大野城主との面会
さて、いよいよ桐丸の父の上司である山本文介にお目通りする日になった。桐丸は父に伴われて、母宇目にしつらえられた着物、髪結いに身を包み、大野にある山本文介の城まで馬に乗って行った。
「父上、大野の城は立派でございますな。」
桐丸は感嘆の声を上げた。なにせ宇目の山城しか見た事がなかったのだ。そんな桐丸にとって、大野の城はまるで御殿のように映った。
「桐丸、浮ついてはならぬ。母から教わったであろう。馬に乗る所作一つとっても見られておるのじゃ。城を見て浮ついておるようでは所作が美しいとは言えぬ。」
「失礼いたしました。父上のおっしゃる通りでございます。浮ついたそぶりを見せぬよう気を引き締めてまいります。」
「それだけでは足りぬ。浮ついたそぶりを見せぬのと同時に艶やかな気品も漂わさねばならぬ。難しい所作であるが、これも母から教わったであろう。せいぜい頑張るのじゃ。」
城に入る前からさっそく注意される桐丸であったが、母である宇目の着物の着付けと髪の結い上げは見事なものであり、桐丸の持つ天性の美貌を一層引き立てており、男でも見とれるほどの色気を漂わせていた。
城に入ると案内係が待ち構えており、武具について確認した後で、待合室に案内され、そこで父田中武介の上司にして大野城主である山本文介を待つよう申し渡されたのであった。
待合室でも桐丸は落ち着かなかった。
「父上、この掛け軸は見事でございますな。どなたの筆になるものでございましょうか。」
「父上、この茶菓子はまことに美味でございます。宇目の城では食べた事がありませぬ。」
「桐丸、いい加減にせんか。ここでの所作も見られておるかも知れぬ。部屋を眺める時も落ち着きを忘れず、艶やかに感想を述べるにとどまるのじゃ。」
ここで案内係が来て、城主山本文介の準備ができたので広間に来るよう指示があった。
「父上、いよいよにござりますな。」
「うむ、まあとにかく落ち着け。そなたの場合はそれが一番の課題であろう。」
広間に入って平伏していると、衣擦れの音がして人が入ってくるのが分かった。
「田中殿、桐丸殿、面を上げられよ。」
顔を上げて上座を見ると、そこに山本文介がいた。やや太めの中年男性で、大友氏直参の家臣だけあって、剽悍な目がきらりと光っていた。
「ふむ、これが桐丸殿か」
「なかなかの美丈夫じゃろうのう。じゃがワシも衆道には詳しくなくての。なかなか判断が難しいわい。」
「衆道、でございますか。」
「ふむ、お主、衆道を知らぬのか。」
「はっはっは。これは愉快。衆道を知らずして小姓になりたいと申してあったか。」
山本文介は愉快げに笑うと、桐丸に衆道について簡単に説明した。
「衆道とはの、偉い武将のお側に若い少年が侍ってからの、時には夜の伽を務めるなどして寵愛を頂くもののことじゃ。」
「よ、夜の伽でござりまするか。」
さすがに桐丸も動揺した。側に侍るということまでは知っていたものの、夜のことまでは知らなかったのだ。
「ワシは夜の伽はもっぱらおなごに務めさせておる。」
「じゃがな、桐丸。お主なら一度くらいは伽を務めさせても良いとワシも思えるわい。」
「よし、ワシから機会を見て大友のお館様に話をしておこう。お主は沙汰があるまで宇目で待っておると良い。」
「ははっ。ありがたき幸せに存じまする。」
こうして桐丸は無事に豊後国の守護大名、大友氏に紹介してもらえることになったのであった。