桐丸。お主、大友家の代表として京で開かれる小姓の大会に出場して参れ。」
こうして桐丸の次の目標が決まった。