大分の町
ついに桐丸が大友のお館様に御目通りする日程が決まった。宇目の山の中の小さな山城ではちょっとした騒ぎとなった。
桐丸の母である宇目は、その日のためにわざわざ旅の商人から高価な絹の反物を取り寄せた。父である武介もソワソワと落ち着かなかった。家臣や領民たちも、何かと集まってはうわさ話に花を咲かせた。
母上自らの手になる反物の仕立てが終わった頃に、桐丸が大友のお館様のおられる大分の城に行く日がやってきた。
宇目の山の中から大分の町までは数日がかりの旅となるため、出立の日は宇目の集落総出での大掛かりなお見送りとなった。
母、宇目は心配そうな様子で言った。
「よいか、桐丸。わたしが教えた話し方や振る舞いなどの所作をくれぐれも忘れてはならぬ。大友のお館様の前で粗相のないようにしておくれ。」
「お任せください、母上。母上が所作というものを教えてくださり始めてから、もう随分日が経ちますれば、桐丸もすっかり所作が身につきましてございまする。」
「それならよいのじゃが。」
宇目の領民たちは口々に桐丸を誉めそやして言った。
「ほれ、桐丸様のお姿のお美しいこと。」
「まるで若さまではのうて姫様のようじゃ。」
「これ、そのような事を申しては失礼にあたるのではないか?」
「いやいや、桐丸様は小姓になられるお方じゃ。姫様と間違われるくらいの方が褒め言葉になろうて。」
こうして、小さな宇目の山の中の集落にちょっとした騒ぎを巻き起こして、桐丸一行は出立した。
桐丸には父である武介と数名の家臣が同行した。
数日後、一行は大野の町を抜けて大友のお館様のおられる大分の町に到着した。
「ほれ、この大分の町の栄えておること。宇目の山の中とは大違いじゃ。」
「道ゆく女子が皆美しいのう。」
「何でも大分の町には南蛮人の船が出入りする、という噂じゃぞ。」
「さらわれぬよう気をつけないとな。」
「阿呆、南蛮人がさらうのは見目麗しい女子だけじゃ。いくら桐丸様が美しいと言っても桐丸様は男子であろう。」
実際、大分にはポルトガルの船が出入りして、キリスト教の布教と交易とを行っていた。
ポルトガルの商人がもたらすのは主に鉄砲の火薬に使う硝石であり、これは日本国内では採掘できないものであったため、とても貴重であった。
それに対して日本側が提供するのは人間、すなわち奴隷であり、戦で敗れた側の捕虜を奴隷にしたり、貧しい農家の娘を奴隷にしたりしてポルトガル人に売っていた。
キリスト教の布教はこの貿易と一体となっており、当時の九州の大名の中には、貿易を促進するためにキリスト教に改宗する者が多かったほどである。
桐丸一行はこの大分の町に宿泊してお館様への御目通りの日を待つことにした。